「新型コロナの咳ではないのに…」 多くの人がいまだに悩む、コロナ差別
※本コラムの執筆に際して患者の許可を得ています。また、患者情報を一部変更しています。
「退院後、会社にいられなくなった」
会社でクラスターが発生してしまい、同僚が複数感染した事例がありました。誰が誰から感染したかは、分からないことのほうが多いのですが、小さなコミュニティではよく「犯人さがし」がおこなわれます。
ある会社員の男性は、同じ職場内で風邪が流行っていたので、それをもらったのだろうと思っていました。その後、複数の職員が新型コロナと診断され、彼は肺炎を発症していたため入院になりました。入院になったのは彼だけした。
自分がいない間、会社では「入院したのは彼だけだから、おそらく彼が感染の発端だろう」という結論になっていました。回復した後、会社に戻っても「まだ咳があるみたいだから1~2ヶ月休んだらどうだ」とやんわり出社を拒否され、最終的には「君から新型コロナが広がったせいで、社内は大変だった」と複数の人から言われるありさまだったそうです。
その後、彼は出社できなくなってしまい、会社を辞めました。
「咳をおさめたい」
コロナ禍に入って1年あまりが経過し、呼吸器内科に通院している患者さんから、「咳をしていると新型コロナだと思われるので、冷たい視線を感じる」という悩みをいまだに相談されます。
私の外来には喘息・咳喘息の患者さんがたくさんいるのですが、その一部は「吸入薬の増量」を希望されました。決して彼らの喘息コントロールが悪かったわけではありませんが、「絶対に咳が出ないようにしてほしい」という意見が多かったのです。特に、ビジネスパーソンや子育て中の主婦は、仕事中や公共の場で咳が出ないようにしたいという気持ちが強かったようです。
介護施設で働く30歳台の喘息患者さんが、私の外来に入ってくるなり、涙を流しました。小児喘息の持ち越し例でかなり難治性でした。気道過敏性といって、外的な要因で咳が出やすい状態にあり、気温差のある部屋に入ったり、エアコンの風を浴びたりすると、すぐに咳が出てしまいます。彼女の家族や友人は、喘息で咳が出ていることを理解してくれているものの、介護施設という特殊性もあり、職場ではそのように受け取られなかったようです。
「咳をするんだったら、病院に行けば?」と言われてしまったというのです。
普段から病院に通っている人に向かって、「病院に行け」というのは、なかなか酷な提案です。彼女の咳が完全に止められていない、呼吸器内科医としての無力さを呪いました。
差別する人は、「自分や家族を守るため」と言う
ペスト禍におけるユダヤ人差別、ハンセン病患者さんの強制収容、そしてHIV感染症。人類の歴史は、感染症とともにあゆみ、差別と偏見に満ち溢れていました。これほど情報アクセスが容易になった現代でも、まさかコロナ禍によりこれほど差別問題が出てくるとは思いませんでした。
差別する人たちの主張は、いつの時代も同じです。「疑わしい要因を、自分や家族に近づけたくない」というものです。そして差別することを、「自分や家族を守るため」という聞こえのよい言葉に言い換えている他罰的な正義にすぎません。
日本赤十字社が「新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう!~負のスパイラルを断ち切るために~」というガイド(図)を公開していますが、第2の"感染症"である「不安」, 第3の”感染症”である「差別」について、本当に痛感させられたのが新型コロナでした。
自分は安全域にいる。それを脅かす何かがあれば、それを異物として排除して、安心を得ようとする。これが人間の本能なのだろうと思います。だから差別はなくならない。
しかし、こうした差別が問題であると認識できるのもまた、人間なのだろうと思います。解決できる方法は、「無知の知」です。新型コロナについて知らないことがたくさんあるなら、勉強して知識を得る。そうすれば、噂に扇動されずに自分の意見を持つことができるはずです。
そして、差別しないために重要なことは、小学校でみなさん教えてもらったはずです。それは、「相手の立場になって考えてみよう」ということです。
(参考)
(1)新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう!~負のスパイラルを断ち切るために~(URL: https://www.jrc.or.jp/saigai/news/pdf/211841aef10ec4c3614a0f659d2f1e2037c5268c.pdf)