カジノはオリンピックまでに必要か?オリンピック後に必要か?
さて、本日よりいよいよ秋の臨時国会の開幕です。開幕にあたって朝日新聞は以下のように報じています。
カジノ法案、本格審議へ 賛否、与野党に混在
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140928-00000002-asahik-pol
29日開会の臨時国会で、カジノを含む統合型リゾート施設(特定複合観光施設、IR)の整備を促す「IR法案」(カジノ解禁法案)が本格的に審議される。安倍政権がカジノを成長戦略の柱に位置づける中、超党派の議員連盟が提出した法案で、今国会で可決される可能性もある。経済効果を期待する声がある半面、ギャンブル依存症の増加など負の側面も指摘され、与野党とも賛否両論がある。[…]
私のところにも各紙(or誌)の政治記者さんが取材にいらっしゃっていますが、今回の臨時国会は「地域創生とカジノ」が二大テーマとなるだろうと予想する人も多くいるようです。臨時国会は11月30日まで開催の予定とのことですが、賛成派、反対派あわせて論議を尽くしたいですね。
という事で、本日は臨時国会にあたって、新しい論点を投げ込んでおきたいと思います。それは、統合型リゾートの導入は、2020年「までに」必要なのか、それとも2020年「の後に」必要なのかという点です。IR推進法案には第五条に以下のような一文が定められています。
第五条
政府は、次章の規定に基づき、特定複合観光施設区域の整備の推進を行うものとし、このために必要な措置を講ずるものとする。この場合において、必要となる法制上の措置については、この法律の施行後一年以内を目途として講じなければならない。
実は現在、衆院に提出されているIR推進法案は、我が国のカジノ合法化および統合型リゾート導入に関する基本方針を定めた法律。そこには、その実施のための詳細は記載されておらず、その後に提出されるIR実施法にその内容を預けています。上記第五条は、そのIR実施法の整備期間を、一つ目の法律の施行から一年と定めています。
ただ、実はこの「一年」という期間は、IR議連が作成した当初の法案の中では「二年」としてもう少し長い期間が設定が行われていました。なぜ、そのような変更が行われたかというと非常に単純で、昨年9月に2020年のオリンピック開催が確定したから。このことにより、「統合型リゾートの開業をオリンピックまでに間に合わせるべき」とする主張が投げかけられ、提出直前に法案の修正が行われたのです。
ただし、私はこの点に関して非常に大きな疑問を持っている専門家の一人です。以下に理由をいくつか列挙します。
1)実施法の整備は、一年で間に合うのか?
IR推進法案の後に整備が必要となる実施法案は、非常に広範な分野に渡って調整が必要な法律です。観光振興政策の一環として国土交通省との調整も必要ですし、刑法との兼ね合いでは法務省、疑似金融行為を行うカジノの統制のため金融庁、治安やマネロン対策では警察庁、依存症対策では厚労省、青少年教育対策では文科省…、と通常の法律と比べて、異常に広い分野がその範疇に含まれます。IR推進法に基づけば、これらを内閣府が調整をしながら法の制定を行うワケですが、普通に考えればこれが一年で実現できるものとは到底、思えません。
とはいえ、推進法案の中に「一年以内を目途に」とされている限りは、政府側は何かしら「実施法なるもの」を整備することになるのでしょうが、準備時間の不足から規制の内容がさらに別の法令に大幅に付託されるといったような中途半端な立法措置が取られかねません。産業の基礎となる法整備が、そんな中途半端な突貫工事で良いのか?という点にまず大きな疑問が残ります。
2)実施法整備が出来たとしても、実際の開発が2020年までに間に合うのか?
そんな突貫工事の元で法整備がなされたとしても、その先にさらなる問題があります。それが、実際の開発が2020年までに間に合うのかという論議です。我が国では、ここ数年多くの土木建設に関するリソースが、東日本大震災からの復興に振り向けられてきました。それに加えて、2020年までに首都圏でオリンピック開催用のインフラ整備が必要となったわけで、ハッキリ言ってしまえば今の日本には大型の開発工事を捌くための人員も、資材も殆ど残されていません。事実、多くの大手ゼネコンは、もはや2020年までの新規開発受注は実質不可能になっている状況であり、特に大型投資を前提とする都市部における統合型リゾート開発なぞは、どう考えても2020年までに開業が間に合いません。
同時に、現在の建設業界における慢性的な人員不足、資材不足は、すでに急激な建築コストの増加を招いています。特にオリンピック誘致の成功以降、我が国ではすでに多くの民間事業者による商業開発計画がコストの高騰によって先送りとなっている状況。もはや、開発事業としての採算が合わないのです。「オリンピックに間に合わせたい」という政治的な思惑を元に、我が国の統合型リゾートの開業を2020年までに行おうとすれば、必然的に事業者にはこの大きなコストがのしかかります。当然ながら、そこに投下される開発投資額は低減しますし、その先に期待できる観光振興や経済促進効果も低減します。
3)そもそも、統合型リゾートが必要なのはオリンピックの前なのか?後なか?
そして、この論議のもっとも根源的な質問が、真の意味で統合型リゾートが必要となるのはオリンピックの前なのか?後なのか?という点です。「オリンピックと同時開業」を主張する論者たちは、世界各国からやってくる観光客に他の日本の魅力として統合型リゾートも紹介するのだと息巻きますが、オリンピックがいかに大きなイベントだと言えども、パラリンピックまで含めて二か月足らずの短期間のイベントです。そこに標準を合わせて、開発を行うことにどれ程の意味があるかが私には判りません。
一方、これはどのオリンピック開催国においても同じですが、オリンピック開催の後には必ず経済や観光業の停滞期が訪れます。空港や港湾、公共交通、ホテルやその他商業施設など、多くの観光インフラへの投資は、たった2か月という短期間のオリンピック需要の「瞬間最大風速」に合わせて開発が行われるワケですが、当然ながらそんな短期間で投資回収などできるわけがありません。このような「オリンピック遺産」とも呼ばれる様々なインフラを、オリンピック後も有効利用させ、継続的な投資回収を実現させる施策なくして、その後の経済停滞を乗り切ることはできません。
むしろ、私にいわせりゃ「アフターオリンピックの振興策までを講じて」はじめてオリンピック施策が完了するのであって、統合型リゾートのような強力な観光振興施設の導入は、むしろこれらアフターオリンピックの振興策として必要であるといえるでしょう。
という事で、以上のような点を鑑みると、短い期間の突貫工事で無理やりオリンピック「までの」開業を目指す必要はあまりないのでは?というのが私の考え。オリンピックのスタジアム工事が終了した後から、流れ作業的に統合型リゾートの建設に入り、オリンピック開催後、まもなくしてからの施設開業を目指す方が、全体的に無理は少ないですし、良いものができるのではないかと思われます。法案審議の期間は、今臨時国会の閉会まで60余日ありますから、審議の過程で現在定められている「一年以内に実施法制定」という条文に関して修正が行われることを期待したいところです。