「住宅を備蓄する」という考え方 平常時はホテル、災害時は応急仮設住宅に
日本初の「移動型木造住宅」の社会的備蓄
茨城県境町で、移動式木造住宅の「ムービングハウス」を集積したホテルが作られている。工場で作られた一棟一棟のムービングハウスを組み上げていくもので、建設は一気に進む。開業は2020年4月末。
このホテルの真の狙いは、災害時に住まいをなくした被災者のための「住宅の社会的備蓄」である。
一旦、日本列島のどこかで人々が住家を失うような災害が起きれば、このホテルをすぐに“ばらして”トラックに積み被災地に運んでいく。
平常時はホテル、災害時は応急仮設住宅という日本で初めての取り組みだ。
大規模な災害が絶えない時代になった。
毎年襲う豪雨や台風に加えて、南海トラフを震源とする大地震、首都直下地震発生の可能性は切迫している。
最短8日で入居、移動型の応急仮設住宅
ムービングハウスは、基本ユニットの大きさが12m×2.4mの海上輸送コンテナと同じサイズ、トラックで家具を積んだままでどこへでも運べる。電気、上下水道、ガスを繋げばすぐに通常の快適な生活が営むことができる。
この機能に目をつけて、災害時の応急仮設住宅に応用できると考えたのが、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科の長坂俊成教授だ。
長坂教授は、被災地支援に入った9年前の東日本大震災の時、被災者が長期にわたって避難所の劣悪な環境に置かれてしまう状況に心を痛めた。
大規模災害時に、すぐに住宅が用意できれば、まずは大勢が体育館や公民館に押し込められる状況を改善し、さらに居住性や断熱性も通常の住宅と変わらない環境を用意できると考えたのだ。
日本列島は、東日本大震災の後も、2014年には豪雨による広島市の土砂災害、鬼怒川が氾濫した2016年の関東・東北豪雨、2017年の熊本地震、2018年の西日本豪雨と北海道胆振東部地震、昨年の台風19号と大規模な災害が続き、そのたび多くの人が住まう場所を失っている。
長坂教授はその度に被災地に入って支援を行い、粘り強く行政に向き合い、被災者のために素早く住宅を用意するために移動式木造住宅を応急仮設住宅として導入できるよう実現に向けて活動してきた。
そして、西日本豪雨で大きな被害を受けた倉敷市真備町の被災者のために、タイヤのついた「トレーラーハウス」と合わせて51世帯分の応急仮設住宅として供給が実現された。
さらに昨年の台風19号の被災地では、最短で発注から8日で入居にこぎつけることができた。
応急仮設住宅とは
応急仮設住宅は、災害救助法に基づき、住家が全壊、全焼又は流出し、居住する住家がない者であって、自らの資力では住宅を得ることができない者に対して期間を定めて無償(水光熱費や自治会が徴収する共益費等は入居者が負担)で供与する仮設の住宅である。
都道府県は救助の適切な実施が困難な場合には、国と協議し、救助の程度、方法および期間を定めることができる。応急仮設住宅はこれまで主に、公営住宅の空き室の利用や民間賃貸住宅の空き家・空き室を公費で借り上げて被災者に供与する「みなし仮設住宅」や、被災後に現地で職人などがプレハブや木造の仮設住宅を建設する「建設型応急仮設住宅」が利用されてきた。
既存のストックの活用と早期入居の視点からは、「みなし仮設住宅」の活用が期待される。
ところが、「みなし仮設」は供給量やその場所、広さなどで需要と供給が合致しないことが多い。
また、これまでの建設型応急仮設住宅は、建設期間が2ヶ月程度かかり、災害規模が大きければ数を揃えるのに時間がかかる。
その間、被災者は避難所の過酷な環境に留め置かれ続ける。
ムービングハウスなら、既に出来上がっている住宅を移動してくるだけなので短期で設置ができる。
我慢する(させられる)被災者
地震や津波、水害などの大規模災害が起きて、避難所へ向かう、そして住まいを失った人の多くは暫定的な避難所で長期にわたって過ごさなくてはならない。
体育館や公民館の狭いスペースに大勢が押し込められる状態が長期にわたって続く、畳一枚分の広さに一人、ダンボールで仕切った空間、精神的にも肉体的にも大きなストレスとなる。
また、持病や障害を持つ福祉的な支援や配慮の必要な方も少なくなく、これらの人々がこうした空間で長期に過ごすことは症状を悪化させてしまうし、自閉症など発達障害を抱える人を家族に持っていると、周りに迷惑をかけるなどから避難所を出て自家用車内にこもる人々もいる。
雨露をしのぐ場所があるだけでも良い、と多くの被災者は物言わぬまま耐えることが、日本で起きた大規模災害のたびに続いてきた。
被災者ほどストレスのない住まいを素早く
長坂教授は、住まいを失い、時には家族を失った被災者ほど、その住居にストレスがあってはならないという。
持病のある人、自閉症などの発達障害を抱える人、あるいは女性や子どもだけの世帯などは優先的に環境の良い住まいを確保されるべきだ。過酷な避難所生活が長引くことによる健康被害や災害関連死を少しでも減らさなければならない。最近では、避難所などでの性暴力も顕在化している。
移動式の住宅は、応急仮設住宅としてだけでなく福祉避難所としての機能も果たせる。
実現した災害救助法の適用
災害時の仮設住宅については、災害救助法が適用されれば都道府県によって仮設住宅の建設が始まる。
では、移動式木造住宅にも災害救助法が適用されるのか。
上述したように、長坂教授が地道に自治体と県、国に同時に働きかけて、それまでは仮設住宅は、みなしと建設型の大きく2種類だったものが、災害救助法適用の仮設住宅に移動式木造住宅が認められるようになった。
西日本豪雨と北海道胆振東部地震で災害救助法の適用が実現した。
これまで、一般社団法人プレハブ建築協会(以下プレ協)は、全国の都道府県との間で「災害時における応急仮設住宅の建設に関する協定」を締結しており、応急仮設住宅の供給において中核的な役割を果たしてきた。
一方、一般社団法人ムービングハウス協会は現時点で都道府県との間では協定はない。
しかし、北海道胆振東部地震では、厚真、安平、むかわの被災三町の強い要請に基づいて、ようやく10戸の移動式木造住宅の応急仮設設置が実現したのだ。
これだけ災害が続く状況に自治体も危機感を感じて、この取り組みに注目をし、今回ホテルをオープンする茨城県境町のように、社会的備蓄という考え方に賛同する自治体が現れてきた。
自らが被災した時に全国で社会的備蓄が進めば、「救済し、救済される」仕組みができる。
また、ムービングハウスを大量に確保するために、製造拠点を全国に張り巡らせる必要があり、それが地域経済を活性化する。
境町の橋本正裕町長はこう語る、「大規模災害時に、国全体が支え合う仕組みを作るということを境町から全国に向けて発信したい。また、地域が活性化することにつなげていきたい」。
災害列島“日本”、求められる社会的備蓄
日本のどの自治体も、いつ災害に襲われるかわからない時代だ。
2019年秋の台風19号では、東京・世田谷ですら、多摩川が氾濫して大きな被害を受けた。
しかし、規模の小さな自治体は万が一に備えて移動式住宅の備蓄を大規模に行うことは財政上難しい。
ただ、自治体として活用する研修施設など普段から利用されるものとしては確保できるはずだ。
あるいは、平常時には地域住民が共有して使うコミュニティ用の施設や民間事業者でも活用でき、収益を上げることもできる。
そして、各地の自治体と協定を結び、どこかで災害が起き、住家を失った被災者が出たら、すぐに通常の使用をやめて、その移動式住宅を当該被災地に移動させる。もちろん、自ら被災した時は、協定を結んでいる自治体から同様に運んでもらう。
では、使用している施設が失われるのはどうすれば良いのか、これは災害救助法に基づいて有償のレンタルとする。
この仕組みであるならば、実は自治体だけでなく民間事業者でも可能になる。
冒頭に紹介した来月オープンする境町は、平常時ホテルとしてビジネスを行い、発災時にはすぐに宿泊客をキャンセルして、被災地に移動させる。
さらに、今回は建設費用の50%が国の地方創生拠点整備交付金、残りを交付税措置やふるさと納税で賄う。
恒久の住まいにもなるムービングハウス
移動式木造住宅は、100年近い耐久性を持つ。
災害で住まいを失った人が、高齢などで新たな住宅を自力で建設する力がない場合、購入して仮設としての役割を終えた後も自宅敷地などに移動させて住み続けることができる。
また、復興公営住宅としての利用も引き続いてできる。
応急仮設住宅として災害救助法が適用されている間に償却が進むので、購入価格は下がっている。
新築するよりもはるかに安価でそれまでの生活を継続することができる。
社会的備蓄の実現のために
今後の災害に備えての「社会的な備蓄」ということは、莫大な数が必要である。
国は、南海トラフ巨大地震による家屋の全半壊は約500万戸、それに対して約205万戸の応急仮設住宅が必要になると想定している。大規模災害がこれだけ絶えない時代では、待ったなしだ。
これまでの「みなし仮設」、「建設型仮設」に加えて、「移動式木造住宅」の大きく3種類の災害住宅で大規模な災害に素早く備える。
そのためには、平常時の「移動式木造住宅の社会的備蓄」は欠かせない。
長坂教授は、その備えを官民の様々な機関を連携させて実現することを狙いにその名も「スタンバイリーグ」と名付けた会社を大学発のベンチャーとして興した。
どのようにしてこの仕組みの構築に賛同し、取り組む自治体や事業者を全国に広げていくか、これからが正念場だ。