ポーランドと北欧の連帯が、ウクライナ戦争停戦のカギとなるか。激動の欧州(1)
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トランプ政権の誕生を前に、欧州の政治と外交が大きく動いている。
トランプ氏が大統領選挙に勝ってからというもの、ヨーロッパの国々は、一つの思いによって動かされていたと感じる。
それは「ウクライナ戦争の行方を決める交渉のテーブルに、絶対に欧州がつかなければならない。アメリカとロシアだけで決めることは許されない」という、焦りにも似た気持ちである。
この目標のために、新たな連帯が生まれてきた。11月の半ばには欧州政治や外交で何が起こっているのか、何が問題なのか、輪郭が見えてきたが、今は一層はっきりと見えるようになった。
11月中旬、フランスの元大使で、モンテーニュ研究所特別顧問のミシェル・デュクロ氏は、仏『ル・モンド』紙に「欧州のオファーを早急にまとめなければいけない」と提言した。
彼の言う「欧州」とは、ヨーロッパの主要な首都のことだ。
それには3つの要素が必要であるという。
まず、軍事援助の大幅増額。次に紛争後のウクライナの安全保障。そして交渉前のウクライナ強化であり、欧州が貢献できる用意があることを示すことである。
このことを頭に入れてみると、今の欧州の動きが見えてくるように思う。
何回かに分けて、欧州の様子をレポートしたい。
ポーランドと北欧がブロックをつくろうとしている
11月27日、ポーランドは「北欧バルト8」のフォーラムに、初めてゲストとして現れた。
これはポーランドの外交政策の大きな転換と言えるだろう。
ウクライナ支援の急先鋒といえる国が、今までのように西欧でもなく、仲間の中欧でもなく、北欧を向いたのだ。
そして、同国のトゥスク首相はその先頭に立ち、最も意欲的な国々と親ウクライナ戦線を形成しようとしている。
「北欧バルト8」とは、通称「NB8」(Nordic-Baltic 8)と呼ばれる。スカンジナビア4カ国(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド)とアイスランド。これらの北欧諸国に加えて、バルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の8カ国のグループだ。
首相や国会議長、外務大臣、各省大臣、国務長官や外務省政治部長などによる定期的な会合が行われている。そこでは地域問題、国際問題を検討する専門家協議が開催されてきた。
NB8の会合は27日、スウェーデンの首都ストックホルムの西120キロにある、首相の夏の別荘であるハルプスンドで開催された。
ポーランドのトゥスク首相は、西側沿岸諸国の海軍による、バルト海の共同監視を提案した。これは、「一種のバルト海警備」であり、バルト海上の空域を警備するNATO独自の任務に沿ったものとなる。
「仲間たちがこのアイデアに興味を持ってくれたことをとても嬉しく思う。詳細については引き続き議論していく」とトゥスク首相は述べたと、ドイツの国営国際放送局DWニュースは伝えている。
そして、出席した7カ国の首脳(リトアニアとアイスランドは欠席)がロシアに対する不屈の姿勢を示した。 「我々の長期的な安全保障にとって最も重要かつ差し迫った脅威」とし、米国との良好な関係を維持し、欧州の防衛を強化する必要性を強調した。
バルト海は、一層不安定さを増している。約2週間前、バルト海の海底通信ケーブル2本が不審な損傷を受けた。1本はフィンランドのヘルシンキとドイツの港湾都市ロストックを結ぶもの、もう1本はスウェーデンとリトアニアを結ぶものだった。
捜査官らは、損傷は、中国の貨物船「伊鵬3号」が関係する時間帯に破損現場を通過したことによるものだと見ている。
ただの事故だろうか。意図的なものだろうか。中国とロシアの関係を示すものだろうか。警察は妨害行為の可能性も否定していない。
強固な関係を築くスウェーデンとポーランド
同時に、ポーランドとスウェーデンの首脳会議も開かれた。二人の首相は、両国間の戦略的パートナーシップを、外相レベルから政府首脳レベルに引き上げる協定に署名した。
「ポーランドの安全は、スウェーデンの安全だ」とスウェーデン首相クリスターソン氏は調印式後に語った。トゥスク首相は、自国と北欧諸国&バルト諸国との結束を「強固な連帯国家グループ」の設立と表現した。「ロシアのウクライナ侵攻など、最も困難な問題を含め、同じ意見を持ち、同じ考えを持つグループ」とも評した。
同氏は「この問題に関して、我々は一致団結しているという重要なメッセージを欧州に送ることになる」と強調した。
このことは、ウクライナ停戦に向けて団結しなければならないのに、いまだ意見がまとまらない欧州で、一つの核をつくることになるのだろうか。
クリスターン首相は、「ポーランドはスターだ」と、ポーランド政府の防衛費の高さを称賛したことさえある。
トゥスク首相は、自国が今年、GDPの4.2%を軍事費に充て、2025年には防衛予算が4.7%に増加する予定であることを確認している。
戦争が始まって以来、軍隊の近代化のため に毎年数百億ユーロが投資されている。
このように軍事費を投じているポーランドは、NATOの「一番弟子」である。この地位は、アメリカの防衛産業や、次期大統領に対して、カードを与えることになるだろうと、仏『ル・モンド』氏は評している。
ましてやトランプ氏は個人対個人の交渉を好む人だ。「カネをちゃんと出している」トゥスク氏の言葉を聞く姿勢をもつ可能性は否定できない。
ポーランドのコシニアク=カミシュ国防相は、トランプ氏への祝電の中で、「われわれは、協力を強化するための新たな共同プロジ ェクトを見つける多くの機会を得られると確信している」と記したという。
そのようなポーランドのイニシアチブに期待するNB8であるが、今回、新たな戦略的二国間協力協定を結んだスウェーデンは、昔も今も大国である。
スウェーデンを始めとする北欧の社会民主主義のモデルは、冷戦中、EUになる前のジャック・ドロール委員長の時代から、欧州の模範と言われてきた。
さらに、第二次大戦でも中立を保ち独自外交を展開する力をもっており、加えて戦闘機グリペンなどを輸出してきた、技術・軍事の先進国でもある。
歴史的な中立政策を止めてNATOに加盟したスウェーデンと、イニシアチブを取ろうとしているポーランドの接近は、大きな意味をもつに違いない。
「ヴィシェグラード・グループ」中欧の連帯の崩壊
戦争が始まるまで、ポーランドは「中欧」と呼ばれる内陸の近隣国との関係が深かった。
特に「ヴィシェグラード・グループ」である。
冷戦後の1991年、EU加盟を目的として、チェコスロバキア・ハンガリー・ポーランドの3カ国によってつくられたグループだ。
その後チェコとスロバキアは2つの国に分かれたので4カ国となり、「V4」と呼ばれるようになった。
ちなみにヴィシェグラードとは、ハンガリーにある城下町の名前である。ここでグループが結成された。14世紀にボヘミア・ハンガリー・ポーランドの王が会議を開いたことにちなんでいる。
4カ国すべて、EU加盟もNATO加盟も果たしたが、解散はせず、引き続きヴィシェグラード基金を通じた文化協力と、インフラなどのテーマに関する専門家レベルの協力に焦点を当ててきた。
この地域は近年、チェコを別にして、「超」といって良い保守や極右に走る傾向が顕著だった。ハンガリーのオルバン政権は筆頭だ。スロバキアのフィツォ首相も同様である。
ポーランドもしかりである。保守的で極右と呼ばれる民族主義的な政党「法と正義」党(PiS)が、2015年から、もう長いこと政権をとっていた。
西欧のレベルに追いつけない苛立ち、プライド、ソ連圏から西側へ急激に社会が変化した後の反動の時代が迎えていることが原因だろうか(ロシアもそうだろう)。
特に移民問題では、これらの国々はEUの政策に反対してきた。
そんな時にウクライナ戦争は起きた。
ポーランドは、あからさまに親露路線を行くハンガリーや、ロシアに敵対的ではないスロバキアとは、全く違う立場をとった。
「このとき、ヴィシェグラード・グループは終わりを告げた」という評価もあるくらいだ。
(フィツォ首相は、狙撃され一命をとりとめた後、オルバン化している)。
「法と正義」党のドゥダ大統領はある時、壇上から自国のウクライナへの支援を語り、(極右とはいえ?)実に説得力のあるセリフを言った。
「ためらうな、恐れるな! ロシアとはもはや『通常通りのビジネス』をする余地はない。流血のあるところでは、正直な人間はビジネスをしない」。
極右政党「法と正義」は、EU懐疑派で、ドイツとの歴史問題も再燃させた。EUやドイツと良い関係を築いたとは言えないどころか、時には利用し敵視さえしていた。
しかし2023年12月には政権交代が起き、トゥスク氏が、首相の座に返り咲いた。彼はEUのユンケル委員会(2014年-19年)の時代に、EU大統領(欧州理事会議長)を務めた人物で、欧州大陸の大物だ。もちろん親EUである。
両政権とも、ウクライナへの支援を要求する急先鋒の国の一つとして動いてきた。そしてアメリカに防衛を頼る意志があり、大西洋の結びつきを重視する姿勢も同じである。
しかし、前政権の極右政党は、何よりもアメリカを重視し、そこにはEUがない。新政権は、アメリカを重視しつつもEUがあるという違いがある。また、現政権は前政権よりも、外交力がケタ違いに強いと感じる。
同国のシコルスキ外相は、『ル・モンド』とのインタビューに答えた。
「ポーランドはEUの中で唯一、ロシアとウクライナの両国に隣接している国です」と述べ、「私が心配しているのは、プーチン大統領の 『レッドライン』については常に問われているのに、私たち自身の 『レッドライン』については決して問われないことです」と言った。
そして、「ロシアが制空権を失ったため、ロシアのミサイルやドローンが領空に侵入して市民が殺されるのを防ぐという、極めて明白なレッドラインがあります」と答えている。
ロシアからポーランドへの脅迫は続いている。ウクライナが崩壊すれば、最前列にいるこの国は、前世紀のトラウマを繰り返してしまう。
そしてもしロシアとNATOが直接衝突すれば、ポーランドという広大な平原が主戦場となる。
1970年代にポーランドの知識人イエジー・ギドロイック(1906-2000年)が提唱したドクトリンに従えば、ポーランドは自国の安全を確保するために、東側隣国の独立、安定、民主的価値を促進しなければならないのだ。
ワイマール三角形の停滞
このトゥスク氏の外交政策に対して、ドイツでは「ドイツに失望したから、ワルシャワはスカンジナビアとバルト諸国に方向転換したのだ」という評価がある。
またフランスは、NM8の会議で、マクロン大統領が短いビデオメッセージで参加したように、これらの国々と志を共にしているという線になっている。
あまり日本では知られていないが、実は「ワイマール三角形」というものがあった。これはフランス・ドイツ・ポーランドという3カ国の枠組みのことだ。
ワルシャワの方向転換は、ワイマール三角形にも陰を落とすことになる(詳細は、次回以降)。
ブレグジットの影響。落日のイギリス
ところで、これらの動きは、ブレグジット(英国のEU離脱)も遠因にあると、筆者は思う。
EUは、英仏独の3大国を核として、絶妙なバランスをとって運営されてきた。アメリカに近く、海洋国家であるイギリス。ロシアに近く、内陸国家であるドイツ。どちらでもなく、海も陸も重要なフランス。
しかし、EU運営の政治の中に、イギリスの存在は全く無くなった。政治だけではない。EUのために組織されている経済・文化・社会の欧州団体のほぼすべてで、イギリスの存在は無くなってしまった。巨大な機構・団体・システムの中から消えたのだ。離脱したのだから当然だ。
もし、今もイギリスがEU内にいたら、ポーランドはイギリスと強く結びつき、頼っていたかもしれない。イギリスは、「打倒ロシア・ウクライナ強力支援」の代表者のようにイニシアチブを取り、北欧の国々ともつながり、欧州の一つの大きな力の核となっていたかもしれない。
しかし、イギリスはもう27カ国の連合にいない。だから欧州の一つの立場の代表者になれないのだ。
だからこそ、EUの実力者であるトゥスク首相は、自らイニシアチブを取る覚悟で、北欧・バルトに接近していったのだろう。
11月2日、トゥスク首相はXにこう書いた。「ヨーロッパの未来はアメリカの選挙に かかっていると主張する人がいるが、それは何よりもまず私たちにかかっている ・・・結果がどうであれ、 地政学的なアウトソーシングの時代は終わった」。
イギリスが離脱しバランスは崩れ、今の動きは、EUがイギリスに代わる第3極目を必要としている動きであるとも、解釈できるかもしれない。
そして、スウェーデンとフィンランドがNATOに加盟したことで、欧州における両国の力が増しただけではなく、北欧のグループの力が相対的に増したと言えるだろう。それはEUの中での比重もしかりである。欧州を動かす政治の中心は、EUである。軍事のために設立された組織ではなかったとしても。
問題は、ウクライナ支援の仕方をめぐって、EUがまとまることが出来ないことである。
ポーランドは2025年前半のEU理事会議長国となる。
大西洋を越えた結びつきを強化することを、優先事項の一つとする意向である。
歴史的に特権的な関係にある米国に依存するポーランドは、ワシントンとブリュッセルンの間にある緊張関係を、どのように安定させてゆく力となれるだろうか。
そしてポーランドと北欧&バルトで、もし一つの極、あるいは核が出来ていくのなら、フランスは、ドイツは、イギリスは、どう反応し、どう動いているのだろう。
次回以降は、仏・独・英の話を書いていこうと思う。
コラム:北欧のグループ形成について
この地域の歴史的な結びつきは深いが、冷戦後の90年代に転機が訪れた。
1952年から存在している「北欧理事会(Nordic Council)」というものがある。参加国の議会間協力のための正式な公式機関である。
デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデンの5カ国と、他の自治地域から87名の代表者(各国の議員)が集まり、毎年10-11月に通常議会を開いている。本部事務所がデンマークのコペンハーゲンにある。
冷戦が崩壊したころ、この北欧理事会は、バルト3国の独立に大きな力を果たした。最初に国境を開き、バルト諸国とのビザ免除制度を導入した。
こうして、北欧理事会5カ国にバルト3国を加えたNB8(Nordic-Baltic 8)は結成された。
正式な協力が締結されたのは1992年だった。当初は「5+3」と呼ばれていたが、2000年には8カ国の外務大臣会議を「NB8」と呼ぶことが決まった。
最初に書いたように、首相や国会議長、外務大臣、各省大臣、国務長官や外務省政治部長などによる定期的な会合が行われている。そこでは地域問題、国際問題を検討する専門家協議が開催されてきた。
こちらは、定まった本部事務所は存在せず、毎年議長国を決めて、その国が調整役を担当している。