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保育におけるプール活動の危険を知る ― 監視の科学

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:Paylessimages/イメージマート)

プールの監視についての動画が配信された

 2021年4月22日、教育・保育管理下のプール活動時の監視についての動画幼稚園等のプール活動・水遊びでの溺れ事故を防ぐために」が消費者安全調査委員会から配信された。18分の動画で、やや長いが、監視の基本がとてもわかりやすく解説されており、ぜひ、皆さんに見ていただきたいと考え、紹介することにした。

 この中で私が最も印象に残ったのは、「他の先生方が忙しくしている様子を見た時、それを手伝わないと後ろめたい気持ちになってしまうという意見があったが、監視役の先生は何もしていないのではなく、監視という子どもを守る大切な役割を果たしている。園長はそれを正しく認識し、適切な監視を実現するための人員の配置や指示をする。監視役の先生が監視に専念できる環境作りが重要」という指摘であった。

これまでの経緯

 2011年7月に神奈川県大和市の幼稚園で発生したプールでの溺死事故を受け、消費者安全調査委員会が検討を行った。私は、この報告書を作成する事故調査担当専門委員として関わった。プールの構造、水深、プールに入っていた子どもの数、保育者の行動などの資料を見せてもらったが、子どもがなぜ溺死したのかわからなかった。

 報告書では、死亡した原因は、

①プール活動中の園児の監視体制に空白が生じたために発見が遅れたこと

②一刻を争うような緊急事態への備えが十分ではなく必要な救命処置を迅速に行えなかったこと

の2つとされ、監視体制に空白が生じた要因として、

①監視業務と指導業務を同時に1人の教諭が行っていたこと

②スケジュールの遅れなどで追加業務が発生し、担任教諭が監視に向ける集中力が低下したこと

とされた。

 これらから、プール活動では、監視を行う者と指導を行う者を分けて配置することが強調され、教職員に対し「監視を行う際に見落としがちなリスクや注意すべきポイントについて事前教育を十分に行うこと」と指摘され、2014年6月20日に消費者安全調査委員会から、文部科学省、厚生労働省及び内閣府に対して意見書が出された。

 報告書には、「見落としがちなリスク」、「注意すべきポイント」などと書かれているが、具体的にどういうことなのかよくわからない。日本赤十字社などから監視に関する指針が出ているが、一般的な記述で、どういう状況のときに監視の空白時間帯が生ずるのか、具体的なことがよくわからない。

 2017年8月、また、埼玉県さいたま市の認可保育施設のプールで4歳児が溺死した。そこで、前回の意見書のフォローアップ調査が行われ、2018年4月24日、消費者安全調査委員会から「教育・保育施設等におけるプール活動・水遊びに関する実態調査」が発表された。その内容としては、いわゆる一般論が述べられているだけで、2014年の報告書と同じことが書かれ、具体的にどうしたらいいか明確ではなかった。唯一、監視に専念する人がいない場合は、プール活動を中止するよう求めていた。

私の意見は

 この実態調査の報告書を読んで、「監視と指導を分けよと言っても、プール事故はなくならない」という記事を書いた(「その監視は機能しているか?保育の場のプール事故対策の課題」(Yahoo!ニュース(個人)山中 龍宏 2018年5月17日配信))。その記事を読んだ、ある消費者安全調査委員会の委員から私にメールが来た。

 「山中先生のおっしゃること、一面においてもっともだと思います。しかしながら、指導している人だけで、監視をしている人すらいない幼稚園や、知識のない人が監視している実態の中で、今、子どもたちのリスクを下げる方法というのは、実際問題、私がいくら考えても、先生などは『馬鹿らしい』『古くさい』『不確かな』と思われるような方法を、それでも少しでも徹底させていく以外に、現実的な効果を期待できることは考えられません」

 実際問題、何をすればいいの?何ができるというの?何もしないのではなく、ともかく監視しろと言うしかないじゃないの!私たちだって一生懸命やっている!というメールであった。

 このメールからは、「一生懸命やれば事故は減るはず」という思い込みがあると感じた。「いくら考えても」と言っているが、それは自分が思いつく範囲内のことだけで、他に取り組み方はいくつかあると私は考えた。

報告書の課題についての指摘

 この報告書について、最も大きな問題は「監視」の中身であると私は指摘した。「水の外で監視に専念する人員を配置することを徹底する必要がある」と指摘しているが、その「監視」がどのような監視であるのかを検証する必要がある。監視の実態、監視の有効性を検討せず、「監視が必要」と指摘するだけでは予防にはつながらない。

 記事の最後の「何をすべきか?」という項で「プール全体が撮影できるカメラを設置し、プール活動中はモニタリングをする。その映像を分析すれば、保育者の動き、子どもの行動、監視役の立っている位置などおおよそのことがわかる。日常のプール活動を記録して分析すれば、プールの広さに対して、何人の子どもなら監視が可能か、監視の実態や限界を知ることができ、保育業務の改善にもつなげることができる。事故が起こった時には、正確に分析することが可能になり、たいへん役に立つ」と書いた。

録画による監視の実態調査とその分析

 2019年の春、消費者庁の担当者から保育管理下のプール活動を記録して分析する事業について相談を受けた。そこで保育園の園長先生にお願いして、2019年の夏、幼稚園、保育所や認定こども園、計10園に協力していただき、カメラを設置してプール活動・水遊びの様子を撮影・記録し、その映像データを解析した。監視・救助の資格を持つ専門家に、撮影された映像のうち、プール活動・遊びの映像 226 時間分を見てもらい、溺れにつながる危険性がある場面を抽出してもらった。「転倒」、「飛び込み」、「プールのへりに乗る、座る、またぐ、立つ」、「プールの外から中をのぞき込む」、「プールの中で転んだ子どもの上に乗ってしまう」、「ふざけて他の子どもを沈める」などの場が見られた。監視の不備が発生していない園はなかった。この調査によって、監視が不十分になる具体的な状況が明らかになった。これらの結果は、2020年5月、幼稚園や認定こども園、保育所向けに、子どもがプール活動や水遊びで溺れる事故を予防するためのイラスト付きの教材「プール活動・水遊び 監視のポイント」として公開された。

 今回は、解説付きの動画として配信され、とてもわかりやすくなった。ぜひ、保育関係の方々に見ていただきたいと考えている。動画なので、アクセス数をモニターして評価することができる。アクセス数が少なければ、2分くらいの簡易版の動画にすることも考えればよい。

このような活動を推進するためには

 今回の保育管理下のプール活動中の溺れの予防を検討するにあたっては、いろいろな人が関わった。

 小児科医である私は、プール活動の監視の実態を科学的に分析する必要があると訴え、知り合いの園長にプール活動のモニター調査の必要性を話して協力を依頼した。園長とは20年以上前からの付き合いがあり、調査の意義もすぐに理解してもらえた。

 園長は、園長会の場で調査の必要性を訴えて協力を依頼し、産業技術総合研究所(当時)の西田 佳史さんには、調査の意義、機器の設置、記録方法、データの分析法などを園長会で説明していただいた。

 協力していただける園では、園長から保育士への説明、さらに保護者への説明と同意の依頼、プールサイドへの機器の設置などに協力していただいた。

 録画されたデータを収集し、その解析は、工学系の研究者や水泳の監視の専門家にお願いした。分析結果がまとめられ、消費者安全調査委員会から「監視のポイント」として発表された。

 このように、傷害予防を推進するためには、いろいろな人が関わる必要があり、それぞれの人に役割がある。

園長や保育士:重症度が高い傷害を予防するためには、保育の実態を科学的に分析する必要があることを理解する。保育の実態を動画で記録し、それを分析する必要があることを理解し、調査に協力する。

保護者:子どもたちの安全のためには、保育中の動画を撮るなど科学的な検討が必要であることを理解し、調査に同意して協力する。

研究者・専門家:子どもの行動観察データの必要性を理解し、説得力を生むための科学的な調査方法を設定し、多大な労力を要するデータ分析に取り組む。

担当行政官:注意喚起の通達や報告書を出していても、重症度が高い同じ事故が起こった場合には、それまでの対策は効果がなかったと評価して、違う方策を検討するために専門家に相談し、科学的な傷害予防策を検討するための予算を確保する。

メディア:科学的な傷害予防情報を、機会があるたびに伝える。

 今年の夏は、今回の監視の科学により具体化された方法が確実に実施されることで、保育管理下のプール活動で溺水事故が起こらないように願っています。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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