Yahoo!ニュース

アメリカ海兵隊の次期防空装備MRICとMADIS

JSF軍事/生き物ライター
海兵隊システム軍団よりホワイトサンズ試射場、次期防空装備MRICの試験発射

 アメリカ海兵隊は2020年3月発表の「戦力デザイン2030」で組織の大幅な刷新を宣言しました。その内容は戦車を全廃して榴弾砲を大幅削減し、代わりに地対地ロケットの大増強と地対艦ミサイルの新規大量装備を行い、中国を想定した海洋戦・島嶼戦に特化した戦力構成に生まれ変わる予定です。

FORCE DESIGN 2030 - Marines

 ところが2020年に最初に提出された「戦力デザイン2030」には防空部隊について配備予定数の記述がありませんでした。実は海兵隊は1990年代後半にホーク防空システムが退役し、2000年代半ばにアベンジャー防空システムが退役して、現在は歩兵が持つスティンガー携行地対空ミサイルのみという状態でした。しかしそれは格下の相手と低強度紛争を戦うならば問題ありませんでしたが、中国という同格の強力な相手と戦う想定では通用しないのは明白でした。

Force Design 2030 Annual Update April 2021

 そこで海兵隊は戦力デザイン2030を改定(Annual Update、年次更新)していく中で、防空部隊の復活を決定します。戦力デザイン2030の最初の年次更新(2021年4月)に「沿岸防空大隊(LAAB: Littoral Anti-Air Battalion)」という記述が登場します。3個沿岸防空大隊が新設され、現在3個を予定している海兵沿岸連隊(MLR: Marine Littoral Regiment)に1個沿岸防空大隊ずつ配備される予定です。

 なお1個沿岸防空大隊には1個MRIC中隊(4個小隊)と1個MADIS中隊(4個小隊)を基幹とする編制が予定されています。

訂正と追記:海兵隊の防空部隊は最小戦闘単位の高射隊を小隊と呼称するもので、他軍事組織でよく行われている防空部隊の最小戦闘単位を中隊と呼称する編制と異なっていました。

沿岸防空大隊(LAAB)の編制(2020年の計画表で現在と異なる)

海兵隊より第3沿岸防空大隊の編制(2020年時点での計画表)
海兵隊より第3沿岸防空大隊の編制(2020年時点での計画表)
  • LAAB:Littoral Anti-Air Battalion 沿岸防空大隊
  • LAAD:Low Altitude Air Defense 低高度防空
  • Air Defence:防空
  • MRIC:Medium-Range Intercept Capability 中距離迎撃能力
  • MADIS:Marine Air Defense Integrated System 海兵隊防空統合システム
  • Btry:Battery の略。中隊
  • Plt:Platoon の略。小隊
  • Plts:上記の複数形
  • Air Control:航空管制
  • Air Support:航空支援
  • Early Warning:早期警戒
  • Commes:通信
  • FARP:Forward Arming and Refueling Point 弾薬と燃料の補給
  • H & S:Headquarters and service 司令部
  • Staff sections 幕僚部
  • Permanent:常設
  • UDP:Unit Deployment Program 部隊配備予定
  • Attach:配置

 沿岸防空大隊の隷下は1個MRIC中隊(中距離防空用、4個小隊)、1個MADIS中隊(短距離防空用、4個小隊)、1個航空管制中隊(航空支援小隊、早期警戒小隊、通信小隊)、1個補給中隊(3個小隊)、1個司令部中隊となっています。

 沿岸防空大隊の実質的な戦闘部隊はMRIC中隊(4個小隊)とMADIS中隊(4個小隊)の2個ですが、上述のように海兵隊の防空部隊は最小戦闘単位を小隊と呼称するので、1個大隊が8個小隊=8個ユニットの高射隊を持つ編制となります。

MRIC(Medium-Range Intercept Capability)

海兵隊システム軍団より次期防空装備「MRIC」。最大20連装だが半分の10連装分の搭載形態
海兵隊システム軍団より次期防空装備「MRIC」。最大20連装だが半分の10連装分の搭載形態

 MRIC(中距離迎撃能力)はかつてのホーク防空システムの役割が期待されており、イスラエル製のアイアンドーム防空システムの海兵隊版です。迎撃ミサイルと火器管制システムがイスラエル製で、これにアメリカ製のAN/TPS-80レーダーなどを組み合わせたアメリカ向け仕様です。

 MRICが用いるアイアンドームの迎撃ミサイル「タミル」は発射重量90kgで、海兵隊は中距離と呼んでいますが他国では短距離の防空システムに分類されることが多い規模の迎撃ミサイルです。本来は対ロケット弾迎撃を目的としたカウンターRAMと呼ばれる種類の兵器ですが、海兵隊はこれを巡航ミサイル(亜音速から超音速まで)への対抗用として配備する予定です。

 タミル迎撃ミサイルの射程は非公表ですが(4km~70kmまでのロケット弾を迎撃可能と公表されていますが、これは迎撃想定目標のロケット弾の射程の意味)、推定で最大射程7~12km程度になるでしょう。迎撃目標の種類によって有効射程は変わってきます。低速のドローンが相手なら有効射程は長く、高速の超音速巡航ミサイルが相手なら有効射程は短くなります。

 MRICの発射機はアイアンドームと同様に最大20連装という大きなもので、運搬するトレーラーも大きなものとなっています。短距離防空システムとしてはかなり大きな機材であり移動に制約があり、島嶼の最前線に配備する構想ではなく、後方の兵站拠点などを敵の巡航ミサイル攻撃から守る役割が期待されていると推定できます。

 なおMRICでは弾道ミサイルと極超音速兵器は迎撃が困難です。これらの脅威目標についてはおそらく海軍のイージス艦の広域防空の傘を期待しているのでしょう。海兵隊は海軍の一部として海洋戦・島嶼戦を戦うことになります。

【解説】:海面を這うように低く飛ぶ巡航ミサイル(高度数m~十数m)と比べると、弾道ミサイル(高度数百km~千km以上)と極超音速兵器(高度数十km)は海上のイージス艦からでもレーダーで捉えやすく広域防空が可能。一方、巡航ミサイルを広域防空するには早期警戒機で上空から監視する必要がある(イージス艦からでは低く飛ぶ目標は水平線の陰に隠れて見えないため)。しかし航空優勢を確保できないような激戦が予想される最前線の空域に早期警戒機を飛行させることは危険が大きく、海兵隊は巡航ミサイルについては自力で拠点防空する必要性に迫られた。

12個高射隊48発射機960即応弾+960予備弾=1920発

MRIC Systems (Previously Tamir Missile) Procurement Notice of Intent ※MRICシステム(前タミル・ミサイル)調達意向通知書

  • タミル迎撃ミサイル1840発+80発(1920発)
  • 発射機44基
  • 射撃管制システム11基

 海兵隊のMRICシステムの新たな調達要求が上記で、これに現在既にある試験機材の1個分(射撃管制システム×1、発射機×4)を足すと、ちょうど12個高射隊を編制できる数量(射撃管制システム×12、発射機×48)になります。

 12個高射隊48発射機960発がフル装填の即応弾数、予備弾が同じ960発で合計2斉射分、総ミサイル数1920発が海兵隊の現時点でのMRIC装備予定数となります。

追記と訂正:上述のように海兵隊の防空部隊は最小戦闘単位の高射隊を小隊と呼称するものだったので、MRICは3個中隊12個小隊48発射機を配備予定。

MADIS(Marine Air Defense Integrated System)

 MADIS(海兵隊防空統合システム)はかつてのアベンジャー防空システムに近い規模の装備であり、コンパクトな4輪車両に搭載されて機動性が高く最前線の兵士を守る近距離防空システムです。迎撃を担当する「MADIS Mk1」とレーダー警戒・指揮を担当する「MADIS Mk2」を組み合わせています。それぞれ単独でも対空戦闘可能ですが、基本的には1両ずつペアで2両が最低戦闘単位です。

 過去のアベンジャー防空システムの想定していた主な迎撃目標は低空を飛ぶ攻撃ヘリコプターでしたが、現代の戦場では新たな低空の空中目標である各種ドローンが登場しており、MADISはドローン対策を重視した構成となっています。

MADIS Mk1

海兵隊より次期防空システム「MADIS Mk1」量産仕様。JLTVに搭載。※スティンガー未搭載
海兵隊より次期防空システム「MADIS Mk1」量産仕様。JLTVに搭載。※スティンガー未搭載
  • 30mm機関砲 M230LFブッシュマスター 
  • スティンガー携行地対空ミサイル(車載仕様)
  • 可視光/赤外線光学システム
  • 電子戦システム

 MADIS Mk1は低空を飛ぶジェット戦闘機や攻撃ヘリコプター、小型固定翼ドローン(偵察観測用)などが主な迎撃目標です。またそれだけでなく搭載する30mm機関砲はM-ACEシステムと同じものなので近接信管弾が用意されており、マルチコプター型の小型ドローンも効率よく迎撃できます。

MADIS Mk2

海兵隊より次期防空システム「MADIS Mk2」試作仕様。M-ATVに搭載。※ミニガン射撃中
海兵隊より次期防空システム「MADIS Mk2」試作仕様。M-ATVに搭載。※ミニガン射撃中
  • 7.62mmミニガン(6銃身ガトリング機関銃)
  • 360度レーダー
  • 指揮管制通信システム
  • 可視光/赤外線光学システム
  • 電子戦システム

 MADIS Mk2は基本的にレーダー警戒とMk1への指揮を担当しますが、自身にもミニガンが装備されており、マルチコプター型のような低い高度を飛ぶ小型ドローンならば自力でも対処が可能です。

 MADISの量産仕様はMk1とMk2共にJLTVが搭載車両で(試作型はM-ATV搭載型もある)、現在の海兵隊の調達予定数は131両ずつ合計262両を予定しています。また360度レーダーと光学システムと電子戦装備のみを積んだ軽量版MADISも用意されています。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

JSFの最近の記事