「イヌに咬まれて」かかる感染症に要注意
韓国の男性アイドルの家族が飼っていたイヌが同じマンションの女性住人を咬み、女性はその咬傷が原因とみられる敗血症で死亡した、という記事が話題になっている。また、日本の厚生労働省は10月11日、徳島県の男性がペットのイヌから、マダニが媒介するSFTS感染症(重症熱性血小板減少症候群)に感染した、と発表した。男性は回復しているようだが、2016年には野良ネコから同じ感染症にかかった50代の女性が死亡している。
イヌに咬まれて感染する病気
この二つの事件は感染ルートが異なる。韓国の場合はイヌに咬まれ、そこから感染症にかかったのではないか、という直接伝播によるものだ。一方、SFTS感染症の場合は、マダニという間接的な媒介生物によって病原体などがうつることで病気になる。
韓国のイヌに咬まれた事件では、被害者の血液を検査した結果、敗血症の原因は緑膿菌によるものだったようだ。イヌに咬まれたからこの緑膿菌に感染したのか、ほかの感染経路があったのかどうかはまだ確認されていないらしい。
緑膿菌感染症は、免疫力が落ちた人や高齢者などがかかりやすい日和見感染症として知られる。筆者の友人は飼いネコに咬まれ、緑膿菌により足がひどく腫れ上がった。感染症は抗生物質投与で治療が行われることが多いが、緑膿菌は抗生物質に耐性が強く治療はなかなか難しいようだ。
ところで、イヌに咬まれるという直接伝播の感染症として有名なのは狂犬病だろう。狂犬病という名前がついているが、媒介するのはネコ、アライグマ、キツネ、コウモリなどイヌに限らない。
厚生労働省の「狂犬病に関するQ&A」によれば、狂犬病ウイルスを持ったイヌなどに咬まれた後、発症する前にワクチンを接種することが重要だ。しかし、症状が出た後では治療法はなく、重症化すればほぼ100%死んでしまう。ただ、海外でイヌに咬まれて帰国後に発症した例などを除き、日本国内での狂犬病の発生は1957年前後を最後に報告はない。
このほか、イヌやネコなどからの人獣共通感染症には「カプノサイトファーガ・カニモルサス(Capnocytophaga canimorsus)感染症」がある。厚生労働省のHP「カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症に関するQ&A」によれば、イヌやネコなどに咬まれたり引っ掻かれたりした傷から感染する(ヒトからヒトへの感染の報告はない)。
この感染症の症状としては、発熱、倦怠感、腹痛、吐き気、頭痛などが出るが、重症になると敗血症や髄膜炎を起こし、その結果、播種性血管内凝固症候群(DIC)や敗血性ショック、多臓器不全に進行して死亡することもある。重症化した場合、敗血症になった患者の約30%が、髄膜炎になった患者の約5%が死亡するとされているようだ。日本では2002年から2009年までの間に14人の重症例があり、そのうち6人が亡くなっている。
また「パスツレラ(Pasteurellosis)感染症」も最近よく耳にする。これはパスツレラ・ムルトシダ(Pasteurella multocida)という細菌による人獣共通感染症で、ネコの口の中には100%、イヌの口の中には約75%、この細菌が存在する。皮膚の咬み傷や引っ掻き傷が化膿し、呼吸器系の病気になることもよくある。化膿した傷が長引くと、骨髄炎、外耳炎、敗血症、髄膜炎などに重症化することもあり死亡する場合もあるようだ(※1)。
日本の犬に咬まれる事故は保健所に報告されたものだけでも年間約6000件あるが、報告されないケースを含めればもっと多いのではないかと考えられている。いずれにせよ、イヌやネコなどに咬まれたり引っ掻かれたりした後、その傷が化膿したり発熱や吐き気などの症状が出たら、できるだけ早めに医療機関を受診し、治療を受けることが重要だ。
家畜から病気への耐性をもらった人類
ところで、我々ヒトが家畜にした生物で最も古いとされているのはイヌだ。その次にヒツジ、ヤギ、ブタなどが家畜化され、次いでウシ、ウマ、ネコといった順で家畜になっていったと考えられている。
米国の進化生物学者、ジャレド・ダイアモンドはその著書『銃・病原菌・鉄』の中で、ヒトが家畜を飼い始めてから人獣共通感染症に対する耐性の多くがついた、と述べている。また、そうした耐性は主に家畜化しやすい生物が多かった旧大陸で起きたので、あまり耐性の種類が多くなかった新大陸の先住民が、旧大陸から持ち込まれた病原菌に冒されて人口を大きく減らした、とも主張している。
つまり、家畜と生活することにより、我々の(旧世界の)祖先は病気に強くなった。これを逆に考えれば、我々は常に新たな人獣共通感染症の脅威にさらされ続け、初期の頃のそれは主に家畜からのものだった、ということになる。例えば『旧約聖書』のモーゼ五書の一つ「申命記」の中にはブタ由来の病原菌に対する警告が書かれ、最も古い家畜であるイヌについてもAD100年にギリシャの哲学者セルサス(Celsus)が狂犬病について原因を究明すべきと述べている(※2)。
ヒトの病気の中で家畜由来と考えられているものは、ジフテリア、インフルエンザA型、麻疹、流行性耳下腺炎(おたふく風邪)、百日咳、ロタウイルス感染症、天然痘、結核だ。また、家畜は野生生物からの病原体をヒトへ導いてくる役割も果たしていたかもしれない。家畜以外では、類人猿からB型肝炎、ネズミなどの齧歯類からペストと発疹チフスがヒトの病気になった(※3)。
近年になり、世界的に人獣共通感染症や他生物由来の寄生虫が広まったり、撲滅されたと考えられていたものが再発したりしている。気候温暖化も大きな要因とみられているが、それ以外にも生息環境の変化、貯水池や灌漑などの増減、殺虫剤や薬剤耐性、グローバリゼーションによるヒトや生物の移動の拡大、戦争や紛争、そして政府行政の保健衛生、疫学的管理の失敗といった多種多様な原因がある。
イヌは散歩が大好きだ。ネコはマンションなどで完全室内飼いが可能かもしれないが、イヌはよほど広い家でなければ散歩などで外へ出さないわけにはいかない。イヌが草むらに入り込み、感染症のウイルスなどを持っているマダニに咬まれたり持ち帰ったりし、そのマダニによって飼い主が感染する、ということも考えられる。イヌに咬まれないようにすることも含め、要注意だ。
※1:Kenneth J. Ryan, C. George Ray, "Sherris MEDICAL MICROBIOLOGY." The McGraw-Hill Companies, 2004
※2:C A. Hart, A J. Trees, B I. Duerden, "Zoonoses", Journal of Medical Microbiology, Vol.46, 4-33, 1997
※3:Nathan D. Wolfe, Claire Panosian Dunavan, Jared Diamond, "Origins of Major Human Infectious Diseases." Improving Food Safty Through a One Health Approach: Workshop Summary, 2012