世界を変える5つの物流サービス
買い物難民とネットスーパー
このところ買い物難民、あるいは買い物弱者なる言葉がある。これは、さまざまな定義があり、単に「身近な場所にスーパーなどの小売店がなく、かつ、買い物に遠出できない高齢者」と考えてもいい。ここでは、65歳以上の、かつ自家用車等をもたないひとたちとすると、その数は380万人にいたる。それが10年後には600万人に上昇していく。
このところネットスーパーに参入する企業が多い。かつてライフコーポレーションは試験的に参入し、今年から本腰を入れる。都内の限定地域とはいえ、楽天は「楽びん!」なるサービスをはじめ450商品を最短20分で届ける。アマゾンも、楽天と同様に地域を限りまずは首都圏だけとはいえ、生鮮食料品を除く5000品目を揃えリアル店舗スーパー並の価格で提供する。
セブン&アイホールディングスは、11月から「オムニ7」を開始する。180万点の商品を届けるサービスだ。これは同社がオムニチャネル化戦略の先駆けとして開始するものだ。オムニチャネルとは、セブン&アイホールディングスが他社に先駆けて推進してきたもので、いわばネットとリアルの垣根をなくしていく施策だ。消費者にネットであれ、リアル店舗であれ意識せずに商品を購入できるようにする。ネットで注文してリアル店舗で受け取ってもいい。リアル店舗で買おうとして、やはりネット店舗から配送してもらってもいい。消費者主体で考え、最適な消費活動を促す。
それらネットスーパーは共働き家庭などに買い物の機会を与え、さらに前述のとおり、買い物弱者を救済する役割も担っている。現在ではネットスーパーは1200億円ていどの規模ではあるものの、これから拡大していくだろう。
企業というものの付加価値は、「作る」から「運ぶ」へとパラダイムシフトしたかのようだ。これまで、モノを右から左に流すだけで、コストの意味しかなかった物流が、たとえばアマゾンら先進企業の登場によって、おおげさにいえば地位が上がった。物流の先進事例としては、ネットスーパーだけではない。ここでは、物流の先進事例として、世界を変える5つのサービスを紹介したい。
1.注文していないのに運ぶ「anticipatory package shipping」
米国アマゾンの「anticipatory package shipping」=「予測発送」なる計画が明らかになった。この「予測発送」は、まるでSF映画そのものだった。これはアマゾンが有する受注履歴をもとに、注文を受ける前からお客に発送するものだ。
たとえば、あなたが定期的に食品を注文しているとしよう。あるいは、医薬品、日用品でもいい。きっと、自分自身では意識していないものの、その注文周期は、一定だろう。アマゾンからすると、継続した受注がほぼ「確実」だ。そこで、アマゾンはそのビッグデータをもとにして、近くの配達所まで送ってしまう。あなたが実際に注文しなかったとしても、同一地域で誰かが注文すれば、そこに融通できる。
巨大なデータをもっているアマゾンは、このような芸当が可能だ。さらに、アマゾンでは「ほしい物リスト」=「wish list」で消費者がほしいものをデータ収集しており、これらのデータも活用されるようだ。
2.あなたのクルマのトランクを空けて荷物を届ける「deliver packages to the trunk of your car」
アマゾンは、注文者のトランクに荷物を届けるサービスをDHLとアウディと連携し模索している。
まずは地域限定で、アウディを保有していてドイツのミュンヘンに住んでいるひとたちが試行できる。DHLには、お客のトランクを開け、荷物を置くための、ワンタイムパスワードが付与される。現在、アマゾンは同国ではスーパーマーケットやコンビニエンスストアその他に荷物を取り置きできる。アマゾンは、アウディと協力することで、新たな”ポスト”を手に入れたようだ。
アウディにとっては、優良顧客にたいして付加価値サービスを提供できる。アマゾンはこの試行の結果を待つものの、基本的にはその他のアマゾンプライム会員にたいしても同サービスを展開していきたい旨の抱負を述べている。
なお、これはアマゾンだけのサービスではない。2012年にはcardrops.comが同種のサービスを公開していた。また今年に入っても、ボルボが同種の取り組みを開始している。きっとこのサービスが拡大していくためには、消費者にとってセキュリティ上の懸念が払拭されることが重要だと思われる。ただ少なくとも、ボルボの例では、試験者の92%が、自宅で受け取るよりも便利だったと答えた。
3.進む爆速配送
意外と知られていないが、当日配送や翌日配送がこれほど広がっているのは先進国のなかでも日本だ。それは国土の小ささもあるものの、配送業各社が優秀すぎることが大きい。しかし、米国などでも爆速配送が広がってきている。
アマゾンはドローンで注文からすぐさま届けると発表した。くわえて、アマゾンは「one-hour alcohol delivery」をテストしている。これは文字どおり、酒の1時間配送だ。これは、アマゾンが、ビールやワインスピリッツなどを、1時間で配送するというものだ。1週間や、1日ではない。1時間だ。
潜在的なプライム会員は、このサービスを期にプライム会員となるケースも珍しくないだろう。品種と、そして地域を限定しているとはいえ、この超速度は日本のネットスーパー並だ。
アマゾンは「you can skip a trip to the store」=「店に行くことなんか、スキップしてしまえる」という表現を使った。これはきわめて面白い表現だ、と私は思う。リアル店舗には、実際のモノと触れ合える喜びが、たしかにある。それになにより、ネットで注文するくらいなら、さっさと店にいったほうが早い--、はずだった。しかし、たとえば、なんでも1時間でくるとなれば、これはパラダイムシフトが起きるだろう。
もちろん、そんなに速く(早く)商品が必要か?という声もあるだろうが、これからも爆速配送を各社ともしのぎを削っていくだろう。
4.サムスン「SAFETY TRUCK」構想
この動画を見てもらいたい。
これは、サムスンがアップロードした、トラックのビデオだ。
このサムスンのアプローチは非常に独創的で、トラックの周囲を走るドライバーたちを「SAFETY」にするものだ。
具体的には、なんとトラックの後方に、デカデカとディスプレイを表示させるものだ。そして、トラックの前方にはワイヤレスカメラを設置。トラックから見える前方動画を、リアルタイムで後方に流す仕組みだ。
トラックの背後には4枚のディスプレイで構成されている。ご丁寧にも、夜間モードも設定されており、トラックの背後にいるドライバーは夜間であっても前方を確認できる。トラックを追い越そうとして、対向車との衝突を避けられる。また、死亡事故ではなくとも、動物との衝突も回避できると考えられている。
自社のディスプレイ技術を使って、それをロジスティクスで使用するという新発想。同ビデオでは、道路上の事故では追い越し時の衝突がきわめて多いことから導入を決定したと紹介している。
どうも撮影自体は、アルゼンチンで行われたようだ。アルゼンチンでは実際に世界水準よりも、追い越し時の事故が高い頻度にあるといわれている。サムスンはアルゼンチンの業者と提携して、まずはテストとしてバックディスプレイトラックを走らせた。いわゆる電機メーカーは、自社の技術をひとびとの生活向上へと役立てることを願う。ただ、サムスンのこれは、より大きな目標として、ひとびとの命を救うために開発した。安全運転の実現にむけて、当件のみならず、技術の革新を急いでいる。
5.一般人が荷物を運ぶ「Amazon Flex」
そして最後に。先月、米国アマゾンがきわめて面白い取り組みを発表した。「Amazon Flex」だ。
この「Amazon Flex」はシンプルな受付画面から確認できる。一言でいえば、一般人を活用した配送サービスで、応募すると審査ののち、アマゾン商品ドライバーとして仕事ができる。
アンドロイドフォンをもち21歳以上、かつ自動車を有しているひとであれば、その対象となる。アマゾンによれば、現在シアトルで利用可能のサービスだ。その後、「マンハッタン、ボルチモア、マイアミ、ダラス、オースティン、シカゴ、インディアナポリス、アトランタ、ポートランド」にも展開していくという。さらに、時給はかなり高く18~25ドルだし、勤務時間も2時間から選択できる。
これはかつてアマゾンが「On My Way」プログラムとして発表していたサービスの延長線であり、またPostmatesやウーバーなどの先行サービスもあるため革新的なものではない。ただ、巨人アマゾンが開始したこともあり注目を集めている。
さらに文脈としては、個人がスキマ時間を使って稼ぐ「ギグエコノミー」の一環として読み解く向きもある。ギグエコノミーの「ギグ」とは、アーティストのライブを指していう。アーティストは毎晩ギグを行うわけではない。ただギグで稼いで、他の時間は創作をしたり、他の活動をしたりする。ギグエコノミーとは、個人が一つの企業や組織に属せずに、その都度で仕事を選択し働き生きる経済システムのことだ。
Amazon Flexは、一般人が生活費を稼ぐ手段のひとつとして考えうる。いわば簡易的に外注として企業からの業務を請負い、それで食っていこうというものだ。実際にウーバーなどが行う外注プログラムで年間6、7万ドルほど稼ぐひとも出てきている。これなら生活にはじゅうぶんというわけだ。
もちろん容易に想定できる問題点もある。セキュリティの問題や、その配送途中の補償問題だ。ただし、これはアマゾンのお手並み拝見だろう。
物流は世界を変えるのか
日本では物流業界における人材不足や労働環境の問題などが噴出している。だから手放しには喜べない側面は大きい。さきほど5つの物流施策を紹介したものの、これらが日本にも広がるかはわからない。
ただし、物流が付加価値を生む時代になった。その時代とは、物流に注目すべき時代であるのもおそらく真実だろう。