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中国版「グレタさん」は大丈夫か――情報が更新されなくなった“ひとり環境デモの少女”

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
中国・上海で環境保護を訴える欧泓奕さん=本人のインスタグラムより

 中国で環境保護を訴え、時にはたったひとりで抗議行動をしていた中国人女性、欧泓奕(Ou Hongyi)さん(18)に関する情報が更新されなくなっている。スウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥンベリさんの「中国版」とたとえられた欧泓奕さんだが、最近は国内外メディアだけでなく、ツイッターや中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」などの消息が途絶えている。

◇上海で無言デモ、拘束

 米紙ニューヨーク・タイムズや香港の有力英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)などの情報を総合すると、欧泓奕さんは2018年12月、16歳の誕生日にドキュメンタリー映画「不都合な真実」を見た。ノーベル平和賞受賞者のゴア元米副大統領が世界各地で展開した環境問題への取り組みを記録した映画で、これを見て、環境問題に目覚めたという。

 同じころ、スウェーデンではグレタさんが授業を3週間ボイコットして、議会の外で抗議行動を展開したことが話題になった。これに刺激され、欧泓奕さんも活動を始めた。

 翌年春、高校の授業を1週間休んで、故郷・桂林(広西チワン族自治区)市政府の庁舎で6日間、手製のプラカードを持って立ち続けた。そこには気候変動対策を求める内容が記され、その様子がSNSを通じて中国内外に発信された。また、学校生活では食堂でのプラスチック製食器の禁止などを求め続けてきた。

 学校側はこうした行動を問題視し、抗議行動を中止するよう申し入れた。だが、欧泓奕さんはこれを受け入れず、学校側は登校を拒否するようになった。

 同年9月には上海の繁華街・南京路で、仲間3人とともに約3時間、抗議デモを実施した。だが、この際、地元警察に約2時間拘束され、自己批判を求められたあと、釈放されたという。

 このころ、大都市を何百kmも移動しながら約3カ月を過ごした。所持金は少なく、交通費を確保するため、公園のベンチで寝泊まりしたこともあった。グレタさんも欧泓奕さんの活動を知り、ツイッターで感謝の気持ちと連帯感を表明していた。

 その後、欧泓奕さんはスイスに飛び、今年3月にはセメント世界大手ホルシムによる二酸化炭素排出への抗議行動に参加した。この時にも地元の警察に拘束され、裁判所から禁固60日、罰金1200スイスフラン(約14万4800円)を言い渡された。これに抗議して、欧泓奕さんは4月と5月にハンガーストライキを断行。この様子が地元のテレビ局で紹介され、「中国のグレタさん」と呼ばれるようになった。

 ただ、このスイスでの行動を伝えるツイートを最後に、ツイッターやインスタグラムでの情報は更新されなくなっている。中国のインターネットや微博の情報も新しいものはない。

◇「まるで私がテロリスト」

 欧泓奕さんは中国での抗議行動で、警察当局と数回、衝突している。その都度「自分の活動は当局には歓迎されていない」と実感しているという。

 両親はともに大学講師であり、欧泓奕さんの各都市をめぐる旅行計画を知り、反対したという。「中国でこんな過激な行動をとると、刑務所に入ることになる」。両親はこう説得した。だが、欧泓奕さんは「中国がこのまま何もしないでいるのは嫌だ。中国の若者は、この歴史的責任を引き受けなければならない」と振り切ったという。

 中国での抗議行動は天安門事件(1989年6月)を想起させるため、当局は敏感に反応する。欧泓奕さんもこの事情は踏まえており、抗議行動の際には「中国共産党」に関する言及を避け、一般論での訴えに徹したという。

 中国には当局公認の環境団体がある。ただ、欧泓奕さんの活動を歓迎していないようだ。

 非政府組織「中国青年気候変動行動ネットワーク」(CYCAN、本部・北京)は「中国の若者が世界の持続可能な開発を達成するための新たな原動力となることを支援する」を目的としているが、欧泓奕さんがCYCAN主催の会議への参加を求めても「警察当局に尋問された経験がある」ことを理由に拒否した。「まるで私がテロリストであるかのようだ」。欧泓奕さんはこう感じたという。

 中国は世界最大の二酸化炭素(CO2)排出国で、世界全体の排出量の28%を占める。1980年代以後、急速な経済発展を遂げる一方で環境政策は置き去りにされ、大気汚染や土壌汚染、気候変動に伴う激しい洪水など、その影響が近年、顕在化している。

 習近平(Xi Jinping)国家主席は昨年9月の国連総会の一般討論で、CO2排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までにCO2排出量と除去量を差し引きゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すと表明している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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