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「起こるべくして起きた」紅麹サプリ問題 機能性表示食品制度めぐり消費者庁と最高裁で戦う専門家に聞く

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
消費者庁から届いた「海苔弁」状態の報告書のコピー(佐野真理子氏提供)

紅麹サプリによる健康被害が相次ぎ、にわかに脚光を浴びている「機能性表示食品」。これまでのところ紅麹の毒性や小林製薬の対応に関する報道が目立つが、消費者庁や機能性表示食品制度そのものに問題はないのか。長年、消費者問題に取り組み、内閣府消費者委員会委員などを歴任してきた佐野真理子氏(食の安全・監視市民委員会共同代表)に聞いた。佐野氏は機能性表示食品制度をめぐって消費者庁相手に裁判を続けており、昨年11月、最高裁に上告している。

突貫工事でできた制度

――今回の紅麹サプリ問題を見ての率直な感想は

「ついに出てしまったな、起こるべくして起きたな、という印象です。機能性表示食品制度をその成り立ちから消費者の立場でずっと見続けてきた身としては特に驚きはありません」

――どういうことでしょうか

「機能性表示食品制度は立ち上げのときから様々な問題をはらんでいました。そもそもこの制度は、当時の安倍晋三首相がかかげた経済成長戦略の一環として急遽、導入が決まったようなもので、安全性をいかに担保するかなど目に見える議論はほとんど行われませんでした。まさに突貫工事でできた制度です」

「制度のベースとなっているのも、何か起きたときに強制力のある法律ではなくガイドラインです。そのガイドラインの中身が公表されたのは、制度がスタートする2015年4月1日のわずか2日前の3月30日。事業者からも山のような質問が寄せられましたが、それらをほとんど消化することなく、いわば見切り発車で運用が始まったのです」

「私は、国がこの制度の創設を検討している当時、主婦連合会の事務局長という立場でしたが、主婦連も含めて多くの消費者団体がこの制度は問題があるとして導入に反対していました。消費者庁が2016年に、機能性表示食品の対象に新たな成分の追加を決めた際には、主婦連も参加している『食品表示を考える市民ネットワーク』が、『いっそう大きな安全性への懸念を招く』として決定に反対しました。今振り返れば、やはり今回の事件は予想されていたことだと思います」

情報開示請求したら海苔弁状態だった

――その機能性表示食品制度をめぐり、2018年に消費者庁を相手に個人として裁判を起こしています。理由は何だったのですか

「消費者庁は2016年、機能性表示食品制度のフォローアップをするための検討会の場で『機能性表示食品に係る機能性関与成分に関する検証事業報告書』の概要を報告しました」

「概要には、機能性表示食品の中には、機能性関与成分の分析方法の情報不足で成分の定性・定量確認ができない、機能性関与成分が表示値に比べて過小、あるいは過剰なものがある、同一製品なのにロット間で成分量のばらつきが大きいといったことが書かれていました。ところが概要には、消費者が一番知りたい情報である、それらの問題点を持った商品の名前や事業者名が書かれていませんでした。消費者は問題商品を知らずに食べていることになります。それはさすがにおかしいと思いました」

「そこで、消費者庁に報告書の情報開示請求をしたところ、消費者庁から報告書のコピーが届きました。ところが、全面『海苔弁』状態(冒頭写真)。他にも様々な手を尽くしましたが、報告書の本体は開示されませんでした。やむを得ず、2018年2月、東京地裁に情報公開請求訴訟を起こしました」

消費者に丸投げでは制度の存在意味がない

――消費者庁のサイトに行くと、各企業が販売している機能性表示食品に関する情報はすべて公開されているように見えます。検証事業報告書の公開になぜこだわるのでしょうか

「紅麹サプリ問題が起きて以降メディアも報じていますが、機能性表示食品は、その効果や安全性の根拠となる文献を企業側が用意し消費者庁に提出します。しかし、その文献というのは、数多くの文献の中から企業が自分たちに都合のよい文献を勝手に選んで提出したもの。その文献の中身が本当に信用できるのか、ひいてはその商品が本当に信用できるのかは、素人の消費者には公開情報を見ただけでは判断できません」

「検証事業では、企業が提出した文献の中身を専門家が検証するので、科学的根拠が不十分だとか、有効性の根拠があいまいだとかわかります。だからこそ、検証事業報告書の本体を公開するよう求めているのです」

「それなのに、あろうことか、新井ゆたか消費者庁長官は昨年12月の会見で、機能性表示食品を購入する場合は、消費者庁のウェブサイトにアクセスして、何が表示として届出されているかということをしっかりとチェックしてから購入するようお願いしますというようなことを述べました。消費者にすべての責任を押し付けているように聞こえます。これでは何のための制度かわかりません。制度はすでに破綻していると言わざるを得ません」

運用は徐々に改善

――裁判はどんな展開をたどってきたのか簡単に教えてください

「一審で消費者庁側は、不開示の理由として、開示すると企業が不利益を被り、企業の信用低下につながる、消費者庁側の手の内を企業に明かすことになり、企業を監視しにくくなることなどを挙げました。結局、一審では一部の情報に関しては開示が認められましたが、開示の範囲がまったく不十分だったため、控訴しました。控訴審でもさらに一部の情報の開示が認められましたが、やはり一番重要な検証結果・考察に関する情報は開示が認められなかったので、最高裁への上告を決めました」

「裁判を起こした効果かどうかはわかりませんが、消費者庁も機能性表示食品制度の運用を徐々に変えてきています。ガイドラインも徐々に改善されてきています。例えば、以前は、分析方法は企業秘密だとして届け出情報の対象外でしたが、今は対象に含まれています」

「昨年6月30日、消費者庁は、販売している機能性表示食品が科学的根拠に乏しい機能性を表示したとして、サプリの通販業者に景品表示法違反で再発防止を求める措置命令を出したと発表しました。機能性表示食品の科学的根拠が不十分として消費者庁が企業を処分したのはこれが初めてでした。この事件に関しても、いずれこうしたことは起きるだろうなと予想していましたが、消費者庁が行動を起こしたことは少し驚きでした」

「しかしそれでも、機能性表示食品制度は多くの不備があり、様々な問題をはらんだままと言わざるを得ません。廃止して、安全性が担保できる制度を新たに一から作り直すべきだと考えています。消費者庁の職員も、同庁は消費者の安全や権利を守るために設立された役所であるということを今一度、肝に銘じて仕事をしてほしいと思います」

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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