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「ガザの復讐」は始まったのか?:「イランの民兵」がイラク、シリア、イエメンで米国を攻撃

青山弘之東京外国語大学 教授
炎上するシリア国内のガスパイプライン(SANA、2023年10月19日)

10月7日にパレスチナのハマースがイスラエルに対する「アクサーの大洪水」作戦を開始してから2週間が経った。

アラブ諸国では連日、イスラエル軍によるガザ地区への激しい爆撃を非難し、パレスチナ人、そして彼らの抵抗運動への支持と連帯を訴えるデモが各所で続けられている。そして、イスラエルに対する怒りが、「ガザの復讐」とでも言うべき動きを後押ししようとしている。

レバノン、シリアでの前哨戦

「アクサーの大洪水」作戦が開始されて以降、レバノンとイスラエルの境界地帯では、ヒズブッラーが主導する対イスラエル闘争の武装連合体であるレバノン・イスラーム抵抗と、イスラエル軍が連日、ミサイル攻撃や砲撃の応酬を繰り返している。

シリアとイスラエルの境界地帯、すなわちイスラエルが占領するゴラン高原とそれに隣接するシリア政府支配地でも、ヒズブッラーとともに活動する諸派(具体的な組織は不明)とイスラエル軍とが10月10日と14日に砲撃戦を行った。また、シリア側からの砲撃への報復だとして、イスラエル軍は10月12日にダマスカス国際空港とアレッポ国際空港を、14日にアレッポ国際空港をミサイルで爆撃、両空港を一時利用不能に追い込んだ。これ以外にも、10月10日と17日には、イラク国境に面するダイル・ザウル県ユーフラテス川西岸のブーカマール市一帯に展開する「イランの民兵」の陣地や車輌が無人航空機(ドローン)の爆撃を受けている。爆撃を行った戦闘機の所属は不明だが、これまでに同地に対して有人・無人爆撃機によって爆撃を行ったことがあるのは、イスラエルと米主導の有志連合以外にはない。

「イランの民兵」は抵抗枢軸

「イランの民兵」、あるいは「シーア派民兵」とは、紛争下のシリアで、シリア軍やロシア軍と共闘する民兵の蔑称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。シリア政府側は、シリア内戦の文脈においてこれらの組織を「同盟部隊」と呼ぶが、それらは対イスラエル抵抗闘争の文脈において「抵抗枢軸」と呼ばれる、シリア、ヒズブッラー、そしてイランを中心とする陣営の一翼を担っていると見ることができる。

レバノンとシリアを舞台とした一連の小競り合いにおいて、イスラエルは、シリアを経由したイランからヒズブッラーへの支援を妨害・阻止、抵抗枢軸の干渉を回避しようとしている。一方の抵抗枢軸側は、南部のハマースと北部の「抵抗枢軸」による挟撃の脅威をイスラエルに突き付けるという心理戦を挑み、その攻撃の勢いを削ごうとしている。

こうしたなか、「抵抗枢軸」が狙ったのが、イスラエルではなく、これを支持・支援する米国だった。

米軍基地が狙われるイラク

最初の攻撃が行われたのはイラク領内だった。

イラクのシャファク・ニュースなどによると、10月18日深夜から19日未明に、米軍が駐留を続けるアンバール県のアイン・アサド基地とアルビール県のハリール基地がドローンやロケット弾による攻撃を受けたのである。同ニュース・サイトによると、アイン・アサド基地は19日午後にもグラード・ロケット弾複数発による攻撃を受けた。

これに関して、米中央軍(CENTCOM)は18日午後11時頃に声明第20231018-01号を出し、米軍がイラク領内の米軍および有志連合に接近したドローン3機に応戦したと発表した。声明によると、イラク西部で、米軍がドローン2機と交戦し、1機を破壊、1機に損害を与える一方、イラク北部でドローン1機を破壊した。その際、イラク西部で有志連合側に若干の負傷者が出た。

一方、イラク・イスラーム抵抗は10月19日、この二つの攻撃のうちアイン・アサド基地に関して、多数のロケット弾を撃ち込んだとして関与を認めた。

Lebanon Debate、2023年10月19日
Lebanon Debate、2023年10月19日

イラク・イスラーム抵抗

イラク・イスラーム抵抗は、イラクのシーア派民兵からなる人民動員隊を構成するヒズブッラー大隊、バドル機構、アサーイブ・アフル・ハック、ヌジャバー運動、ジハード連隊、殉教者の主大隊、アンサール・アッラー、フラーサーニー連隊、イラク自由人旅団、などからなる。

Shafaq News、2023年10月19日
Shafaq News、2023年10月19日

シリアでも狙われた米軍

次に米軍が狙われたのはシリアだった。

シリア国営のSANAなどによると、アイン・アサド、ハリール両基地が攻撃を受けた数時間後、米軍が違法に駐留するタンフ国境通行所の基地がドローンの爆撃を受けた。

これの攻撃についても、イラク・イスラーム抵抗が声明を出し、ドローン3機で爆撃を実施、直接の損害を与えたと発表した。

Shafaq News、2023年10月19日
Shafaq News、2023年10月19日

さらにその数時間後、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体北・東シリア自治局の支配下にあるダイル・ザウル県ユーフラテス川東岸のアブー・ハシャブ村近郊の砂漠地帯で、ウマル油田とCONOCOガス工場を結ぶパイプラインが攻撃を受け、大きな爆発が発生したと伝えた。

パイプラインは、米国および有志連合と、北・東シリア自治局の武装部隊で、米国の全面支援を受けるシリア民主軍がシリア産のガスを盗奪するために使用しているもので、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、爆発は仕掛けられていた爆発物によるものだった。

爆発を受けて、米軍とシリア民主軍はアブー・ハシャブ村近郊の砂漠地帯で厳戒態勢を敷き、上空にはヘリコプターやドローンが頻繁に旋回し、警戒にあたった。

シリア国内での攻撃はこれにとどまらなかった。パイプライン爆破と前後して、米軍が「グリーン・ヴィレッジ」基地を設置し、違法駐留を続けるウマル油田もロケット弾による攻撃を受けた。シリア人権監視団によると、砲撃を行ったのは「イランの民兵」でロケット弾5発が撃ち込まれた。

「イランの民兵」による攻撃は多くの場合、シリア政府の支配下にあるユーフラテス川西岸から行われる。だが、今回の砲撃は北・東シリア自治局の支配下にあり、米軍が各所に展開している東岸から発射された。

このほか、CONOCOガス田に違法に設置されている米軍の基地もドローンによる爆撃を受けたという。

イエメンのフーシー派も攻撃

攻撃はイエメンでも行われた。

CNNは2人の米当局者の話として、イエメン海外近くで米海軍の軍艦が複数の飛翔体を迎撃したと伝えた。

当局者らによると、飛翔体はアンサール・アッラー(フーシー派)が発射したミサイルで、これに対して米軍はミサイル複数発を発射し迎撃したという。

これに関して、国防総省のパット・ライダー報道官(准将)は、米海軍駆逐艦カーニーが、フーシー派が発射した地上攻撃用ミサイル3発とドローンを撃破したことを認めた。

CNN、2023年10月19日
CNN、2023年10月19日

米国が見せた「戸惑い」

世界最大の軍事力を誇り、中東各地に部隊を展開させている米国を狙うことは愚行にも見える。だが、「抵抗枢軸」が米国を標的に選んだのは、米国のイスラエル支持・支援に「戸惑い」とも言える隙を見出したからだとも言える。

米国は、英国、フランス、ドイツ、イタリアとともに、「アクサーの大洪水」作戦が開始された3日後の10月10日に共同声明を出して、イスラエルを全面支持・支援した。だが、ガザ地区に対するイスラエル軍の過剰とも言える爆撃と、予想される地上作戦を前に、民間人の犠牲や民生施設の被害の回避、人道支援物資の輸送、人道回廊設置など、イスラエルにしてみれば「弱腰」ともとれる姿勢を示すようになった。

マサダ・コンプレックスによって突き動かされているかのようなイスラエルのヒステリックな軍事行動に対して、「抵抗枢軸」が正面切って反抗すれば、イスラエルをさらに逆上させ、現在ガザ地区が被っているような甚大な損害や犠牲を出す危険は避けられない。これに対して「戸惑い」を見せた米国は実は「ソフトターゲット」なのである。

「抵抗枢軸」による攻撃に対して、米国が限定的な報復あるいは中途半端な対応しかとれないとすれば、それはイスラエルが米国から受けられる支援が、ロシアの侵攻に直面したウクライナと同じように限定的であることを意味し、そのことは「抵抗枢軸」を増長させることにつながるだろう。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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