一方的に見られる原発産業への懸念 伝わらぬ原発作業員の姿
廃炉に向けた作業が日々行われている福島第一原発。一時期に比べ報道は減ったとはいえ、現場の様子を伝える報道も各メディアで目にします。
その様な中、2015年6月27日、下記の現代ビジネスの記事は大きな反響を生んでいます。
現代ビジネス「経済の死角」
この記事は、元作業員の方と元東京電力社員の方の証言から成り立たっているものです。証言した方の立場、証言を受け取った方からすると、これもまたひとつの見方・真実なのかもしれません。
ですが、実際に東京電力社員として事故前後の現場に立ち会い、直向きな作業員の方々の姿を見てきた自分としては、ある意味一方的な見方、情報の伝え方なのではないかと疑問に感じる部分があります。
私は1999年~2012年まで、東京電力社員として福島第一、第二原発で、原発作業員と現在呼ばれる、多くの協力企業の方々と保守管理業務を行ってきました。以下、自身の経験を元に、福島第一・第二原発の様子をお伝えしたいと思います。
1.潜水士について
潜水士がいる話は事実です。当時外国企業の方々が定期検査と呼ばれる検査時期に、何度かお見かけした事があります。水中での保守作業の為、来られていました。外国の技術者が定期検査時に訪れている事は皆知っていた事でした。毎年来られていた方の中で、当時20代の方は、日本語も流暢にお話しされていて、滞在期間中、一緒にサーフィンをした事もあります。そういった仕事と趣味の交流もあり、毎年技術派遣として来られるのを楽しみにしていました。
「高線量作業は外国企業にやらせている」そういった噂は私も聞いた事があります。私が在職時に、協力企業の方にお伺いしたのは「1年を通して原子力産業で仕事をする国内原発関連企業は、その作業を請け負うことで計画線量をオーバーしてしまう事があるので、請け負うことが出来ない」ということでした。
原発労働者への取材を行っているジャーナリストの布施祐仁さんにお話しをお伺いしました。
布施祐仁さん次のように話します。
「私も複数の作業員の方から『潜水作業は高線量で日本人にはできないので外国人労働者がやっている』という話を聞き、東電の本店に取材したことがあります。本店の説明では、圧力抑制プールの中のゴミをとるストレーナーという機器の目視点検を、実績のあるアメリカの業者に発注しているとのことでした。ただ、最近は日本でも訓練を受けた人が増えているので日本の業者を使うこともあるそうです。1回の作業の計画線量(被曝上限)は2ミリシーベルトで、実際の被曝は最大でも0.5ミリシーベルトを超えることはなかったと説明していました。それでも、やはり高いとは思いますが・・・。ただ、外国人にも当然日本の法令は適用されるので、明らかに50ミリシーベルト(法令上の1年間の被曝上限)を超えるような作業をやらせるということは、ちょっと考えにくいと思います」
潜水士についてそこに違法性はありません。ですが、放射線被ばくが原子力産業を支えているという部分があり、「高線量作業を誰かがやらなくては成り立たない」ということに、大きな課題があると私は思います。
2.工事管理について
私は工事の設計、現場管理をしていた人間です。安全対策について一方的に要求し責任を押し付けるものではなく、一緒に構築するために対話が基本にありました。
工事が始まる前、必ず、東京電力と元請企業が開催する「事前検討会」の場を開いてきました。普段からコミュニケーションを取り合う企業が集まり、工事に関わる危険作業について話し合いを行っていました。若輩の私はその場で「この仕様では安全に作業出来ない、仕様の変更をしてください」と、ご指摘を受けることも多く、その都度、現場安全管理について作業員の方々が高い意識があり、誇りを持って働いてくださっていると感じていました。工事を安全に行うためには、発注者と受注者という関係ではなく、対等な厳しい仲間意識で行っていました。いつもはフレンドリーな作業員の方々が、そういった場では厳しくあたってくださった事に今でも素晴らしい方々と仕事をさせて頂いたと思っています。協議した内容は記録を取り、それらを手順書や要領書に反映していました。
閉所作業、重量物作業、高所作業、危険物扱い作業、火気作業等といった、いわゆる「危険作業」と呼ばれる物が工事で発生します。いずれにも法令に順守した安全管理が求められます。その中で特に「火気作業」については、厳しく管理していました。理由は万が一火災が起きた場合、原子力安全に大きな影響を与えることは勿論のこと、公衆一般の方々への影響も大きいからです。
火気作業に対する対策について下記の通りです。
「可燃物の除去」燃えるものは作業場に置かない、除く処置を取ります。原子力設備内には操作室といった場所を除けば作業場にありません。点検作業の為使われる養生シート、作業チェックシートといった物が該当します。
「不燃物による養生」不燃シート、鉄板などで、作業箇所の大小関わらず徹底的に覆います。覆い方にもルールがありガイドブックに沿って行われます。当時の現場監督、作業員の方々は養生の隙間、数ミリに対しても光を当て確認をされていました。
「静電気による発火の可能性の排除」火気作業でなくても、火気扱いになる物があります。それは有機溶剤を使用する作業です。その際には、帯電防止対策を徹底します。帯電防止手袋、帯電マット、接地措置、といったものです。広い部屋で帯電装備をした方が小さな帯電マットに座り作業している風景がありました。有機溶剤は鍵着きの箱で管理することになっています。
「火気作業であることの表示」火気作業を行っていることは、火気マップで全企業に周知されます。作業場には表示灯と作業表示札が掛けられます。
「立ち合いと記録管理」火気作業を行うにあたり適切な処置がとられているか、元請企業の現場監督の立ち合い後、東京電力社員による2重の立ち合いがあります。そしてそれらは記録管理されます。
火気作業に対する処置は、やることも多く、半日もしくは一日がかりになります。時には厳しすぎるとの現場の意見も上がりましたが、それでもルールが緩和されることはありませんでした。
厳しく対策を行っていても火災が無かった分けではありません。溶接火花が飛散したことで発生したボヤ、有機溶剤に引火した事でのボヤ、経年劣化を原因とする火災(ぼや)等がありました。それらは、一般では「ぼや」と呼ばれるものです。所轄の消防署に連絡し、プレス発表もしていました。火災は大きな問題ですので、当日のうちに不適合委員会というものを開き、その後起こさない取組が作業現場へと反映されてきました。
東京電力社員だけで現場安全を作ることは出来ません。元請企業の品質管理責任者、現場監督だけでなく、作業員と呼ばれる方々も含め全員で対策を一緒に作りあげてきました。
3.記録の管理について
東京電力福島第一原子力発電所でデータ改ざんが行われたことは社会で大きく問題になりました。
いわゆる「東京電力のデータ改ざん問題」です。
厳しくそれは社会から追及され、当時働いていた私達も過去の一部の人間がした事で処理せず、会社として起こらない仕組みの構築を行いました。
福島第一では二度と起こしてはいけないと、社内の有志で内部委員会が出来ました。
私はその創立メンバーの一人です。
マスコミの方も福島第一原発に招き、その取組を報道していただきました。
社内ではその後、品質管理グループ(企業倫理に反する行動を監視する専門グループ)が出来、不適合委員会「協力企業、東京電力が合同で開き、発電所内で起きた問題について、対策対応を検討する場」が設立され、記入間違いも許さない厳しい体制を作られました。
人間が書く以上誤記はあり得ることです。その誤記も報告し、誤記であることを責任者に確認し訂正には審査が入ります。その過程は日々行われていた「不適合委員会」にかけられデーターベースで管理されます。起こさない対策も作ることで完了とされるため、協力企業の方々への品質要求におよび、大変な業務量を増やしたことも覚えています。
記録とは数字だけに及びません。承認が取られた記録書類に書かれた文字全てに適用されます。日本語としての表現としての間違い、「が」を「を」と書くといった物でも許されません。表現の間違いも数値の間違いも扱いは同じです。
記録には「そのぐらいは」といった考えはありません。私は誤記で大変、社内と協力企業の方にご迷惑をおかけした記憶が何度もあります。時には10人以上の訂正確認をもらわなくてはならず、「吉川は日本語からだ!」と厳しく叱られた思い出があります。
過去データ改善があった事は許される事ではありません。それは原子力安全を根底から覆すものだからです。
データ改ざん問題が報じられた後、協力企業の方々と日々、原子力産業を預かる立場として改善を行ってきました。過去あった問題を放置せず、対策してきた日々があります。
原発事故後、福島第一、第二原発で働く協力企業の方々と一緒に復旧にあたってきました。津波で自分達が住む町が形をなさず、家族安否も取れない中、命がけの作業を行ってくださった多くの作業員の方々の姿を見てきました。
誇りを持って原子力産業で働いてきたからこそ、命がけになるほどの過酷事故にも立向かえたのだと思います。
退職した後も、作業員の方々の支援や被災地域の方々を福島第一原発にお連れする取組などを通して、日々の廃炉作業に懸命に取り組む姿を拝見させていただいています。
そこには、感謝と敬意という気持ちしかありません。
ご紹介した現代ビジネスの記事も、証言を元にひとつの事実を伝えようとする記事なのかもしれません。
ただ、そうではないという意見もあわせて読み取り判断することで、現場で真っ当に働く方々に対して一方的な見方を持つ懸念をやわらげることができるのではないでしょうか。