フジテレビから、テレビをとったら何が残るのだろう
イントロダクション
テレビ局から”テレビ”をとったらどうなるだろう。日本テレビ、テレビ東京から”テレビ”をとったら日本、東京になってブランドとして成立しない。テレビ朝日は”朝日”になって新聞社と区別がつかない。TBSはTokyo Broadcasting Systemの略だから”放送”が名前に入っていてとりようがない。テレビ局の名称は、”テレビ”をとってしまうと社名として成立しないのだ。ところがフジテレビだけは"テレビ"をとっても"フジ"なのでブランドとして成立する。いまでも会話の中で「昨日のフジで見たけど」などと、”フジ”と呼んでいる。”テレビ”がなくてもブランドたりうる”フジ”。これは偶然に過ぎないが、意外にこれから大事なことかもしれない。
フジテレビ凋落について語る記事は多い
昨年度前期に赤字になって以来、フジテレビ凋落について語る記事は多い。昨日(5月31日)も『サンデー毎日』にこんな記事が載っていた。
「視聴率低下が止まらない! 「凋落」の研究 ついに民放4位に陥落」(サンデー毎日)
錚々たる人びとのコメントで構成された、読み応えある内容だ。みなさんも読んでみるといいと思う。
それ以外にも、ちょっと検索すればフジテレビがなぜここまで不調なのか、その背景を考察した記事がどんどん出てくる。
みんなが、とくに中年以上の業界関係者がフジテレビについて語りたがる理由ははっきりしている。みんなフジテレビが好きだったからだ。新人類からバブル世代までの40代50代あたりは、80年代90年代の青年時代をフジテレビの楽しさとともに過ごした。自分と重なる部分を勝手に感じて、自分を励ますようにフジテレビがなぜ元気を失ったかを無性に書きたくなってしまう。かく言う私もその一人であり、この記事もそんな流れのひとつに過ぎない。
潮の変わり目は2011年より2005年?
先の『サンデー毎日』の記事では、2011年にフォーカスを当てていた。そこから変わった時代をフジテレビが読み取れなかったのが凋落のポイントだったと、ひとつの論として語られている。それは確かにそうだと私も思う。だがもうひとつ、ひょっとしたらもっと大きな節目があることを私は指摘しておきたい。三冠王の座から落ちたのは2011年だが、視聴率の下落は2005年からはじまっているのだ。
このグラフを見てほしい。民放キー局のプライムタイム(19〜23時)の平均視聴率を折れ線グラフにしたもので、2004年度から昨年度までのものだ。
フジテレビの変化を考えようとこのグラフを作ってみて、いちばん驚いたのは日テレの推移だった。落ちていない。日テレが三冠王を奪った、と言われると日テレの視聴率が上昇したように錯覚してしまうが、そうではない。下がっていないのだ。
日テレだけが下がっていない中、全体にじわじわ下がっており、中でもフジテレビは急落している。これはどういうことだろうか。2005年に、日本のメディアを取り巻く環境に何かが起こったのではないか。
テレビのメディアとしての立ち位置が変わった
2005年にあったこと。関連づけたくなるのが、YouTubeの登場だ。のちにYahoo!の一部になるGYAOも同じ年に名乗りをあげている。
それと呼応するように、ブロードバンドが普及してきた。総務省の平成23年版情報通信白書によると、ナローバンドとブロードバンドの普及率が入れ替わったのが2004年だった。
つまり、”自宅で高速ネットにPCをつないで動画を見る進んだ連中が出てきた”のが2000年代半ばだった。そしてこれは私の推測だが、その影響をもっとも顕著に受けたのがフジテレビだったのではないだろうか。
さらに輪をかけた推測だが、高速ネットが家庭に入り込んでから、テレビの立ち位置が変わっていったのだと私は考えている。その概念を図にしてみたのがこれだ。
テレビはずっと、新しいメディアだった。進取に富んで時には乱暴でやんちゃで、でもいちばん新しい事柄を映し出すものだった。その最先端がフジテレビで、若者を核に人びとを惹きつけてきた。そこにネットが登場したら、テレビのような制約がないので新しいものをどんどん見せるようになった。あるいは、若者自身が新しいものを探し出すことができた。能動的な若者ほど、テレビを離れネットに吸い込まれていった。
この時、テレビの役割は先端ではなく安心して視聴できるポジションに変わった。テレビにはもう新しいこと、刺激的なことはあまり求められなくなった。なにしろ、断然新しいものに、個人の嗜好に沿った形でネットで出会えることになったのだから。
相対的に、テレビの中の安心できる部分の価値が高まった。新しくてドキドキすることより、ホッと安心できることが求められるようになった。日本テレビが、そのよき受け皿となっていった。
それまでテレビを軽佻浮薄と叱る立場だった新聞が、いまやテレビを仲間ととらえ、一緒になってネットの無法ぶりに舌打ちするようになった。
こうなると、フジテレビは居場所を見失ってしまう。何しろ、DNAに”新しいことにやんちゃに挑む”本能がすり込まれている。それ以外の価値観が持てない。かくて途方に暮れているのがいまのフジテレビなのだと思う。
番組表が頭の中で更新されない
新しいことをやりたがるフジテレビを不利にする状況がもうひとつ起こった。人びとと新聞との接触が急減したことだ。
テレビ視聴にとって、新聞のテレビ欄は極めて重要なツールだった。記事は大して読まないくせにテレビ欄だけは目を通すという人は多かったはずだ。テレビは、新聞を通して番組表を人びとの頭の中にすり込んできた。だから新番組も視聴者の側がチェックしてくれ、「面白そうだな」などと注目してもらえた。
ところが、家庭へのネット普及で新聞と人びとの接触頻度が急激に減った。新聞を開かない人が増えた。購読していても目を通さないのだ。
テレビの番組表は頭の中に入っているものだ。月曜9時にフジテレビでドラマがあるとか、23時には日テレとTBSがニュースをやっててテレ東は経済ニュースだとか、視聴者はよく知っていた。新しい番組もテレビ欄が更新してくれていた。新聞と接触しないと、番組表と接しなくなる。EPGと呼ばれる電子番組表を、テレビや録画機、Yahoo!上などで見るのだが、新聞紙の一覧性の高さがまったくない。ぱっと開けば、全局の一日の番組が一覧できたのに、EPGでは部分しか表示できない。
かくて番組が変わるたびに人びとの頭の中の番組表がひとつ、またひとつと欠けていく。いまや、改編期に新番組を送り出すことは負けの確率が高い賭けになった。それなのに、視聴率で悩むフジテレビは大きく改編してもがこうとする。もがけばもがくほど沈んでいく蟻地獄に陥ってしまっているのだ。
実際、日テレの日曜夜に続き、TBSの金曜夜も視聴率が好調で”テッパン”などと呼ばれるのだが、番組を変えないで中身をじっくり工夫して”育てて”きた。
逆にフジテレビは何曜日の何時から何をやっているのかさっぱりわからなくなっている。日曜9時のドラマが鳴り物入りでスタートしたのに視聴率がとれない。「芦田愛菜とシャーロットが出てるのに」と言われるが、多くの人はあの二人が出るドラマが日曜9時に放送されていることも認識できていないのではないか。ドラマ枠ができて、なくなって、またドラマ枠になったことで、人びとの頭の中の番組表は混乱してしまっているのだと思う。
フジテレビから”テレビ”をとっても残るものこそが大事
このように、マイナスのスパイラルにフジテレビは陥ってしまった。これは抜け出せないだろう。もし抜け出すことがあれば、それはフジテレビがフジテレビではなくなってしまう時だ。
いまのテレビを取り巻く環境は、フジテレビにとって大きく不利に働いてしまう。つまり、フジテレビはテレビを中心に考えることがもはや難しいのだ。
そこでイントロダクションで書いたことに戻る。フジテレビだけが、テレビをとってもブランドとして成立する。フジテレビが、テレビではない何かになる大きな条件がひとつ、すでに用意されているのだ。
フジテレビは、「フジ」になればいい。フジテレビからテレビをとったら残るのは何か。「テレビ」を「電波を使って放送する形態」と定義すれば、放送をとっても残るのが何かを考えることになる。言うまでもない、それはコンテンツを作る力だ。フジテレビは、「フジ」となってコンテンツメーカーになればいいのだ。
と、さも新しいことのように書いているが、実はこれらはフジテレビ自身がずいぶん前から言っていたことだ。2000年前後に、フジテレビは「コンテンツファクトリー」を標榜しはじめた。コンテンツを作ることこそが自分たちの企業価値だと宣言した。
2008年には持株会社制度に移行し、核となる持株会社は「フジ・メディア・ホールディングス」という名称になった。「フジテレビ・ホールディングス」とはあえて名乗らず、「テレビ」をとって、"フジ"のブランドを冠したのだ。
だから私がここまで長々と書いたことは、フジテレビ自身がすでに整えていることになる。
具現化するにはどうするか。コンテンツの流通経路があればどこへでも送り出す。X年後のそういう設計図を描き、そこに向かって全社で尽力していくしかない。
そうした考え方は、実はフジテレビの人たちと接触すると、主張している人が何人もいたりする。ところが、会社としての戦略にはなっていない。というより、会社としての戦略がさっぱり見えてこない。そこがいちばんまずいところではないだろうか。
テレビだけでなくネットの側でもいま、新たな局面を迎えている。そこではあらためて、コンテンツの価値が大事なのだと認識されはじめているように思える。すべてのメディアが、これまでのやり方の何がまずくて何が大事なのか、見直すべき時なのだと私は思う。