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オオカミとイヌに違いはあるのか? 

田中淳夫森林ジャーナリスト
奈良県東吉野村の最後のニホンオオカミの像

日本の自然にオオカミを放そう、という意見がまたぞろ強まっているようだ。

日本には明治までニホンオオカミとエゾオオカミが存在した。それが絶滅したことが生態系を狂わせ、シカやイノシシの増加を招き、獣害が発生している。だから再びオオカミを野に放てばいいのだ、という意見なのである。

私は、随分前からこの手の声を「アホか」と一蹴してきたのだが、繰り返し繰り返し出てくる。

私がオオカミ再導入に反対の理由は多岐にわたる……というか山ほどあるが、何よりニホンオオカミは絶滅したのだから、再導入するには外来のオオカミを持ち込むということである。外来種を放してどうする、と指摘してきた。

それに対して、ニホンオオカミもエゾオオカミも、タイリクオオカミ(ハイイロオオカミ)の亜種だからかまわないという意見が返される。亜種ならかまわん、という発想もおかしいと思うのだが、遺伝子レベルでは同じだというのだ。

それで思い出したのは、20数年前に開かれたニホンオオカミのフォーラムの席上の話である。そこで話題となったのは、ニホンオオカミが生き残っているかどうかだったのだが、もしニホンオオカミらしき動物が捕獲されたり骨が見つかったとして、をいかに鑑定するか……という話の流れになった。すると専門家から「DNAの解析では、ニホンオオカミとタイリクオオカミの違いがわからないし、さらにイヌの区別も付かない」という言葉が出たのだ。

その時は、まだDNA解析技術は揺籃期で、近縁種の区別ができるほど細かな技術がないということだろうと理解した。一方で、あらためてオオカミとイヌはかなり近縁なんだ、とも思った。

その後、DNA解析技術は長足の進歩を遂げている。今ならはっきり区別できるのだろうか。

それでいろいろと調べてみると、「イヌの起源」について新たな知見がたくさん出ているようだ。イヌの登場は約1万5000年前に遡るそうだが、起源はユーラシア大陸の東西に生息した絶滅種のオオカミらしい。さまざまな学説があるものの、結局、イヌはタイリクオオカミの亜種との位置づけだ。

それをコンパクトに解説しているウィキペディアを引用すると

'''「イヌは、リンネ(1758年)以来、伝統的に独立種 Canis familiaris とされてきたが、D. E. Wilson and D. A. M. Reeder の Mammal Species of the World:A Taxonomic and GeographicReference (1993年版)において、その分類上の位置づけはタイリクオオカミCanis lupus、以下オオカミ)の亜種とされ、学名も C. lupus familiaris に改められた。最近ではこの分類と学名が受容されつつあるが、依然、独立種 C. familiaris としている研究者も少なくない。」

「急速に発展した分子系統学の知見に基づき、2000年代の時点では、イヌの祖先はオオカミとする説が一般的である。つまり、人間がオオカミを家畜化(=馴化)し、人間の好む性質を持つ個体を人為的選択することで、イヌという動物が成立したと考えられている。」

「ミトコンドリアDNAの塩基配列の分析からは、イヌとオオカミははっきり分けられるものではなく、系統樹を描くと、さまざまなオオカミの亜種やイヌの犬種が入り交じって出現する。」'''

どうやらDNA解析でタイリクオオカミとイヌの区別はつくようになったものの、種としての違いがないとされているのだ。言い換えると、イヌはオオカミの種類の中の一つと思ってよいのではないか。

もはや外国のオオカミを再導入するぐらいなら、ノイヌ(野犬の中でも、山野で自活したイヌ)を増やせばよいということになる。

いや、すでに日本の野山にノイヌは増えている。飼い主に捨てられたり狩猟時にはぐれたイヌが野生化するだけでなく、子孫をつくって増えているケースも報告されている。生まれながらのノイヌは、オオカミと生態は変わらないかもしれない。

実際、ノイヌはシカなどを狩る。牧場の動物を襲うこともある。肉食獣の面目躍如だろう。オオカミが絶滅したから生態系が乱れたというが、オオカミの生態的地位をノイヌが取って代わったのなら、少なくても生態系の上では大きな影響はない。日本の自然を大きく乱しているのは、やはり人間の活動だろう。

近年の遺伝系統学の進歩は喜ばしいが、おかげでイヌの見る目が変わってしまった。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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