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米国のDARPAから学び、日本にイノベーションを生み出せる異なるアプローチを構築しよう(後編)

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
日本でも新しいイノベーションや産業を興せるだろうか(写真:イメージマート)

          …前編から続く…

 DARPAは、米軍および国防総省部局のニーズを調査し、直近の軍のニーズならびに長期的な戦略を分析し、それに基づいて自主的に独自の戦略計画(2年毎にテーマを設定)を作成しているといわれる。

 PMは、同戦略計画を踏まえて、「新しいアイデアを基に、プログラムを企画・立案し、室長(Office Director、OD)に提案し、ODの判断に基づき、DARPA内の技術審議会に上申され、局長が最終決定する。技術審議会における評価・選定基準は、①科学的、技術的メリット、②国防上の課題の解決およびDARPAの任務への貢献度、③コスト、④期間、⑤PMの能力と経験など」(注1)といわれている。

 またこのようにして採択されたプログラムは、3年から5年間のスパンで行われ、「初期段階(1年~1年半):複数の可能性ある技術の試作を実施し、潜在ニーズへの適用の段階」、「中間段階(1年~1年半):応用または実用化に向け、先行先導研究を行い、その成果として開発の核になるであろう新しいアイデアや技術の実証を行うという技術を絞り継続する段階」、「最終段階(1年):1つないし2つに絞ってプロトタイプの提示に取り組む段階」というステージ方式が採用されている。

 そして、またDARPAは、上述のように、ステージ毎のチェックとともに、次のような定期的な進捗の確認や評価が行われる。

①日常的進捗確認:ODは、PMとは週1回程度の頻度で日常的な会話での進捗の確認を行っている。

②ODによる評価:月1回の評価。

③局長・副局長による評価:年1回。PMは、プログラムの各ステージの評価では、元DARPA局長であったジョージ・H・ハイルマイヤー博士(注2)が作成した「明確な目的」「現在の方法と限界」「新規性と成功理由」「受益者」「成功ポイント」「リスクとリターン」「コスト」「時間」「評価方法」からなる「ハイルマイヤーの質問集(Heilmeier Catechism)」の各項目に回答が求められ、評価されることになっているという。

 DARPAの定期的プログラム評価では、技術移行戦略をあまり評価せず、技術的側面に焦点をあてているが、「米軍あるいは軍以外がその成果を使用すること」や「従来なかった領域にかかわる新たなる知見やデータが得られること」が、その成功であると位置づけられているといわれる(注3)。

 その規模は、防衛S&T(Defense Science & Technology)資金全体の約21%から約25%を占めており、2022年会計年度はその予算は約39億ドル、研究開発プロジェクト約250件である。

 では、具体的にどのような研究成果を生み出してきているのだろうか。

 DARPAは、イノベーティブで社会的にも大きなインパクトのあるさまざまなものを生み出してきているが、その前身であるARPAの時期も含めると、インターネットの原型であるARPANET、全地球測位システムのGPS、ドローン、SIRI、音声認識、マウス、ロボット掃除機ルンバ、マルチミッションロボットなどをその成功事例として挙げることができるであろう。

 さらにDARPAは、国防上における先進的な技術課題の解決方法として、あらゆる方策を模索しているが、低コストでアイデア発掘、解決の糸口やヒントなどを探るために、賞金付きの競技会形式で研究開発を推進するプログラムである、チャレンジプログラム(Challenge Program)も推進している。中国などでもこのプログラムを参考にしたプログラムが実施されてきている。

DARPAの災害ロボットコンテストで優勝した韓国チームの様子
DARPAの災害ロボットコンテストで優勝した韓国チームの様子写真:ロイター/アフロ

 このなかには、たとえば、完全な自律型自動車の走行協議会である「グランドチャレンジプログラム」(2004年以降)、人間が活躍できない環境で活躍できるヒト型ロボットの競技会である「ロボッテックスチャレンジプログラム」(2012年~2015年開催)、自律型コンピュータによるハッキング競技会である「サイバーグランドチャレンジプログラム」、地下世界の移動・マッピング・調査を可能とするシステムを開発する競技会である「地下世界移動システムチャレンジプログラム」、大型ブースター搭載方式よりも費用対効果がありより便利な小型衛星打ち上げシステムでの地球軌道への打ち上げを目指す「ローンチチャレンジプログラム」などがある。

 DARPAの成果に関しては、採用したハイリスク、高い報酬の多くが失敗あるいは中断された事例も多く、連邦議会等に報告され議論になることもあるが、「DARPAの資金配分を受けた企業が、公的資金によりリスクの高い研究開発活動を行い、最終的に商業的にも成功した事例(注4)」などが、先述したように生まれてきているのである。

 また、そのような実績から、DARPAをモデルとして、ハイリスクの研究支援を行う「エネルギー省高等研究計画局(Advanced Research Projects Agency-Energy(ARPA-E))」等も作られてきている。

 本論では、日本で期待されながらもなかなか生まれてこないイノベーションの現状において、米国のDARPAへの関心が高まってきていることを受けて、DARPAについて検討してきた。

 DARPAは、欧米でもユニークな存在(特に行政機関として)ではあるが、ハイリスク、ハイリターンの研究や事業の支援を行っている組織や部署がないわけではない。しかしながら、今の日本の組織では、行政組織をモデルにしていることが多く、リスクを回避する(あるいはリスクをとろうとしない)手続きや形式重視のコンプラの意識や手法が跋扈し、変化や新規の事業の誕生や成長を大きく阻害している面もある(注5)。そのようなアプローチや対応が重要かつ大事なこともあるし、税金などに依存する公的部門ではそのようなアプローチをとらざるを得ない側面もあることは事実だろう。

 だがしかし、イノベーションの観点からみると、すべての対応や活動が同一のアプローチでなされては、当然に「イノベーション」が生まれる可能性は、限りなくゼロに近づく。

日本でも、新たなアプローチから研究イノベーションが生まれることを期待したい
日本でも、新たなアプローチから研究イノベーションが生まれることを期待したい提供:イメージマート

 筆者は、これまでにもさまざまな記事や論文等で述べているように、また日本の現状や歴史からもわかるように、社会はどんなに良好で豊かでも、絶えざる変化や改善・進展が続かない限り、劣化してくるのであると考えている。

 その意味で、より良い社会に向けての絶えざる変化・進展、改良、つまり絶えざる「イノベーション」が必要だと確信している。その変化や「イノベーション」の出てくるためには、社会に、多様なプレーヤー、多様で多元的な資金源、多様な情報・多元的な情報源、そして多様なアプローチややり方が必要なのだ。

 日本は、これまではプレーヤーやアプローチなどでも多様性を極力抑制してモノクロ的に社会の運営を行い、短期間である意味大きな成果を出すことに成功してきた。それは、国際的にも歴史的にも賞讃に値するし、誇りに思ってもいいことだろう。

 だが、日本は、ある程度の豊かさを実現した現在、今後の進展やさらなる発展を実現していくためには、より多様な人材をプレーヤーとして社会に参画させ、単一でないいくつかの異なるアプローチや対応を工夫していく必要がある。

 そのような意味から、DARPAのような組織やアプローチを日本国内にも導入し、日本社会のブレークスルーを実現していってはどうだろうか。

 そのことから、日本でも新しいイノベーションや可能性が生まれてくるのではないだろうか。

(注1)出典:高橋(2019a)p25

(注2)ハイルマイヤー博士は、1975年~77年にDARPA局長

(注3)高橋(2019a)p26など参照のこと

(注4)出典:国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター(2022)、p111

(注5)沖縄科学技術大学院(OIST)は、厳選された研究人材に世界先端の研究を行える自由度の高い資金を提供するハイトラストファンドという日本では稀有な仕組みを取り入れ、短期間で世界中から優秀な人材を集め、研究成果も出始めている。また筆者が、立ち上げと運営に関わった東京財団の政策研究部門も、その初期の時期には、社会科学分野ではあるが、研究人材を厳しく選定し、チャレンジングな分野の研究が実施できるある程度の規模で柔軟性のある研究資金を提供するというアプローチをとっていた。これらは、日本では例外的なものであるということができるであろう。

[参考文献]

・国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター(2022)『科学技術・イノベーション同行報告 米国編』(国立研究開発法人科学技術振興機構、2022年3月)

・塩野誠(2020)『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』(ニューズピックス、2020年10月)

・高橋克彦(2019a)「DARPAとは?―その最新活動状況について―(前編)」(月刊JADI、2019年2月)

・高橋克彦(2019b)「DARPAとは?―その最新活動状況について―(後編)」(月刊JADI、2019年4月)

・戸梶功(2021a)「『DARPA:概要と議会に対する課題』、CRS報告書、2018年、科学技術政策アナリスト、マーシー・ガロ”Defense Advanced Research Project Agency: Overview and Issues for Congress“, CRS(Congressional Research Service) Report, 2018, Science and Technology Policy, Analyst Marcy E. Gallo(前編)」(防衛技術ジャーナル、2021年1月)

・戸梶功(2021b)「『DARPA:概要と議会に対する課題』、CRS報告書、2018年、科学技術政策アナリスト、マーシー・ガロ”Defense Advanced Research Project Agency: Overview and Issues for Congress“, CRS(Congressional Research Service) Report, 2018, Science and Technology Policy, Analyst Marcy E. Gallo(後編)」(防衛技術ジャーナル、2021年3月)

・Natureダイジェスト(2011)「DARPAの模倣組織は成功するか(News in Focus)」(Natureダイジェスト、2011年10月10日)

・読売新聞(2022)「研究開発 足りぬ予算」(読売新聞、2022年9月23日)

・読売新聞(2023)「米『国際連携』 中国『軍民融合』」(読売新聞、2023年1月11日)

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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