米国のDARPAから学び、日本にイノベーションを生み出せる異なるアプローチを構築しよう(前編)
日本でも、イノベーションの重要性や必要性が主張されて久しい(注1)。これまでにも、その点でのさまざまな提案や試みがなされてきた。しかし残念ながら、本格的な成功事例ともいえるものがなかなか生まれてきていない。そんななか、日本でも(注2)、米国の「国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency)」、略してDARPA(ダーパ)」という組織やその仕組みへの関心が高まってきている。
DARPAは、米国国防省内部部局に位置しているが、大統領と国防長官の直轄組織で、軍からの直接的な干渉を受けることなく、主として米軍が使用する新技術研究開発の管理を行っている組織である。DARPAは、「ペンタゴン(国防総省)の頭脳」と呼ばれることもあり、米国における世界の最先端の研究開発の中心的存在だ。
DARPAは、時代的背景のなかから生まれた産物だ。1950年代当時、米国が科学技術の最先端を走っていると考えられていた。ソビエト連邦が1957年10月4日に人類史上初の人工衛星であるスプートニクの打ち上げに成功した。これにより、米国が宇宙やミサイル開発のリーダーと自負していた自信を打ち砕かれ、軍事的脅威を受けたことを背景に、その翌年に、DARPAの前身となる高等研究計画局(ARPA、Advanced Research Projects Agency)が設置されたのである。
米国では、科学技術が国防に直結するという考え方が定着しており、軍事分野の研究開発を民間での経済発展・成長にも活かす、つまり軍事用と民生用のどちらにも利用できることを意味する「デュアルユース(dual-use)」の研究開発にも注力している。その意味で、DARPAは、基本は国家安全保障を目的としたブレークスルー的な技術開発を支援する機関であるが、その主導的な役割を果たしている組織である。
DARPAは、上述のようなミッションを果たすために、従来の組織とは大きく異なるコンセプトと役割が採用され、そのコンセプトに基づく独自の組織運営がなされている。
そのコンセプトと役割は、次のとおりである。
・米軍が今直面しているニーズに対応するのではなく、将来のニーズに対応するためのハイリスク・ハイペイオフ(あるいはハイリターン)研究を支援し実用化を加速する。
・リスクが高すぎることやミッションと一致しないなどのために、他の軍所属研究所では扱わない技術でも既存のシステム・概念を壊すような技術は、軍司令部が現時点では必要とは認識していないが、将来的に必要になるであろう技術として投資する。
そのようなミッションやコンセプトを実現するために、DARPAは、一般の行政機関等では考えられないような、非常なユニークな組織運営をしている。一般的な行政組織は、公的存在であり税金で運営されていることもあり、手続き重視のローリスクの運営がなされている。これは、米国や日本ばかりでなく、世界中の行政組織でも同様だ。その意味で、先に述べたように、DARPAは、「米国国防省内部部局に位置しているが、大統領と国防長官の直轄組織で、軍からの直接的な干渉を受けることなく、主として米軍が使用する新技術研究開発の管理を行っている組織」であることで、独自の運営が担保されているということができるだろう(注3)。
DARPAは、その人的規模は変化があるようだが、最大でも約300人程度。研究・工学担当国防次官補によって統括される局長の下に、分野別の室が設けられている。米国の組織なので組織改編が度々行われているようだが、「適応実行室(注4)」「防衛科学室」「情報イノベーション室」「マイクロ技術室」「戦時技術室」「戦術技術室」の6つの室から構成されている(注5)。
DARPAの組織の特性は次のようになる(注6)。
①小規模
・200人超程度、5つの技術研究室+適用実行室(技術移転に特化)
・上級技術マネージャー(20名)、プログラム・マネージャー(PM)(約100名)
・研究所や施設を持たず、卓越した人(ヒト)と技(ワザ)で研究開発支援に特化した、特殊な機関
・サポート要員の外注化
②フラットで柔軟
・三層構造(局長、室長(Office Director)、PM)
・ニーズに合わせて組織を頻繁に改変
③ユニークな運営
・研究所を有さず、直接研究の実施は無
・PM主導によるプログラム運営(注7)
・PM等の技術マネジメントスタッフは全員期限付き契約
任期付き雇用によるスタッフ・ローテーション・システムを採用。これは、同じスタッフがずっといると組織の柔軟性を失い、アイデアや技術革新などの速度が鈍るという考え方に基づく。PMには、決断力および責任感を信頼し、説明責任と監督責任を負わせ、プログラマ・スピードを重視しながらも、限定な任期制にすることで、技術の革新性と迅速性を確保する
・採用や調達における柔軟な運用
・チームとネットワーク
優秀な研究者によるチーム編成と相互の連携
・プロジェクト毎の組織と連携して研究開発を推進
・産業界・大学・非営利団体・政府R&D研究所を主な対象機関とする契約を通じたR&Dプログラムの推進
・コンセンサスよりも個人の判断を尊重した意思決定
・政府間人員法(Intergovernmental Personnel Act、IPA)の活用による外部スタッフの受け入れ
④文化や姿勢など
・新しい分野に積極的かつ組織的に取り組む姿勢
・常識を覆すような破壊的な技術革新の追求。段階的な進歩でなく、変革的な躍進を目指す
・失敗を肯定する文化
リスクの高い技術上のアイデアを追求することを奨励するために、失敗を技術開発上不可避なものとして考え、肯定する文化。「仮に研究開発プログラムに失敗したチームが、再び別のプログラムに参加希望を名乗り出ても、過去の失敗は考慮に入れないと言われている」(注8)
・スピード感(sense of urgency)の重視
・独立性の確保
また上述のこととやや重複するが、Tony Tether氏(注9)が、DARPA局長(当時)として、議会で証言した際に、同機関の特徴は、次のようであると説明した。
①小規模で柔軟であること ②フラットな組織
③官僚主義的弊害を被らない自立性の高い組織 ④世界有数の技術スタッフ
⑤研究者のチームとネットワーク ⑥職員の回転率が高い組織
⑦プロジェクトベースの任務編成 ⑧外注サポートスタッフ
⑨傑出したプログラム・マネージャー ⑩失敗を許容する文化
⑪画期的なブレークスルーを志向 ⑫様々な協力者を結集し連携を促す
このようなDARPAが、そのミッションを遂行、実現していく上において、最も重要な役割を果たしているのが、プログラム・マネージャー(Program Manager、PM)である。PMには、プロジェクトの策定から遂行までの過程の全工程において大きな権限と裁量権が与えられている。
他方で、PMは、基本的に次の3つの役割を果たすことになっている。
①最適なチームの組成・組織化
PMは、該当するプログラムの分野におけるイノベーションのための最高の研究人材等を集め、ネットワークを形成し、プログラムに最適なチームを組成・組織できる役割が求められる。
②目的等の達成におけるリーダーシップ
PMは、当該目的やプロジェクト等に対する強い責任感および目的達成の情熱をもっていることが必要であり、それとともに、チームとして参集した研究人材等を結集、鼓舞していくカリスマ的リーダーとしての役割も必要である。さらに、当該プロジェクトにたとえ高い技術リスクがあっても、それを最小限にしていけるマネージメント的な役割も必要である。
③成功を実現させていける説得力ある仮説やストーリーの構想・描写および活動
プログラムやプロジェクトの成功を実現していける説得力のある仮設やストーリーの構築・描写ができること。それを基に、担当チームに前向きかつ積極的なコミットメント等が生まれる環境を生み出すとともに、関係する協力者や協力機関やその他の関係者への説明などを通じて理解を得ること等により強力な協力関係を確立するという役割も期待されている。
このようなPMは、DARPA関係者からの口コミによる採用も多いようであるが、企業・政府・大学等で十分な経験・実績のあるトップレベルの人材が採用されており、次のような資質が必要であるとされている(注10)。
①深い技術的知見 ②計画立案管理能力 ③予算獲得・執行管理能力
④創造性 ⑤熱意 ⑥リーダーシップ
⑦ベストな人材を集められる人脈 ⑧他人の意見・アイデアを取り入れる度量
⑧人、物事を動かすカリスマ性ある人格 ⑩コミュニケーション能力
…後編に続く…
(注1)拙記事「日本におけるイノベーションについて考えよう!」など参照のこと。
(注2)日本のみならず、国際的にもDARPAへの関心や注目が高まってきている。
(注3)米国の国の予算の会計管理を行う会計検査院(Government Accountability Office、GAO)は、DARPAのプログラムが、多くの失敗も生んできていることを理解して、改善策を提案しつつも、リスクのある技術開発のような困難のある事業の会計処理への対応をしているという。この点についても、日本の行政組織などが学ぶべき点が多いといえる。
(注4)この室は、技術移転に特化しており、他の5つ分野別技術の研究室とは異なる役割を果たしている。
(注5)戸梶(2021b)や高橋(2019a)等参照のこと。
(注6)同上。
(注7)PMは、「自らプログラムを定義し、プロジェクトの里程標を設定し、支援対象者に対する進捗状況の管理(進捗状況に基づく資金配分に関することを含む)を行うなど、事業の実施について大きな権限を有している」(出典:国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター(2022)、p111)
(注8)高橋(2019a)。
(注9)Tony Tether氏は、2006年6月から2009年2月の間、DARPA局長だった。
(注10)出典:高橋(2019a)p24。この中でも特に、「専門能力」「創造性」「熱意」「人格」が重要な資質であるという。
[参考文献]
・国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター(2022)『科学技術・イノベーション同行報告 米国編』(国立研究開発法人科学技術振興機構、2022年3月)
・塩野誠(2020)『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』(ニューズピックス、2020年10月)
・高橋克彦(2019a)「DARPAとは?―その最新活動状況について―(前編)」(月刊JADI、2019年2月)
・高橋克彦(2019b)「DARPAとは?―その最新活動状況について―(前編)」(月刊JADI、2019年4月)
・戸梶功(2021a)「『DARPA:概要と議会に対する課題』、CRS報告書、2018年、科学技術政策アナリスト、マーシー・ガロ”Defense Advanced Research Project Agency: Overview and Issues for Congress“, CRS(Congressional Research Service) Report, 2018, Science and Technology Policy, Analyst Marcy E. Gallo(前編)」(防衛技術ジャーナル、2021年1月)
・戸梶功(2021b)「『DARPA:概要と議会に対する課題』、CRS報告書、2018年、科学技術政策アナリスト、マーシー・ガロ”Defense Advanced Research Project Agency: Overview and Issues for Congress“, CRS(Congressional Research Service) Report, 2018, Science and Technology Policy, Analyst Marcy E. Gallo(後編)」(防衛技術ジャーナル、2021年3月)
・Natureダイジェスト(2011)「DARPAの模倣組織は成功するか(News in Focus)」(Natureダイジェスト、2011年10月10日)
・読売新聞(2022)「研究開発 足りぬ予算」(読売新聞、2022年9月23日)
・読売新聞(2023)「米『国際連携』 中国『軍民融合』」(読売新聞、2023年1月11日)