ジビエは獣害から山村を救えるか
このところ、山間部の獣害が注目されている。とくに最近はシカによる被害が爆発的に増えてきた。それは農林業に対する被害を越えて、いまや農山村の存亡にも関わりだした。
なぜなら山間部の限界集落に住んでいる高齢者は、たいてい年金生活者。彼らは米や野菜をつくって多少の収入を確保するだけでなく、これらを自給しているから年金でも生活できる。ところが食べ物を全部購入するとなると金がいるだけでなく、そもそも買う店が近くにない。それに農作物をつくるのは、日々の楽しみでもある。獣害でそれらが失われると、集落を去ってしまいがちなのだ。
そこでシカなどを適正な数まで駆除して、頭数管理することが望まれるのだが、これが難物。ハンター人口も高齢化するとともに減少している。最近は若者向きのハンティング講座を開いたり、狩りガールと呼ばれる女性ハンターの登場も話題になっているが、簡単には増やせるものではない。
一方で、仕留めた野生動物の扱いとしてよく言われるのが「食べる」案だろう。シカ肉を商業ベースに乗せることで、現金収入化を図り、さらに駆除を促進しようという発想だ。
ヨーロッパでは、ジビエと呼んで、野生動物の肉が普通に出回っているという。日本でも、もっと野生肉の需要を増やせば、狩猟で収入を得ることができるからハンターも増えるだろう……。駆除ではなく、山の幸のおすそ分けだ。たしかに料理法によっては、素敵な料理素材になる。上手くすれば人気の食材になるかもしれない。
しかし、ことはさほど簡単ではない。むしろ「狩猟肉の販売を促進したら、駆除数が減るかもしれない」という指摘もあるのだ。
というのは、ハンターが狩った動物は、たいていその場で解体して血抜きなどを施して解体される。さもないと、味が落ちるからだ。しかし、その肉は市場には出せない。市場に流通させるには食品衛生法などで、ちゃんと資格を持った人がしかるべき設備において解体していることが条件となるからだ。
かといって、狩場の近くに資格者と解体設備を揃えているところは珍しい。
兵庫県丹波市にシカ肉を加工する施設を備えた「丹波姫もみじ」という会社が設立されている。ハンターが撃ったシカを買い取って精肉にし販売するのが目的だ。同じような施設は、北海道に多いほか、全国で少しずつ増えているがまだ少ない。ただし、ここでもどんなシカでも買い取るわけではない。運び出すのに時間がかかっていたり、弾丸が内蔵を撃ち抜いたようなシカは、肉の味が落ちるため断るという。
これまでは、ハンターが山の中で処理し、それを身近な人におすそ分けしていた。それでは衛生面の確保が不安が残るものの、多少の売買が行われても内輪の取引だとして黙認されてきた。しかし大々的にジビエとしてシカ肉などを販売しようとすると、この内輪の売買が問題となるのだ。そのためハンターは利益を得られなくなり、駆除しなくなる可能性がある……。
そのうえ、シカは意外と肉の量が少ない。ホンシュウシカの成獣の体重は約30キロだが、そのうち肉は10キロほどしかない。さらに美味しく食べられるモモやヒレ部分は3キロ程度。これだけでは、よほど価格を高くしないと採算が合わない。高ければ売れない。また稀にE型肝炎ウイルスを持つものもいるので、トレーサビリィーも確保しないと心配だ。そこで美味しくない部位をドッグフード用に回したり、毛皮や角を販売するなどの工夫がいる。こうしたビジネスを成り立たせるには、多くの関門があるだろう。
それに、流通販売させるとなると安定供給が求められる。仮に肉の販売店やレストランなどと契約しても、コンスタントに入荷しなければ扱う方も困るのだ。
となると、シカを狩猟で仕留めるより、養殖した方が確実だ、という声もある。野生シカの飼育……。そのうち飼育していたシカが逃げ出して野生化するかもしれない。
いや、冗談ではないのだ。実際にシカ肉を販売していた業者が、野性のニホンシカを扱うのではなく、ヨーロッパのアカシカを飼育したケースがある。しかし経営に失敗したあげく、アカシカは飼育場から逃げ出したのである。もしニホンシカと交雑したら、遺伝子汚染を引き起こしかねないため問題となった。
ジビエの普及は、よほどしっかりしたルールを整備するか、それともささやかな取引に留めておくか、よく考えねばならないだろう。