万年シェア3位から1位へ。味の素「ザ★チャーハン」に学ぶ、アイデアが上手くいく4つのポイント
国内外のブランド企業などのトップマーケターが集結するカンファレンス「マーケティングアジェンダ東京2023」で、味の素 執行役常務 岡本達也氏にヒット商品を生み出すためのポイントをお聞きすることができましたので、ご紹介したいと思います。
「そのチャーハン、誰が食べているの?」消費者を徹底調査
日本の冷凍チャーハン市場が拡大するきっかけになったとされる、味の素冷凍食品の「ザ★チャーハン」をご存じでしょうか? 従来ファミリー向けが常識だった冷凍チャーハンを、男性向けに切り替えて大ヒットしました。実はその誕生の裏側にはさまざまなドラマがあったようです。
1987年に味の素に入社された岡本氏は、調味料のマーケティングを中心にキャリアを積んでこられましたが、50歳になったタイミングで味の素冷凍食品に出向の辞令を受けます。
冷凍食品と調味料は全く事業構造が違い、赴任当初はその独特さや業界の常識に驚くことが多かったとか。何しろ冷凍食品は、すべてのメーカーの商品がスーパーの冷凍食品棚に横並びで「全品50%オフ」で売られることが多いという特殊な市場です。
当時、日本の冷凍食品市場は5社がシェア20%で並んでいて熾烈な競争が展開され、味の素冷凍食品も赤字になる月があるほど利益が出にくい市場でした。
その競争の結果なのか、当時の冷凍食品棚には、赤と黄とオレンジという暖色のパッケージの商品ばかりが並び、デザインも長方形で同じ。しかも、商品ごとに各社が同じような容量で、料金まで横並びに販売しているという非常に特殊な状況でした。
そんな市場において、岡本氏は当時の味の素冷凍食品の社長から、市場で3位だった冷凍チャーハンを1位にするというミッションを受けることになります。
そこで、岡本氏が取り組んだのは、まず既存の商品を見直すことでした。当時の味の素冷凍食品のチャーハンは、「具だくさん五目炒飯」という名称で具材が8種類も入っていてコンセプトが曖昧。さらに買っている人も30~40代の主婦という認識はあるものの、実際に誰が食べているかを把握していなかったため、さまざまな調査を実施したそうです。
消費者のデプスインタビューなどを通じて、主婦が買ってはいたものの、実は「自分が不在で家族が困ったときの保存食」として買っているという事実が判明。それだけでなく、冷凍チャーハンを実際に食べているのは10代後半~20代前半の男性だったことが見えてきます。
そこで「食べる人のためのチャーハン」というコンセプトで、実際の顧客である食べ盛りの男性が求めているチャーハンはどういうものか、飲食店を徹底的に調査しました。その調査結果と、味の素冷凍食品がもともと持っていた技術を組み合わせて、他社では作れない「米の食感と、米の味付けを活かした新しいチャーハン」をつくれるという確信を持ったそうです。そこから、新商品である「ザ★チャーハン」の提案を社内に行いました。
「常識」をことごとく覆し、四面楚歌に
今でこそ大ヒット商品になった「ザ★チャーハン」ですが、当初、社内からは反対の声のほうがはるかに大きい状態だったそうです。なにしろ「ザ★チャーハン」は、次のように従来の冷凍食品事業の「常識」をことごとくひっくり返した商品になっていました。
■具材8種類で他社と差別化 → シンプルな3種類に変更
■パッケージは暖色が常識 → 黒ベースに変更
■パッケージは長方形が常識 → 正方形に変更
■冷凍チャーハンの量は450gが常識 → 600gに増量
■冷凍チャーハンの価格は278円が常識 → 容量増に合わせて値上げ
そのため社内からは「黒は食品ではタブーの色で売れない」「正方形の600gのパッケージは冷凍食品の棚に入らない」「値段が上がったら小売が棚に並べてくれない」などの声が上がり、さまざまな視点から大反対にあったそうです。そんな四面楚歌の状態の岡本氏を救ったのは、ひとりの部下のプレゼンでした。
その部下は、他社の「食べるラー油」や「マルちゃん正麺」など、業界の常識に挑戦してヒットを生み出した事例を並べ、「自分たちが横並びの商品をいつまでも売り続ける会社でいいのか、新しい挑戦をするべきではないか」と社内に強く語りかけます。そのプレゼンがほかのメンバーに共感された結果、最終的に経営陣も了承し、「ザ★チャーハン」の発売が決定したのです。
プレゼンを聞いて熱くなった営業メンバーの努力もあり、広告を展開する前に多くの小売店での棚の確保にこぎ着けました。そして発売後には、X(旧Twitter)で「夜中にザ★チャーハンを食べる会」というバズが発生するなど、あわや「在庫が切れて休売になるのでは」というほどの大ヒットになったそうです。
そんな岡本氏が「アイデアが上手くいく」ためのポイントとして、挙げられていたのが下記の4つです。
「打数が大事」というキーワードで印象的なのは、実は岡本氏もすべての挑戦が成功しているわけではなく、失敗もされているという点です。たとえば「旬の果実のグラノラ」という商品では、成功体験に囚われて、それまでの商流と同じルートで売り出した結果、ほとんど商品が売れないという結果になったそうです。
ただ、やはりバットを振らなければヒットが生まれないように、「本当に信じるアイデアがあるなら思いきりバットを振れ」というのが、岡本氏が常に部下に伝えているメッセージです。
必要なのは「共感」を広げること
そして、アイデアを上手く行かせるためにもうひとつ重要だと言えるのが「善意も含めて反対を乗り切るのが大事」という点です。岡本氏は「製品企画をする人はひとりでは何もできないので、周囲のバリューチェーンの方々の『共感』を得ることが大事」と語ります。
上からの指示や命令で、いやいややっているような状態では、当然40%程度の力しか出ません。共感を得て初めて120%の力を出してくれるというのがポイントです。「ザ★チャーハン」においても、部下のプレゼンがきっかけで社内に「共感」の輪が広がった結果、さまざまな部署が120%の力で協力してくれたそうです。
特に岡本氏として最も記憶に残っているのは、「ザ★チャーハン」発売後に、予想を上回るペースで売れ行きが上がった結果、休売を覚悟するほどの状況に追い詰められたときに、工場長に言われた言葉です。土日も返上して勤務するようになってしまった工場に謝罪に行った際は、厳しい怒りの言葉をかけられるのを覚悟していました。
しかし、その岡本氏に工場長は「何を言ってるんですか。このまま商品が売れてなかったら、一部のラインを閉鎖しなければいけなかったかもしれないんですよ。商品が売れて忙しいなんて、こんなにうれしいことはないですよ」と話します。
ロジックで分かってもらうのも大事だが、相手の背景を理解した上で、人としての関係をつくる。その関係の上で生まれた共感こそが、ヒットを生むポイントだと、岡本氏は振り返ります。
そして、1回良い方向に転がり出すと、「ヒットはヒットを呼ぶ」状態につながります。自信がなかった人も、良い方向に転がり出すと自信が得られるし、成功を体験していると、ひとつふたつの失敗をしても、くじけないチームになっていくそうです。
最終的に、味の素冷凍食品の「ザ★チャーハン」は、岡本氏が本社である味の素に戻った翌年に、年間売上1位を獲得する結果となりました。
自分のアイデアに対して反対が出てくると、そこで諦めてしまうというのは珍しい話ではないと思います。ただ、その反対の背景にある理由を理解し、周囲の人との関係をつくり、共感してもらって乗り越えることで、万年3位だったチャーハン市場で1位を獲得した。そんな味の素冷凍食品の事例は、多くの日本企業の参考になるように思います。
(※この記事は、2024年2月8日付アジェンダノート寄稿記事の転載記事です。)