5人以上の部下を持つリーダーに「エア・コーチング」のススメ
「空気」を変える「エア・コーチング」
以前、「コーチング」がビジネスの現場で機能しづらい2つの理由というコラムを書きました。理由は「1.コーチ(を名乗る人)のスキル不足」「2.コーチング対象の誤解」の2つでした。反響は想像以上に大きく、「そう簡単にコーチングの技術を身につけることなどできないことがよくわかった」「昔はコーチングなど知らなくても部下を動かすことができた。カラクリがよくわかった」等といった声をいただきました。前述コラムに書いたとおり、にわか仕込みの技術でコーチングしても効き目がないどころか、相手を傷つけることもあります。コーチングは素晴らしいコミュニケーション技術ですが、正しい知識が不可欠です。
私が以前から提唱しているのは「エア・コーチング」。「エア」には2つの意味をかけていて、1つは、実際にはしていないのに、コーチングしているかのように振舞い、一定の効果を狙うという意味。ギターがないのにギターを弾く振りをする「エアギター」などと同じです。もう1つは、チームの「空気(エアー)」を変え、構成員の行動変容を促し、目標達成に向けた意識改革を実現させるという意味です。
ポイントは、「to 部下」ではなく「to 空気」。上司と部下。部下と部下。部下とチーム……。それぞれの間に漂う空気を変えるのです。意識の高い同僚や部下と協力したり、仕組みを使って雰囲気や風土を変えていきます。相手をストレートに変えようとするわけではありませんので、上司のストレスもかかりにくいでしょう。
「エア・コーチング」の4つの特徴
「エア・コーチング」の特徴は4点です。
1)人を変えるのではなく、空気を変える
2)対個人ではなく対チーム
3)時間がかかるが、持続性/再現性が高い
4)エア・コーチもクライアントも双方、ストレスがかからない
「エア・コーチング」は、限られた個人を短期間で変えたいという期待には応えられません。目安としては、5人以上の部下を率いているリーダー向けのテクニックといえるでしょう。
質問や対話ではなく一方的な「独白」を
まず、人を変えるのではなく、空気を変えるというのはどういうことか、について解説していきます。コーチングの基本は「質問」です。しかし「エア・コーチング」の場合は、相手に行動変容を促すような質問や対話はしません。一方的な独白をして、「空気(エアー)」を変えていきます。
「独白」は、対象相手がおそらく返答しないだろうという状況で実施します。
「質問力」を鍛えるのは、意外と難しい3つの理由のコラムで書いたとおり、一度でも相手が反論したら、それがたとえ間違っていたとしても、本人は一貫して正当化しようとします。これが「一貫性の法則」です。
ここで重要なことは、質問しなければ反論どころか反応自体もないことが多いことです。つまり相手の反応は「ニュートラル」だということです。「口では反論してこないけれど、腹の中できっと言い訳しているに違いない」などとネガティブな発想はやめましょう。その発想は必ず表情や言葉になって外にあふれ出、確実に周囲の「空気」を濁らせます。上司が考えているほど、部下は何も考えていないものです。変に刺激を与えるから、反論されるのです。ですから反論や言い訳をさせないシチュエーションで独白をすることがポイントです。
独白するシチュエーション3つ
その代表的なシチュエーションを3つ書き出します。
1)朝礼や会議などでの講話・演説
2)メールや掲示板での情報配信
3)協調者との会話
1と2はわかりやすいと思います。「1:N」のコミュニケーションの場合、相手からの反応は極めて少なくなります。朝礼で5、6分、話をしたあと、部下から「ちょっといいですか? 先ほどの朝礼でのお話ですが、私は賛成しかねます」などと言ってくる部下はどれぐらいいるでしょうか? というより、それほど問題意識の高い部下にコーチングする必要はないでしょう。
メールや掲示板で情報配信しても、基本的にレスポンスはないものです。それどころか、読んでない、確認さえしていない、ということもあります。ですから、「今日のメール読んだ? 確認しておいてくれよ」というだけでいいのです。相手は「すみません。ちゃんと読んでおきます」と言ってくれます。
とはいえ、朝礼での3分間スピーチだろうが、メールでの情報配信だろうが、インパクトはほとんどありません。誰もが想像するとおりです。しかし、この「刷り込み作業」はとても重要です。「インプリンティング効果」を狙うという意味もあります。
インパクトのある「刷り込み」とは?
「挨拶をしっかりやろう」「ムダな残業はやめよう」「お互い協力し合おう」というのは精神論です。このような心掛けや精神論は、独白だろうがストレートな対話であろうが、どちらにしても効き目はありません。ストレス耐性が低いので「1対1」を避けて「1対N」を選ぶ管理者がいます。各論を話すと相手にプレッシャーを与えそうなので、総論を語る人がいます。「1対N」のシチュエーションで総論を語ったら、空気さえ変えられません。対話形式であろうが独白形式だろうが、とにかく各論でメッセージは伝えなければなりません。総論を各論に変換するためには、4W2Hを意識してみましょう。
・いつ(When)
・誰が(Who)
・何を(What)
・どこで(Where)
・どのように(How)
・どのぐらいの量(How Many/Much)
誰が行動するのか。いつまでにするのか。どれぐらいの量するのか。など、明確に表現します。朝礼などで演説して空気を変えようとするなら、次のように話してみましょう。
「以前は残業が多いスタッフが多かったのですが、皆さんの意識が高くなっているせいか少しずつ減ってきています。以前は夜の8時を過ぎても残業している人がいましたが、今は特殊な用事がない限り時間外に残らないような風潮が定着してきたと思います。一時的に残業が増えることがあっても、恒常的に残業が多い人は脳の基礎体力が劣化しているというデータがあるそうです。そうすると論理思考力が落ちてきますから、心身ともに疲れてくるようで、私ども経営者としては何としても、そういうスタッフが出てくることを回避したいと考えています」
圧倒的な「知識」で、人を動かす話し方で書いたとおり、圧倒的でかつ微細な知識があれば、聴衆は頭でどうすべきなのかイメージを描きやすくなります。「無駄な残業はよくないぞ」という漠然としたメッセージではないので、「夜8時以降は残業マズイな」「脳の基礎体力が落ちていくのならヤバイ」「他の人も気をつけているのなら、自分も気をつけないと」と考えるようになるでしょう。
話し方/伝え方のポイントはたった2つ。これだけを守るだけでいいのです。
1)多くの人が
2)現在進行形
真実でなくてもかまいません。(そもそも真実など、誰もわからないものなのですから) 組織内の多くの人が始めている。実践し始めている。結果を出し始めている。すでに変わりつつある。うまくいきつつある。よくなりつつある。……このような表現です。
これを朝礼でも会議の冒頭でも、メールでも掲示板でも、あの手この手で発信していきます。組織内の空気が、言い訳やネガティブな発言で汚染されているなら、空気を浄化するようにポジティブ発言を放出していってください。
脳に「ミラーニューロン」という、周囲の人の言動を無意識のうちに模倣してしまう神経細胞があります。緊張している人の近くにいると、自分も緊張してくるのはミラーニューロンの働きです。周囲の人がネガティブだと、無意識のうちに「感化」されていくものです。その逆もしかり。前向きに変わろうとしている人がいるかどうかは別にして、そういう「空気」があればミラーニューロンが刺激を受け、脳が反応し始めるのです。
もちろん、週に1回や2回の独白ではとても足りません。人の思考プログラムを変えるには体験の「インパクト×回数」が必要です。前述したとおり、このやり方はインパクトが薄いですので、膨大な量が必要です。何度も何度もさりげないやり方で空気を変えていきます。
わざとらしくない協調者との会話を取り入れる
協調者との会話は、少しインパクトが強いと言えるでしょう。わざとやるのは難しいですが、上記の内容を協調者との会話に混ぜ込んでいくと、それを聞いている人との間にある「空気」は確実に変わっていくでしょう。
リーダー:「以前は残業が多いスタッフが多かったけど、最近はみんなの意識が高くなっているせいか少しずつ減ってきているなァ」
部下:「ああ、そうかもしれませんね」
リーダー:「以前は夜の8時を過ぎても残業しているスタッフがいたけど、今は特殊な用事がない限り時間外に残らないような風潮が定着してきたんじゃないか」
部下:「そうですねェ。いい傾向ですね」
リーダー:「まったくだ。一時的に残業が増えることがあっても、恒常的に残業が多い人は脳の基礎体力が劣化しているというデータがあるそうだ」
部下:「え、そうなんですか?」
リーダー:「うん。そうすると論理思考力が落ちていくから、心身ともに疲れてくるようで、私たちとしては何としても、そういうスタッフが一人でも減ることを考えていかなきゃと思ってる」
部下:「確かに、そうですね……。私も気をつけないといけません。気がつくとすぐに夜の8時まわってますから」
リーダー:「本当に気をつけてくれよ。昔は残業してる人を見ると、『頑張ってるなー』なんて思ったものだが、今は『きちんと工夫して仕事をしてるのか?』と聞きたくなるもんな」
部下:「時代は変わりましたねー」
このような会話をそばで聞かされた人たちは、「ヤバイな」「早めに帰ろう」「これからは付き合い残業しなくて済むのかも。ラッキー」と考えるかどうかはわかりませんが、確実に「残業をできる限り減らさないといけないんだ的な空気」は感じるはずです。言語化して意識できているかどうかは別にして、です。脳のミラーニューロンは反応しています。
冒頭に書いたとおり、すぐに結果を出せる方法ではありませんが、いったん「空気」を変えてしまえば、新しいメンバーが入ってきたとき、直接本人に言い聞かせなくても、そこに漂う「空気」が本人を染めてくれるはずです。
エア・コーチングの留意すべきポイント
エア・コーチングの留意すべきポイントは、1つだけです。「完璧を目指さない」こと。これだけです。全員に効き目はありません。たとえあなたが「コーチング」を勉強し、何年ものあいだ鍛錬を繰り返してプロフェッショナルに負けないスキルを体得したとしても同じことでしょう。組織全員を変えるのは現実的ではありません。
そもそも「完璧でなければダメだ」という発想自体、組織内の空気を悪くします。何事においても個人が完璧でなくたって、組織で結果を出すことはできます。組織が組織たるゆえんとも言えます。