【相模原市】巨人伝説を巡る旅!75年ほど前の航空写真に足跡らしきものが…これホント?
はらぺこライターの旅人間です。今回は巨人伝説について。
日本各地には昔から伝わる不思議な話、興味深い地名がいくつも残っています。その中でも特に異質で興味深いが「巨人に関する話」ではないでしょうか。
人気アニメ『進撃の巨人』が話題になりましたが、日本に伝わる巨人伝説とは、一体どんな内容なのか、神奈川県相模原市を巡ってみました。
JR淵野辺駅から7分ほど歩いた県道57号線沿いに「じんだら沼」の標識が見えます。実はこれが巨人伝説を語るうえで、とっても大事なカギとなる場所です。
そもそも巨人とは…?
古くから日本に伝わる巨人は、一般的にダイダラボッチと呼ばれています。
その語源は諸説あるようですが大太郎法師(一寸法師の反対の意味)が訛り、ダイダラボッチ、ダイダラボウシと呼ばれるようになったのだとか。
地域によって呼び名は異なり、相模原市では「でいらぼっち」と呼ばれています。
巨人伝説を調べていると、日本各地から面白い話が次々に出てきます。
富士山を作るため、甲州の土を取ったので甲州は盆地になった。また、富士山を作るために掘った跡が琵琶湖。足がもつれよろけ左手をついたのが浜名湖に…。相模原市では、富士山を背負って歩いて来たという話が伝わっています。
「さすがに、それは…」
…と、突っ込みたくなりますが、相模原市の方に話を聞くと、「でいらぼっち足跡」と伝わる沼や窪がいくつもあったのだという。
気になります。
相模原市「でいらぼっち伝説伝承地」へ
でいらぼっち足跡と伝わる場所の中で特に有名なのが淵野辺駅付近にある「鹿沼」「菖蒲沼」、そして「じんだら沼」でした。
ここは伝説に登場する主な場所としても知られています。
その沼のあったと伝わる場所に行ってみると…
現在は、土地開発によって、沼はありませんでした。「じんだら沼」も閑静な住宅街の中に標識のみ。当然と言えば当然ですが、時の流れと共に景観は大きく変わっているのです。
しかし、鹿沼公園には「かぬま」と記された石碑の他、巨人伝説の名残を残す面白い演出がみられます。それは…
この「鹿沼公園案内図」を見ると分かりやすいのですが、公園の中に大きな池があります。その池の形が「でいらぼっちの足跡」になっているというワケです。
しかし、大きすぎてパッと見ただけでは分かりません。まさか、この大きな池が足跡の形をしているなんて想像もつきませんよね。
池の周辺を歩いて一周すると10分以上かかるかな…。
上空から見ると足跡の形である事が分かります。
このように見ると本物の巨人の足跡に思えてきますが、これは伝説を後世に語り継ぐために作られたもの。実際の足跡ではありません。
ロマンに浸るには十分すぎますが、本来の伝説を紐解くと「でいらぼっち」の足跡の大きさは、この何倍も大きかったようです。
でいらぼっち足跡、その大きさは?
では、一体どんな大きさだったのか?
富士山を背負って歩いたほどの巨人の足跡…。スケールが大きすぎて想像がつきません。
ここで「でいらぼっち伝説」を簡単に見てみましょう。
これが相模原市に伝わる「でいらぼっち伝説」を簡単にまとめたもの。
ちなみに、「地団太を踏んで悔しがった」とありますが…
この地域の方言として、子どもがだだをこねることを「じんだちをふむ」(『上野原町史 下』参照)、いやがらせをすること「じんだらをかく」(『増補改訂 甲州方言』参照)と言うそうですが「じんだら沼」の名の由来に関係してそうですね。
でいらぼっちが地団太を踏んで悔しがり、この付近に大地が凹み、それが沼になったという感じでしょうか。しかし、現在は沼の形跡は全く見られません。
<地元の方の話には…>
●昔、ここは一面芽が生えていた沼で、いわゆる原っぱだった。
●雨が降ると沼に水が溜まり。学校から危険だから行かないように言われていた。
●子どもが沼で亡くなり、沼に行ってはいけないといわれた。
●冬には水が張りスケートを楽しんだ。
今では、想像がつきません。
古い写真を見れば、何か巨人伝説に関する具体的なヒントが見つかるのかも…
そこで「国土地理院ウェブサイト(外部リンク)」で相模原市の航空写真を調べてみることに。すると1947年(75年前)の航空写真に気になるものが…。
それは白っぽく見える部分。仮にこれが「地元の方が言う沼」だとしたら、確かに見方によっては足の形に見えなくもありません(分かりにくいですが…)。
もちろん、憶測です。
ここで、イメージとして「足跡」を入れてみると…
実際はもっと大きかったのかもしれませんが、なんとなく雰囲気が出てきます。
現代の航空写真でも同じようにイメージを入れると…
このような感じになりました。あくまでイメージです。
繰り返しますが、この足跡は勝手な憶測です。地元の方から教えて頂いた声、そして相模原市立図書館での資料を閲覧、それらを元に航空写真からイメージを出したものです。
今回の調査では、これ以上の事は分かりませんでした。
ただ、相模原市には「でいらぼっち」に関する魅力的な場所が沢山残り、地図を見ながら順に巡ると本当に面白いことがハッキリしました。
「しょうぶ沼」の石碑は業務スーパー エ スポット淵野辺店の前にあります。
その石碑から東に少し歩くと「弁天神社」があり菖蒲沼龍神が祀られています。
その裏手には、もしかしたら当時のままの状態かしら?と感じられる茂みがあります。中に入る事は出来ません。
また、鹿沼公園にある「かぬま」の石碑の横には説明があり…
この雰囲気がちょっとイイ感じ。
そして、少し離れますが…鹿沼公園から南へ15分ほど車で移動した所にある相模原麻溝公園にも「でいらぼっち」に関する面白いスポットがあります。
ここには「グリーンタワー 相模原」という展望塔がありますので、ぜひ行ってみて下さい。展望塔は無料です。
この展望塔からの景色は素晴らしく、でいらぼっちが腰を下ろしたという大山が真正面に見えます。そして、下を見ると…
子供達が遊ぶ公園は、でいらぼっちの足の中にあります。面白いでしょ。
ちなみに、でいらぼっちの足跡と伝わる場所は相模原市にまだまだあります。ただ、その多くは埋め立てられているようです。時代の流れと共に、景観は変わって行きますが、ここは巨人の足跡が沢山あったと伝わる場所。果てしないロマンを感じますね。
巨人伝説を巡る旅、神奈川県相模原市は魅力でいっぱいでした!
公園が多く、緑豊かでとっても素晴らしい場所ばかり。もし巨人伝説を巡る旅をするなら、展望塔のある「相模原麻溝公園」から車で5分ほどの場所に「たまご街道」があります。ランチはここがおすすめですよ。
最後に…
巨人は物語に登場する空想の存在として見がちですが、一説によると「国造りの神に対する信仰」だとも考えられています。
つまり、大きな力を持った大男が山や沼を作ったという考えではなく、山や沼など自然地形を創造した偉大な神に対する信仰という考え方です。
その信仰は時代と共に変化し、衰退していきます。そして偉大な神は次第に ”力持ちで大足の巨人”となり、「大地を堀って山と湖が、足跡が沼に」といった伝説に変化していった。このようにも考えられるのだとか。
もちろん、大きな沼や窪地が巨人の足跡に見え「巨人の足跡」と語り継がれるようになった。そんな可能性もあります。いや、本当に実在していた可能性も否めません。
真実は分かりません。すべて謎のままです。
ただ、私は巨人が存在したと心の中で信じたい。そして、伝説を巡る旅はやっぱり面白い。
相模原市「でいらぼっち伝説伝承地」
航空写真は全て「国土地理院ウェブサイト(外部リンク)」から引用し一部加工しています。
(整理番号:CKT20191-C76-74)(整理番号:USA-M376-No2-62)
参考サイト:「相模原市登録文化財(外部リンク)」
取材協力:相模原市総合メディア戦略推進課、相模原市立図書館の皆さま
参考文献:『さがみはらのふるさと絵本 でいらぼっち』『神奈川県の伝説』『相模原民話伝説集』『橋本郷土研究資料 復刻版』『相模原 名跡とむかしばなし』『上野原町史 下』『増補改訂 甲州方言』