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西郷隆盛も被災した「安政江戸地震」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
かわら版・鯰絵にみる江戸・明治の災害情報:石本コレクションから:東京大学

 関東地方の南部で周期的に繰り返し起きる巨大地震を「南関東直下地震」という。1923(大正12)年の関東大震災では、死者・行方不明者10万5000人以上を出した。また、1855(安政2)年の幕末の江戸で起きた「安政江戸地震」もこのタイプだ。

安政江戸地震とは

 西郷隆盛を主人公にした大河ドラマにも出てきたのが安政江戸地震だ。近世の大都市で起きた直下型の地震として知られるが、将来予想される首都圏での地震に対しても貴重な資料となるとされ、長く研究対象になってきた。同じような地震は、100年あたり2〜3回の頻度で起きてきた。

 この安政江戸地震は、1855年11月11日午後9〜10時ごろ(旧暦では10月2日の夜四ツ時)に起きた。死者は7000人以上(一説では4626人もしくは約1万人)、全壊家屋は約1万4000棟とされ、幕末の江戸のこともあってかこの地震の記録は多い。

 安政江戸地震の前には、全国各地で火山噴火や地震などが頻発し、米国艦隊とペリーの来航などで世相が騒然とし始めていた。首府の江戸で起きた地震に対し、幕府は比較的迅速に救済活動を展開している。その後、いわゆる「鯰絵」という印刷物が出回り、庶民の防災感覚が形作られていったりするが、こうした記録に基づいた江戸庶民の心理研究などもある(※1)。

 近世に起きた記録も多く残されている地震のわりに、安政江戸地震のメカニズム、震源、深さなどについてはまだよくわかっていない。南関東での地震には大きく5つのタイプがあると考えられ、この地震はフィリピン海プレートの内部で起きる「スラブ内地震」のタイプではなかったかと推定されている。

 地震の規模はM7.0〜7.1、震源は東京湾北部(東京湾北端から千葉県北東部)、深さは70キロメートル程度(※2)と考えられ、これは現在の港区から中央区、台東区、墨田区などの北東にかけて大名屋敷や寺社仏閣の被害が多くなっていることからも推測できるようだ(※3)。このことからも将来、首都圏で起きるであろうM7クラス最大震度6強の直下型地震のモデルとして安政江戸地震をとらえることができる。

 一方、これまでの研究では、地震のタイプ(プレート境界かプレート内か地殻内かなど)や震度評価などで議論がまとまらず、震度の分布の場所と広がりとの矛盾なども指摘されてきた。特定の地震が発生した場合、どのくらいの強い揺れに見舞われるかの予測(強震動予測)について、安政江戸地震の分析も少ない。

 正確な測定機器などがない時代で歴史資料からの類推によるしかないため仕方ないとはいえ、同じような地震が起きた場合の首都圏への被害予測を推定するためにも議論を収束させる必要がありそうだ。揺れの広い周波数(広帯域)で地震動が長期的に起きた場合、高層ビルや橋梁などが共鳴し、甚大な被害につながる。首都圏直下型の地震では、こうした広帯域の長期震動に見舞われる可能性が高い(※4)。

千葉県中部地震モデルか

 これについて2016年に発表された論文(※5)では、震源から観測地点までの地震波の応答特性を高精度に評価できる方法を用い、安政江戸地震は2003年5月23日に千葉県中部で起きた地震の震度分布が参考になることを示している。そして、千葉県中部の地震モデルと別の2つのタイプの地震を比較評価し、地震の大きさ(M7.1)を仮定することで、安政江戸地震と同じような地震が首都圏南部で起きた際の広帯域の強震動予測をしたという。

 その結果、大手町、新宿、千葉などでは地震の波動が1〜2秒周期となり、東西の揺れは0.6〜2秒周期で1923年の関東大震災よりも大きくなると考えられた。東西南北水平の最大速度の平均値は関東大震災時と同程度と推定されたが、強震動の共鳴により1〜2秒周期の振幅のパルス波(指向性パルス、キラーパルスなど)が起きることが特徴的という。

 こうしたパルス波は特に中低層ビルへ被害を及ぼすことが知られているが、研究者は首都圏の超高層ビルの約半数は1.5〜2.5秒の周期性を持つため、このパルス波の影響を無視できないのではないかと警告する。

 ドラマでは江戸の島津藩邸が倒壊し、島津斉彬や西郷どん、篤姫らも被災した。安政江戸地震と同じような地震が首都圏で起きた場合、さらに大きな被害が出ることが予測される。

※1-1:Gregory Smits, "Shaking up Japan: Edo Society and the 1855 Catfish Picture Prints." Journal of Social History, Vol.39, No.4, 2006

※1-2:福田周、「鯰絵にみる震災体験の心理的関与によるイメージ化過程」、死生学年報、第10巻、207-236、2014

※2:中村操ら、「1855年安政江戸地震の被害と詳細震度分布」、歴史地震、第26号、33-64、2011

※3:都司嘉宣、「安政江戸地震(1855)の被害からみた江戸市中の詳細震度分布と大正関東震災(1923)との共通性について」、公益財団法人深田地質研究所年報、第16巻, 117-134、2015

※4:M Kano, et al., "Seismic wavefield imaging of long-period groundmotion in the Tokyo metropolitan area, Japan." Journal of Geophysical Research, Vol.122, No.7, 5435-5451, 2017

※5:佐藤智美、「経験的グリーン関数法に基づく1855年安政江戸地震の広帯域震源モデルと首都圏及び広域での強震動の推定」、日本建築学会構造系論文集、第81巻、1423-1433、2016

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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