Yahoo!ニュース

アフガニスタンでのターリバーンの全権掌握に感化されたシリアのアル=カーイダは何を目指しているのか?

青山弘之東京外国語大学 教授
Ruptly、2021年8月17日

アフガニスタンで8月15日、ターリバーンが首都カーブルに入り、翌16日に全権を掌握した。2001年の9・11事件を受けて米国主導で始められた「テロとの戦い」で世界各地へと散っていったアル=カーイダのメンバーらは、ターリバーンによる政権再掌握に歓喜している。

なかでも、2011年の「アラブの春」波及によって発生したシリア内戦の混乱に乗じて、シリアに参集し、さまざまな組織を結成することになった彼らは、攻勢再開への意欲を示している。

その一方、シリア内戦への干渉を通じて、シリア北部を占領下に置くようになったトルコがアフガニスタンの政変に乗じて傭兵の派遣を模索しているとの情報も流れている。

シャーム解放機構(シリアのアル=カーイダ)

トルコのイスタンブールを拠点とする反体制系サイトのシリア・テレビや英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団などによると、シリア北西部のイドリブ県一帯地域で、ターリバーンの全権掌握を受けて、これを祝う動きが目撃されるようになった。

同地は、体制打倒を通じた自由と尊厳の実現を目標とする「シリア革命」の支持者らが「解放区」と呼ぶ地域である。その軍事・治安権限を握るのが、シャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)である。彼らはアル=カーイダとの関係を否定し、「シリア革命」の旗手を自認している。だが、国連や米国を含む主要な国々は、彼らを「シリアのアル=カーイダ」とみなしている。

シャーム解放機構は、トルコが支援する国民解放戦線(Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)とともに「決戦」作戦司令室を結成し、シリア・ロシア両軍に対峙している。また、シリア救国内閣を名乗る組織に中心都市であるイドリブ市などの支配を委託している。

ターリバーンの全権掌握を祝う動きは、シャーム解放機構のメンバーと支持者らによるものだ。彼らは、車列を組んでイドリブ市内を巡回し、拡声器を通じて歓喜の声をあげ、祝砲を放ち、市内の複数の市場で住民にお菓子を配るなどした。多くの住民はこうした動きを不快に感じているというが、それに抗う術もない。

シャーム解放機構の幹部らも続々とターリバーンに祝意を表明した。

ターリバーンがカーブルに進攻を本格化させた8月15日、イラク人幹部の一人アブー・マーリヤー・カフターニー(本名マイサル・アリー・ムーサー・アブドゥラー・ジャッブール)はSNSを通じて次のように祝意を示した。

イスラームのウンマに対して占領者どもに対する我らが同胞学徒の勝利の祝意を表明する…。

ターリバーンの勝利はイスラーム教徒の勝利であり、スンナの民の勝利、不正に喘ぐすべての人々の勝利である。

カフターニー(Baladi-news.net、2020年7月27日)
カフターニー(Baladi-news.net、2020年7月27日)

シリア人幹部の一人で組織の法務官を務めるマズハル・ワイスも以下の通り表明した。

20年前にアフガニスタンで崩壊が起きた時、我々の心は悲しみで満ちていた。だが今、アッラーのおかげ、そしてターリバーンの犠牲と忍耐のおかげで形勢は変わった。彼らの背後にいるのは偉大で才能に満ちた国民だ…。

我々はそこでのアッラーの勝利に歓喜している。この喜びがシャームのくにぐに、イラクなど、不正に苦しむ抑圧された我らがウンマにおいて広まることを…アッラーに願ってやまない。

ワイス(Enabbaladi.net、2020年6月26日)
ワイス(Enabbaladi.net、2020年6月26日)

指導者であるアブー・ムハンマド・ジャウラーニーは沈黙を続けている。だが8月18日、シャーム解放機構が公式声明を通じて祝意を示した。内容は以下の通りである。

大いなる喜びをもって、我々はアフガニスタンにおける我らが住民が喚起するニュースを受け取った。アフガン国民よ、確固たる征服と力強い勝利おめでとう。真理は勝利する。たとえ時間が経とうとも。占領者は自らが蹂躙した土地に留まることはない…。真理が衰えたり、死んだりすることはない…。歴史は自由なる意志と確固たる決意の勝利を目の当たりにしている。

我々はシリア革命のなかにあって、抵抗とジハードを選択することにこだわったこの生きた経験、そして実際に目にすることができるこの先例から、不屈と不動の精神を触発され、犯罪者体制とその支援者どもを打倒することで表される自由と尊厳を達成したい。

ターリバーンの政権掌握は、国際社会、そしてバッシャールとその支援者どもの犯罪に沈黙する諸外国にとっての教訓であり、チャンスだ。なぜなら、諸国民の意志を支援し、その要求を尊重し、死刑執行人どもの側につかないよう促しているからだ。

シャーム解放機構声明(Twitter (maabdwalshamee1)、2021年8月18日)
シャーム解放機構声明(Twitter (maabdwalshamee1)、2021年8月18日)

ジハード調整

「解放区」で活動するアル=カーイダ系組織は、シャーム解放機構だけではない。それ以外にも、国民解放戦線に属するシャーム自由人イスラーム運動、中国新疆ウィグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党、新興の組織であるフッラース・ディーン機構などが活動を続けている。また、「解放区」での活動はほとんど観察されないが、イスラーム国もアル=カーイダの系譜を汲んでいることは周知の通りである(「ガラパゴス化するシリアのアル=カーイダ系組織」を参照)。

このうち、シャーム解放機構との闘争に破れて消滅、あるいは地下に潜伏していたジハード調整、グラバー師団、ジュヌード・シャームを名乗る三つの組織が息を吹き返したかのように、次々と声明を出し、ターリバーンの全権掌握に支持を表明した。

ジハード調整は、シリア人(アレッポ県出身)でシャーム解放機構の幹部の一人だったアブー・アブド・アシュダー(本名アブドゥルマイーン・カッハール)氏が2019年9月に組織の腐敗を理由に離反し、結成した組織だ。

2020年6月、フッラース・ディーン機構の主導のもと、アンサール戦士旅団、アンサール・イスラーム集団、アンサール・ディーン戦線といったアル=カーイダ系組織、そしてシャーム解放機構の主戦派の元メンバー(ウズベキスタン人のアブー・サーリフ・ウーズビキー(本名スィロジディン・ムフタロフ)ら)とともに「堅固に持せよ」作戦司令室を結成し、シリア・ロシア両軍に対する徹底抗戦の意思を示した。これに対し、シャーム解放機構は離反した元幹部の摘発や武力攻勢を通じて「堅固に持せよ」作戦司令室を圧倒、「決戦」作戦司令室の裁定に基づかない軍事組織の結成を禁止するとして、組織を解体に追いやった。

アシュダー(Syria.TV.net、2019年9月11日)
アシュダー(Syria.TV.net、2019年9月11日)

これにより、ジハード調整は消滅したかに思われていた。だが、8月16日に次のような声明を出した。

十字軍に対する偉大な勝利、アッラーのためのジハードから20年を経て、彼らはアフガニスタンから屈辱を味わい、面目を失って出て行った。

グラバー師団

イドリブ県西部で活動し、オマル・オムセン(別称ウマル・ディヤービー)を名乗るセネガル出身のフランス人が指導するグラバー師団も8月16日に次のような声明を出した。

我らがターリバーン同胞よ、シャームのくにぐにのムジャーヒディーンは、長年の忍耐と犠牲を経てこの確固たる勝利を収めたあなた方に祝意を述べる。あなた方は誇りと名誉の源泉であり、イスラームのウンマの手本である。

グラバー師団声明(Aljanad.net、2021年8月20日より転載)
グラバー師団声明(Aljanad.net、2021年8月20日より転載)

オムセンは、2010年代半ばにシリアやイラクに戦闘員として潜入したフランス語話者の約80%のリクルートに関与したとされている。だが、2020年8月にシャーム解放機構によって拘束されていた。なお、米国は彼を2016年9月に特別指定グローバル・テロリスト(SDGT)に指定している。

オムセン(Enabbaladi.net、2018年11月26日)
オムセン(Enabbaladi.net、2018年11月26日)

ジュヌード・シャーム

ラタキア県北東部やイドリブ県西部で活動するジュヌード・シャーム(シャームの兵)も8月16日に声明を出し、祝意を述べたうえで、次のように表明した。

我々はシャームにおいて自らのジハードを継続する。アッラーに見え、その果実を手にするまで。

ジュヌード・シャームは、2012年にジョージア出身のムスリム・アブー・ワリード・シーシャーニー(本名ムラド・イラクリエビッチ・マルゴシュヴィ)がカフカス地方出身者(いわゆるチェチェン人)らとともに結成した武装組織である。彼らもまたシャーム解放機構から組織を解体して、メンバーとして合流するか、活動地から退去するよう求められていた。米国は2014年10月2日に彼をSDGTに指定している。

シーシャーニー(Georgianjournal.ge、2019年2月25日)
シーシャーニー(Georgianjournal.ge、2019年2月25日)

アフガニスタンへの帰還はあるのか?

ターリバーンの政権掌握を受けて、欧米諸国では、アフガニスタンが再びアル=カーイダをはじめとする国際テロリストの温床となることへの懸念が高まっている。

シリアを含む世界各地に離散している彼らがアフガニスタンに帰還するか否かについては、引き続きその行動を注視する必要があろう。だが、シャーム解放機構、ジハード調整、グラバー師団、そしてジュヌード・シャームの声明を見る限り、20年という歳月を経て政権奪還を実現したターリバーンを手本とし、シリアを含む世界各地での活動を継続することを鼓舞する内容となっており、帰還や転戦の意思は示されていないようだ。

一方、シリア人権監視団は8月22日、「複数の消息筋」から得た情報として、シリア北部を占領するトルコの治安機関が、一部反体制武装集団に対して、アフガニスタンに派遣するための戦闘員数百人を手配するよう要請したと発表した。傭兵である。

トルコがこれまでにも、リビアやアゼルバイジャンにシリア人傭兵を派遣してきたことは広く知られている。「複数の消息筋」によると、今回戦闘員の手配を要請されたのも、これらの国にメンバーを送り込んできたシリア国民軍を主導するスルターン・ムラード師団、ハムザ師団などの武装集団だ。任務は、米軍が撤退した後のカーブル国際空港の警護だという。

シリア国民軍は、前述したTFSAと呼ばれる国民解放戦線の「上部組織」、ないしは「本体組織」に位置づけられる武装連合体で、シリア北部でトルコの軍事、治安、警察活動を支援している。

戦闘員の手配を要請されたシリア国民軍諸派は、ターリバーンとの戦闘が想定される任務が危険だとして拒否の姿勢を示しているという。だが、シリア国民軍には、シャーム解放機構、イスラーム国のメンバーだった過去を持つ戦闘員を多く擁する東部自由人連合なども名を連ねている。

リビアやアゼルバイジャンに向かったシリア国民軍の戦闘員は、トルコから支払われる手当が目当てで傭兵となった。金銭に加えて、アフガニスタンでの「勝利」という大義をちらつかせることで、シリア国民軍内の過激分子をシリア北部から排除することができれば、トルコはシリア国民軍をこれまで以上に従順な組織とすることができるだろう。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

青山弘之の最近の記事