わずか7年しか使われなかったログハウス風駅舎 根室本線 糸魚沢駅(北海道厚岸郡厚岸町)
近い将来廃止する駅にはできるだけお金をかけたくない。鉄道会社がそう思っているであろうということは容易に想像がつく。逆に言えば、わざわざお金をかけて駅舎を建て替えた駅は当分存続させる意思があると見なすこともできる。平成27(2015)年1月29日に根室本線糸魚沢駅の新駅舎が使用開始された時も、筆者をはじめとした鉄道ファンは糸魚沢駅が当面は存続するであろうことを信じて疑わなかった。だが、糸魚沢駅は駅舎の建て替えからわずか7年4カ月で廃止の日を迎えることになったのである。
糸魚沢駅は大正8(1919)年11月25日、釧路本線が厚岸から厚床まで延伸した際に開業した。駅舎は昭和25(1950)年11月29日に建て替えられ、この2代目駅舎が64年に渡って使用された。2代目駅舎は屋根が二段になった珍しい形状のもので、鉄道ファンからも人気があったが、老朽化のため一部を解体して右隣に新駅舎が建てられた。駅舎の建替えについては、旧駅舎を惜しむ声があった一方で、「駅舎が建て替えられたということはこの駅も当分は廃止にならないのだろう」と安堵する声もあった。
だが、3代目駅舎への建て替えからわずか8か月後の平成27(2015)年9月30日、糸魚沢駅の運命は急転する。この日、JR北海道は経営改善のために利用の少ない列車と駅を見直すと発表したのだ。見直し対象となったのは一日平均乗車人員が10人以下の駅で、糸魚沢駅もこの対象に含まれていたのである。その後、北海道では毎年のダイヤ改正で多くの駅が廃止になり、令和4(2022)年3月12日には糸魚沢駅も102年4カ月の歴史に幕を閉じた。廃止後、ホームは撤去されたが、駅舎は廃止から一年半以上が経った今も現存している。
筆者は現役時代の平成30(2018)年8月18日と廃止後の令和5(2023)年10月14日の二度、糸魚沢駅を訪れている。現役当時と廃止後の写真を見比べてみると、駅舎から駅名と外灯が消えて窓が塞がれ、隣の物置が消えた以外は大きな変化がない。廃止後に解体される駅舎が多い中、一年半が経っても駅舎が現存しているのは珍しいが、7年しか使っていない駅舎を解体するのはさすがにJRも忍びなかったのだろうか。外観からは窺えないが、ひょっとすると内部は何かしら活用されているのかもしれない。
見苦しい写真で恐縮だが、駅舎内はお世辞にも広いとは言えなかった。小窓がある側の壁に沿ってベンチが2脚置かれ、反対側の壁は掲示で埋め尽くされていた。筆者が訪問した時点で駅舎は築3年7カ月。訪問から3年7カ月で廃止を迎えたので、ちょうど3代目駅舎の短い現役時代の折り返し地点とも言うべき時期に訪れたことになる。築浅なのでもちろん内部は綺麗だった。駅舎内にあった駅ノートは廃止後、厚岸町海事記念館に収蔵されている。
せっかくなので、この時点での時刻表も貼っておこう。停車する列車は下り根室方面が4本、上り釧路方面が5本。上りのみ早朝の列車が停車していた。花咲線では隣の茶内駅で行き違いをするダイヤが組まれているので、根室行きの2~30分後に釧路行きが来るという分かりやすい時刻表だった。
駅舎のホーム側は駅前側と線対称のデザインで、駅名表示だけが大きく違っていた。なぜホーム側のみJRのロゴがあったのかはよく分からない。廃止後に厚岸町海事記念館で行われた企画展では駅名標も展示されていたそうなので、こちらも駅ノートと共に厚岸町の手で保管されているのだろう。
筆者が訪問した際、駅舎のホーム側の引き戸にはメスのクワガタムシがしがみついていた。自然の豊かな駅を巡っていると、虫を目にすることが多いが、クワガタムシに出会ったのは数えるほどしかない。
ホームは単式1面1線。かつては反対側にもホームがあって行き違いが可能だったが、国鉄時代に撤去されており、草に埋もれた線路の分岐だけがその面影を留めていた。駅前には国道44号線が通り、簡易郵便局やカフェもある集落の西の外れという立地で、いわゆる「秘境駅」という感じの駅ではなかったのを覚えている。
筆者は17時22分の根室行きで下車し、17時43分の釧路行きまで20分ほど滞在した。糸魚沢駅はこの時点で見直し対象駅のリストに入っていたのだろうが、「駅舎も新しいのでまさか廃止にはなるまい」と筆者も思っていたので、3年後に廃止報道を聞いた時には驚いた。廃止後も駅舎が残っているのが救いだが、まだまだ使えそうなのに7年で廃止されてしまったのは実にもったいないと感じる。短命だった駅舎が今後、何らかの形で活用されるのを願うばかりだ。