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働き方の選択 非正規雇用の選択の先にある将来の保障はどうなっているのか 生涯賃金からみた一つの現実

足立泰美甲南大学経済学部教授/博士「医学」博士「国際公共政策」
(写真:イメージマート)

業務範囲が明確で、特定のスキルと職務に集中でき、責任も決して重くなく、ライフスタイルに合わせた柔軟な働き方が実現できる。そんな働き方をしたく、非正規雇用を選択する人は多いだろう。実際に、不本意で非正規雇用を選択する割合は、減少傾向にある。総務省「労働力調査」及び労働政策研究・研修機構「非正規雇用の現状と課題」によれば、2023年では、不本意非正規雇用者の割合は非正規雇用労働者全体の約9.6%であることが報告されている。

選択した働き方 正規雇用に対し非正規雇用を選択する。生涯賃金からみたリスク

我々が、40年以上にわたって勤務した場合に生涯得らえる賃金はどの程度であろうか。厚生労働省の「令和4年 賃金構造基本統計調査」の報告によれば、正規雇用であれば約2億7,000万円出ると概算している。だが、非正規雇用であれば、年収306万円を基準に40年間働くとした場合の金額が、生涯賃金で1億2,240万円とされ、その差は1億4,760円であることを算出している。そしてその非正規雇用が、我が国において、増加の一途を辿っている。労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較」によると、2023年現在、日本の非正規雇用労働者は全労働者の3分の1以上にまで達している。この値は、ドイツの20%、フランスの15%、米国の17%等の諸外国と比べて、高い水準である。

非正規雇用の増加 そこには様々な要因が絡み合う

我々の生涯には、結婚して出産し、家事や育児、そして介護に直面し、非正規雇用を選択するのが最も望ましいと考え、選んできた人も多くいるであろう。だが、非正規雇用への選択には、個人の環境だけでは抗いきれない社会の変化もある。

2010年以降、長期的に増加し続ける非正規雇用は、2020年に一時的に減少はしたものの、現在、逓増傾向にある。そこには様々な要因が絡みあう。かつて、バブル崩壊が起きた1990年代初頭。コストの削減を迫られた企業は、非正規雇用を増やした。2000年代に入り、世界的に金融危機が襲ったリーマンショックでは、多くの企業が経済の動向が見えずにいた。なかでも、製造業を中心に起きた派遣切りは社会問題にまで発展した。そして、現在も、グローバル競争が激化するなかで、技術革新も拍車となり、迅速な対応が求められる企業においては、非正規雇用を増やしてきている。

経済変動だけではない。繰り返し行われる法改正によって、雇用の規制緩和が進む、例えば、労働者派遣法の改正がある。1985年当初、専門業務に特化していた労働者派遣法は、2000年直前の法改正で、適用対象業務を大幅に拡大し、派遣労働が一気に広がった。そこに1990年代半ばから、緩和されてきた有期雇用契約の規制による影響が非正規雇用の増加を招く。これによって、企業は労働者を短期間で契約することが可能となった。高齢化が進む昨今では、高齢者雇用安定法の改正によって、非正規雇用で働き続ける60歳以上の従業者も増えてきている。

増加の一途を辿る非正規雇用。そこには、雇用の保障は守られているのか

増え続ける非正規雇用。非正規雇用の待遇改善は、諸外国で、かねてから取り組まれてきた。EUでは、2008年の有期労働指令やパートタイム労働指令がある。ドイツでは、パートタイム・有期雇用法が、フランスでは労働法典に基づく非正規雇用への同等の雇用が挙げられる。我が国においても、2020年にはパートタイム労働法の改正が施行され、それによって、待遇改善も図られてきた。例えば、不合理な待遇差の禁止だ。企業は、基本給、賞与、各種手当や福利厚生のなかで正規雇用との間で不合理な待遇差を設けることが禁止された。もし待遇に差が生じていると感じるならば、事業主に、その説明を求められるようになった待遇に関する説明義務の強化も行われた。そして、トラブルに発展した場合には、無料でかつ非公開で、紛争解決手続きが行われるよう整備された。これは中小企業においても、翌年の2021年に適用され改善されてきた。確かに、非正規雇用への待遇は繰り返し検討がなされてきた。

今後の非正規雇用はどうなるのか。不安高まる将来設計

若年層においても、非正規雇用の割合は、増加傾向にある。総務省「労働力調査(詳細集計)」によれば、1990年代以降の若年層(15~34歳)の非正規雇用の割合は、比較的低かったが、バブル崩壊後の景気低迷によって、増えることとなった。2000年代には、若年層を中心に、非正規雇用の割合が急増した。2000年代初頭には約20%だった非正規雇用の割合が、2009年には約30%に、2015年には約35%に達した。そして、このような非正規雇用の待遇は改善されているとはいえ、非正規雇用は正規雇用に比べキャリアの発展が難しいなかで、長期の職業成長やスキルの向上が期待できないことも問われてきた。また、将来の生活も懸念される。厚生労働省の「令和4年 賃金構造基本統計調査」によれば、1990年代、非正規雇用者の生涯賃金は正規雇用者の約60%程度であったのが、非正規雇用の割合が増える2000年代には、非正規雇用と正規雇用の生涯賃金の差が拡大している。2010年代には、非正規雇用者の生涯賃金は正規雇用者の約50%程度にまで生涯賃金が低下し、2020年代に入ると、正規雇用者の約45%程度にまで至り、その差は縮まらない。このように、非正規雇用者の生涯賃金は長期的に見て減少傾向にあり、正規雇用者との賃金格差が広がる。将来の人生設計をはじめ、繰り返し見直しが行われているとはいえ、年金や健康保険等の社会保障の恩恵が受け難いなかで、老後の生活への不安は払しょくできないのではないだろうか。

甲南大学経済学部教授/博士「医学」博士「国際公共政策」

専門:財政学「共創」を目指しサービスという受益の裏にある財政負担. それをどう捉えるのか. 現場に赴き, 公的個票データを用い実証的に検証していく【略歴】大阪大学 博士「医学」博士「国際公共政策」内閣府「政府税制調査会」国土交通省「都道府県構想策定マニュアル検討委員会」総務省「公営企業の経営健全化等に関す​る調査研究会」大阪府「高齢者保健福祉計画推進審議会」委員を多数歴任【著書】『保健・医療・介護における財源と給付の経済学』『税と社会保障負担の経済分析』『雇用と結婚・出産・子育て支援 の経済学』『Tax and Social Security Policy Analysis in Japan』

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