深刻化する人手不足への高年齢者社員の戦略化のススメ 生涯現役で働ける職場環境とはいかなるものか
深刻化する中小企業の人手不足とシニア世代への期待
日本商工会議所及び東京商工会議所は、全国47都道府県の中小企業6,013社を対象に令和6(2024)年1月に実施した調査で、2,988社(回答率:49.7%)より得られた結果から、3社のうち2社の企業が人手が不足していると回答しており、その割合は65.6%にも上ることを報告している。人材確保は、今や、企業にとって死活問題である。今いる社員に、いかにして長く働いていただくか。今後も、一層増えるであろうシニア世代。スキルと経験を持つ高年齢社員に、いかに第一線で働き続けていただくか、就業継続を目指した職場環境の整備は、どの企業にとっても重要な課題であろう。
かねてから、繰り返し見直されてきた高年齢者雇用政策
昭和47(1972)年の中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法を礎に、昭和61(1986)年に改正された高年年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以降、高年齢者雇用安定法とする)。平成6(1994)年には、定年を60歳とすることが義務付けられた。平成12(2000)年には、65歳までの高年齢者雇用確保措置の努力義務化が行われ、平成16(2004)年に企業に一定の経過措置がとられるなかで、平成24(2012)年には完全義務化となった。さらに、令和2(2020)年には、70歳までの就業機会確保措置の努力義務化へと改正され、繰り返し制度の見直しが行われてきた。現在、高年齢者雇用安定法において、65歳までの雇用確保を目的に、定年制の廃止、定年の引き上げ、もしくは継続雇用制度の導入のいずれかの措置を行うことを、企業に、義務付けている。これを、高年齢者雇用確保措置という。そして、70歳までの就業機会の確保が新たに設けられ、定年制の廃止、定年の引き上げ、継続雇用制度の導入等の高年齢者雇用確保措置に加えて、業務委託契約を締結する制度の導入と社会貢献事業に従事できる制度の導入という雇用以外の措置のいずれかの措置が盛り込まれ、高年齢者就業確保措置に努めるよう企業に義務付けた。
果たして、70歳まで働ける環境整備はどこまで行われているのか
令和5(2023)年に、厚生労働省は「高年齢者雇用状況等報告」を公表している。21~300人以上の中小企業219,987社及び301人以上の大企業17,019社を対象に調査した結果、70歳以上まで働ける制度のある企業は41.6%と報告している。その内訳をみると、定年制を廃止した企業は3.9%、70歳以上を定年とした企業は2.3%とわずかであるなかで、希望者全員が70歳以上まで働ける企業は10.9%、基準が設けられそれに該当する70歳以上継続雇用の仕組みのある企業が12.6%、業務委託等の企業の実情に応じて何らかの仕組みで働くことができる企業が11.9%。
問われる賃金制度、人事評価制度そして健康管理の見直し
制度を改正したから、はい、やりましょうというわけには、現実は思い通りにはいかない。現場の実態に反映させていくには、いかにして高齢社員の戦略化を図るかを、何度も検討を重ねていく必要があろう。例えば、高年齢社員の賃金制度は、今ある制度で対応できるのであろうか。また、人事評価制度には、どのように組み込んでいくのが望ましいのだろうか。それだけではない。高齢になればなるほど一人一人の健康状況は異なってくるなかで、高年齢社員の健康管理のあり方も問われてくる。一企業で考えるには課題が山積みだ。高年齢社員の就業継続をどうすべきか。その相談及び援助を、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(以降、JEEDとする)が、果たしている。令和5(2023)年時点で、JEEDは20,710事業所を対象に28,562件にのぼる相談及び助言を実施してきた。そのうち、70歳までの就業機会の確保を満たし制度の改善を提案した件数が8,000件を超える。これらのうち7割弱の企業が、JEEDからの提案を受けて見直しを図っている。相談及び助言をする実動部隊は、最新の知識から実践的なノウハウまで体系的に構成されたJEEDによる研修を経て、資格を取得したプランナー及びアドバイザーたちだ。
組織の再編は、様々なコストがかかる 知っているか否かで職場環境も異なるであろう補助金の存在
70歳までの就業確保措置を講じた場合に生じる課題と、その課題を解消するための組織の再編。その財源として、65歳超雇用推進助成金がある。助成金は、3つのコースで区分されている。例えば、定年の引き上げ、定年の廃止、継続雇用制度の導入、他社による継続雇用制度の導入等の高年齢者の雇用を講じる事業主に対して、被保険者数及び定年年齢の引き上げ年数に応じて、一定額が支給される65歳超継続雇用促進コースがある。また、認定された雇用管理整備計画に基づいて進めた場合に、必要な専門家への委託費やシステム等の経費に対して、一定額支給されるコースに高年齢者評価制度等雇用管理改善がある。さらには、認定された無期雇用転換計画に基づき、50歳以上かつ定年未満の有期契約労働者を、無期雇用に転換した場合に、対象労働者数に応じて支給される高年齢者無期雇用転換コースがある。
これら高年齢者による65歳超雇用推進助成金に対して、JEEDが主になって、65歳超継続雇用促進コース、高年齢者評価制度等雇用管理改善コース、高年齢者無期雇用転換コースのそれぞれに応じて、情報の周知が進められている。65歳超継続雇用促進コースでは、給付金の説明会に加え、事業主のニーズを踏まえた制度説明の動画をHPやYouTubeで配信している。そこには、審査・点検マニュアル等を用いた効率的な事務の実施の方法や、審査時に誤りの多い箇所の説明も動画に含まれている。令和5(2023)年には26,968事業所が説明会に参加し、2,940件の給付金の支給が行われ、その金額は16憶円を超える。JEEDは、給付金支給に要する処理時間の短縮化も図ってきた。また、高年齢者評価制度等雇用管理改善コースでは事例が紹介されている。事業主は生涯現役の職場を目指したが、高齢社員が定年後の処遇や賃金体系がない職場に不安を抱えていた。その場合には、アドバイザーが入り、高齢社員を対象としたキャリアパス制度を新たに導入することで継続雇用を図った。
とはいえ、申請手続きの複雑さ、適用範囲の制限、助成金額の限界、他の補助金との重複制限などの課題も出てきている。例えば、65歳超継続雇用促進コースには増加する人件費、制度導入の複雑さ、対象者が限定してしまうといった課題がある。高年齢者評価制度等雇用管理改善コースには雇用管理整備計画の認定の対応、他の助成金との重複制限、実施の負担が指摘されている。高年齢者無期雇用転換コースでは、無期転換のリスクや特例措置の複雑さが挙げられてきている。このような高齢者の活用に必要な環境整備 に対して、JEEDは、高年齢者活用企業の事例サイトも公表している。高齢者をうまく活用する企業(例えば、高年齢者活躍企業コンテスト入賞企業)の共通点と、なかなか活躍できない企業の課題。わからぬこと多い制度改正。だが、長きにわたって働いてくれた社員を、この先も大事にしていくのも経営者の務めであるならば、今ある職場を、より長く、より働きやすくするのも経営者の手腕であろう。