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かんぽ生命暴走と「手紙・はがき不振」の奇妙な関係

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
あれこれ複雑(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 かんぽ生命の保険の不適切販売が問題となっています。10日の記者会見で植平光彦社長が陳謝しました。同席した日本郵便の横山邦男社長も合わせて頭を下げたのです。「あれ?日本郵便って手紙、はがき、ゆうパックなどを配達している会社では?だったら何で保険の件で謝るのか」と不思議に思われた方もいらしたのではないでしょうか。実はその辺に今回の不祥事の背景が潜んでいそうです。

かんぽ生命自体は優良企業なのに

 かんぽ生命の失態の理由として過剰なまでのノルマに社員が追われたからという指摘がなされています。さほどに経営が苦しかったかというとさにあらず。小泉郵政改革で独立した同社は日本生命と売上高や総資産で日本一を競っている巨人。しかも社員数は同業大手の10分の1程度ですから普通は批判されるにせよ「儲かりすぎて殿様経営している」の側でしょう。

 他社と比較して不利な点がないでもありません。2000万円の加入限度額が設定されていたり、成長が見込める医療保険(がん保険など)へ単独参入もできないなど。しかしこうした規制は民営化の際に民間金融機関(銀行や生保など)が「民業圧迫だ」と批判しているから存在しているのです。

 実は文字通りの民営化はまだなされていません。かんぽ生命の株式65%は親会社(持株会社)の日本郵政が所有し、日本郵政株の57%を政府が握っています。国営(郵政公社)時代より緩和されているとはいえ実質的に政府保証のついた「日の丸生保」で同一条件で争うのは不公平という民間会社の主張に配慮した結果なのです。それでも16年に反対を押し切って当時の限度額1300万円から引き上げてもらうなど順風が吹いているはずなのに。

 かんぽ生命が少数で巨大企業たり得ているのは全国に2万局以上ある郵便局に営業を委託しているからです。小泉改革で郵政公社は、郵便事業、 郵便貯金(現在のゆうちょ銀行)、簡易保険(現在のかんぽ生命)および「窓口ネットワーク」の4つに分社すると決まりました。この「窓口ネットワーク」が郵便局で3事業の拠点として完全に切り離されます。要するに別の会社となったのです。

 確かにかんぽ生命が「窓口ネットワーク」へ販売を委託する以上、相当額の手数料を払わなければなりません。しかし代わりに人件費の大幅削減と全国津々浦々にあるネットワークが使えるのだから、その負担がつらいから過重ノルマを課すというのは道理に合わないはずです。

 民業圧迫批判に応じた措置も「日の丸生保」でなくなれば不要となります。超有望企業のかんぽ生命なのだから親会社(日本郵政)も売らない理由はないはずだし、政府とて法で決まっている「3分の1超の保有義務」を超えた株をさっさと売り払えばいい。財政難にあえいでいるのだから魅力的な収入源のはずです。

 でもそうしないし、できない。なぜでしょうか。

クローズアップされる12年の法改正

 今回の不祥事が起きた一因として小泉改革の筋書きが2012年の郵政民営化法改正で修正された点をあげる向きが結構います。「窓口ネットワーク」(郵便局)を郵便事業会社と合併し、新会社「日本郵便」を発足させたのです。10日の記者会見で日本郵便社長が陳謝したのは合併後の同社が委託された不適切販売に関わったとみなされたからです。

 旧公社の三事業のうち最も苦しんでいたのが郵便事業でした。本業の手紙やはがきの集配送などが電子メールやSNSなどの普及などで減少。加えていかなる過疎地でも全国一律の役務を提供する「ユニバーサルサービス」が義務化されていて不採算拠点からの撤退が許されません。経営のみの論理ではマイナスです。

 そこで少しでも効率化しようと12年の合併に至りました。かんぽ生命側からすれば今までの「窓口ネットワーク」(郵便局)から「日本郵便の郵便局」へ業務や営業の託し先が変更されたといえましょう。

 これは大変です。日本郵便は慢性的な営業不振で親会社(日本郵政)が株式100%をいまだ保有しています。売りたくても売れないのです。同じ親会社にぶら下がるかんぽ生命は必然的に郵便のマイナス部門を手数料で補う「稼ぎ頭」の役割をゆうちょ銀行とともに期待され、一層の収益拡大が重要課題として一挙に浮上してきました。このくびきから逃れようにも改正法が、かんぽ生命の全株式処分を義務から努力規定へと変更してしまったの難しいのです。

 郵便部門がもうかる体質になれば手っ取り早いのですが見通しは暗い。集配送は物流にカテゴライズされるので総合物流会社に脱皮できるのかがカギ。しかし手紙やはがきの頭打ちはどうにもならないので国内の不振を一挙に解決し国際的な物流会社へ飛躍しようと親会社の日本郵政が断行したのが15年の買収劇で、オーストラリアの物流最大手トール・ホールディングスを6200億円で買って日本郵便の子会社としました。

 世界に50カ国以上の拠点を誇り、特にアジア太平洋の物流網が魅力的と喧伝されたのです。それから約2年、日本郵政は17年3月期の連結最終損益を「289億円の赤字」と発表しました。トールの減損損失約4000億円計上が響いた形です。端的にいえば「6200億円のうち4000億円は回収できません」とあきらめたようなもの。生き馬の目を抜くような民間の鉄火場に公社時代の親方日の丸体質のまま出かけていっても翻弄されるのがオチのようです。

 結局「日本郵便を守れ」の大合唱に抗しきれず、かんぽ生命が暴走したとも推測できます。

なお道半ばの民営化

 ところで郵政民営化によって国民の暮らしがよくなったりサービスが向上したりしたでしょうか。ここでも「予定通り完全民営化していればよくなった。12年の『改悪』が諸悪の根源」から「そもそも民営化など不要であった」までさまざま。現在の郵政グループの複雑な資本関係を一から見直し、合わせてガバナンスを徹底させないと第二・第三の不祥事が起きてもおかしくありません。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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