トルコとのNATO交渉でスウェーデン政府を悩ませるものとは
NATO加盟申請中に、別の問題で政権辞任になりかけたスウェーデン。
野党からの法務大臣に対する不信任案決議は、なんとか否決で回避した。
グダレナ・アンデション首相を救ったのは、無所属のアミーネ・カカバーヴェ国会議員の1票だった。
だが、次の問題はすぐに浮上した。
カカバーヴェ国会議員がクルド系の議員であることで、NATO加盟申請のためのトルコとの交渉に暗雲が立ち込めている。
トルコのエルドアン大統領は、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟に否定的で、特にスウェーデンに対しては「スウェーデン議会にテロリストが座っている」という発言をしていた。
カカバーヴェ国会議員のことだ。
カカバーヴェ国会議員は、スウェーデンのクルド人の人権を守ることに力を注いでおり、スウェーデン政権には「エルドアン大統領の要求に応じないでほしい」と思っている。
エルドアン大統領にとっては、カカバーヴェ国会議員は面白くない存在だ。
その狭間にいるのがスウェーデン政権と、スウェーデンのマグダレナ・アンデション首相。
カカバーヴェ国会議員の票がないと、国会で可決に必要な数に満たない。
トルコに対して何かしら妥協をしないと、NATO加盟申請のプロセスが再開されない。
カカバーヴェ国会議員とトルコとの間に火花が散っていることは、不信任案が提出される前から分かっていたことだ。
だが、今回の騒動で改めて再確認され、周知の事実となった点が複数ある。
- カカバーヴェ国会議員の1票にスウェーデン政権が依存している
- 2021年にスウェーデン首相になったアンデション氏の当選の時にも、同議員の1票が欠かせなかった
- カカバーヴェ国会議員とスウェーデン政権の間で交わされていた「クルド人のための約束」が浮き彫りになった
- カカバーヴェ国会議員はトルコの要求に応じないで欲しいと願っている
- カカバーヴェ国会議員はこれからも自分の1票を有効活用しようとしている。つまり政権危機はまた起きるかもしれない
- カカバーヴェ国会議員の存在と1票の影響力の大きさが、今回の騒動でトルコにも国際社会にも明白に知られてしまった
これまでは、国際メディアでも「スウェーデン国会にクルド系の議員がいると、トルコが指摘している」程度の情報しか伝えられていなかった。
名前や顔写真、どういう経歴の持ち主なのか、彼女の1票の重さがどれほどかは、さほど注目はされていなかった。
野党の不信任案提出は、カカバーヴェ国会議員の存在を大々的に宣伝してしまったのだ。
政権と同議員の「約束」の内容も、さらに内容が詳しく報じられるようになった。
マグダレナ・アンデション首相が党首である社会民主労働党の秘書と、カカバーヴェ国会議員が、2021年11月に交わした誓約書だ。
そこには社会民主労働党が、クルド民主統一党(PYD)との協力を強化するという内容で、両者のサインがされている。
私が住むノルウェーでは、1人の国会議員が国の中東政治に大きな影響力を持つこと事態がまずありえないために、誓約書の存在自体が「かなり普通ではない」と報道されている。
スウェーデン公共局は6月8日の記事で、この書面の3つの問題を挙げている。
- クルド民主統一党(PYD)は「正当な対話パートナー」であるかのように表記されていること
- クルド人民兵組織の人民防衛部隊(YPG)を、過激派組織「「イスラム国(IS)」と闘う組織として称賛していること
- 人民防衛部隊(YPG)を「自由の闘士」と呼び、反対に彼らをテロリストと呼ぶことは受け入れがたいとしていること
この誓約書がトルコとの交渉にどれほど影響を与えるかどうか、スウェーデンやノルウェーの専門家の間では意見が分かれている。
来年のトルコ大統領選、NATO加盟申請の手続きを進めることなど、カカバーヴェ国会議員の存在以上に他の優先事項が両者にはあるためだ。どこかで妥協して加盟には至るだろうという意見もある。
不信任案が提出されてから、カカバーヴェ国会議員の名前は毎日聞くようになった。
再犯防止対策が不十分として法務大臣を辞任させたかった野党だが、国の安全保障を考えるなら、ベストなタイミングを選んだとは言い難い。