ロシア徴集兵の実力は、実際はどのようなものだろうか:ウクライナ戦争
一応は身体能力があり、装備も訓練もされていないロシア人男性が、そのままウクライナ戦線に送られる。そんな男性たちの一斉徴集の動画や画像。
ーーこのようなものが、ソーシャルネットワークやメディアには溢れている。
これは実際に起こっていることだ。
プーチン大統領は9月29日夜、ウクライナへの動員に間違いがあったことを認めた。
高齢者、学生、病人、軍隊経験のない人等の動員例について、プーチン大統領はロシアのテレビで放送された安全保障会議のリモート会議で、「この動員は多くの疑問を投げかける」と、間違いがあったことを認めた。
先日の記事で伝えたように、ペスコフ報道官は26日、この動員で「間違い」があったことをすでに認めていた。
今後どの程度本当に正されるのかは、まったくの未知数である。
さらにプーチン大統領は、「兵役に召集された者は、部隊に送られる前に追加の軍事訓練を受けなければならない」、「(新たに動員された)人々の結束と訓練は、厳密に遵守されなければならない要件だ」と述べたという。
このようにして召集された人々は、どのくらいの実力があるのだろうか。
まずは日本でも主流の「実力に疑問」「大したことないのでは」という方向の意見から。
例によってアメリカのシンクタンク戦争研究所の評価を、説明を加えながら紹介する。
2008年の制度変更の影響
より一般的な観点から見ると、徴兵された人々の大部分は、兵役に就いたとしても十分な訓練を受けていないか、訓練があまりにも昔であるというのが主旨である。
ロシア軍における2008年の採用・訓練戦略の変更が、人材の質にどのような影響を与える可能性があるだろうか。
1874年から2008年まで、ロシアとソ連の軍事力政策は、全面戦争のために全人口の大量動員を支援するように設計されていた。
全員を徴兵して、最低2年の兵役義務。これは、事実上すべての年齢の男性が、現役として召集されるのに十分な戦闘の専門分野の訓練と経験を、確実に受けられることを目的としていた。
しかし2008年、金融危機がロシアを含む世界中を揺るがした。
少なくとも2年間は兵役につくという国民皆兵モデルは、あまりにも高額につくものだった。
そのためにロシアは、職業軍人(プロの軍人としてより訓練されているが、数は非常に少ない)と、1年減らして1年徴兵制を組み合わせたハイブリッドモデルに切り替えることを選択した。
兵役期間の短縮により、ロシアの予備兵は戦闘能力が低下した。徴兵制は、1年で最低限の軍事技術を(かろうじて)学ぶだけである。彼らがもう行っていない2年目は、通常は正しいレベルに引き上げるはずの年だった。
2008年に1年の兵役に義務化されたということは、2年間の兵役を完了したロシア人男性の最後の層が、現在30代前半であることを意味する(そして10年以上兵役に就いていない)。
若い男性は、1年間という短縮された期間しか務めていない。
プーチン大統領は、新しい軍人たちが追加訓練を受けると発表した。兵役を1年延長したのと同等のクオリティになるかは疑問である。
このように米戦争研究所は主張している。
守りに十分な兵士たち
米戦争研究所の情報と分析は、世界中で報道されている。まるで戦争の推移=ここの情報であるかのようだ。日本のメディアも例外ではない。
確かにすごい情報量と分析力と感嘆するのだが、いかにもアメリカ的だなという印象をもたないでもない。強者の発想というか、欧州から遠い所で何か考えている印象というか、やや侮りというか・・・アメリカの政策一つで戦争の行末は決まるくらいだから、当然なのだろうけど。
そもそもウクライナ人も、陸軍と空軍の兵役は1年である(海軍は1年半)。1年しか訓練を受けていないロシア人兵士の実力が疑問というのなら、ウクライナ人兵士の実力も疑問視するべきだろう。そこはアメリカの研究所や、メディアはスルーである。
ウクライナ兵士は士気が違うとか、レベルが格段に上の米欧の武器と訓練を施したから違う、ということだろうか。
『ル・モンド』のジャーナリストのエマニュエル・グリンスパンは、警鐘を鳴らしている。
「ロシア兵の緊急派遣は、たとえ訓練や装備が不十分であっても、ウクライナの反攻を複雑にすることは間違いありません」と述べて、新たに動員された部隊とその装備を嘲笑する映像に警鐘を鳴らす。
確かにロシア兵は、自分で制服を買わなければならず、さらに軍隊からヘルメットを買えという紙が届いた、という事態が起きているようだ。装備に2500ドルも費やさなければならなかったと証言する人もいる(・・・気の毒すぎる)。
「多くは自分で装備したり、ボランティアのネットワークを通じて装備しています。それでもロシア軍にとっては、間違いなく追加戦力となります」と、ロシアの軍事力が歪んで見えてしまうことを警戒している。
「(東部の)イジューム作戦が成功したのは、(南部の)ヘルソン戦線に参加するために、ロシア軍の歩兵が過度に削減されたためです。防御態勢では、ロシアの歩兵は攻撃態勢と同じレベルの装備と訓練を必要としません。
したがって、人員の迅速な増強は、リマン・リシチャンスク地帯にインパクトを与える可能性があります(ドネツク市の北、ハルキウ市の東南。現在ロシア側が依然として占領しているが、多くのアナリストは、すぐに一部がウクライナの支配下に入ると考えられている地域)」
一方で、「新しく動員された人たちは、壊滅的な打撃を受ける可能性が高い。さらに、(ハイマースに適応した)兵站が悪化した場合、反乱や脱走が予想されます」ともグリンスパン氏は語っている。
9月の動きは戦略変更上のもの?
グリンスパン氏の解説を読むとーー
ロシアは東部戦線よりも南部戦線のほうが重要とみて、東部とハルキウを失うことを覚悟して兵を動かし、南部の支配を固めようとした。
同時に南部では住民投票を行って併合してしまい、かつ兵力不足を補うために部分動員も同時に行い、まずは守りを固める戦略を描いたーーと読めるかもしれない。
キーウ撤退と異なり、ハルキウでロシア兵は、慌てふためいて武器や弾薬を捨てて撤退したと英国国防省や英を始めとするメディアなどは嘲笑しているかのようだったが、この解釈はどうなのだろうか。
まずい負け方だったのは事実として、一部を誇張しすぎだったことはないだろうか。急遽、大きな戦略転換と権益確保のために、ロシア司令部は同胞や大事な武器を一部見捨てたのだということはないだろうか。
(ブレグジット以降何かにつけ、どうも英国は独自の立場がありすぎて、情報は信用しているが、今ひとつ解釈の点で信用できない)。
前の記事にも書いたが、実際に4州が「住民の意志で」ロシアに併合されてお祝いをすれば、潮目は変わるはずだ。「祖国の土を守る」という名目のもと、兵士を動員できる。
首都キーウからロシア軍が撤退したときに、戦争は大きな転機を迎えた。今また、勝るとも劣らない転機が訪れている。
繰り返し書くが、決して侮らないほうが良い。プーチン大統領は腹を据えている。やり抜く覚悟があると見る。覚悟を決めなくてはならないのは、我々西側のほうなのだ。
参考記事:なぜ今、住民投票なのか。プーチン大統領の決意とは。タヴリダとエカテリーナ2世
個人的な見解だが、ロシアの次の目標はオデーサなのではないか。ドニエプル川下流地域を死守できて、南ブーフ川を渡ること(これが超難関のようだ)ができればの話だが。
もしオデーサが攻略されれば、そこでプーチン大統領は本気で停戦を望むかもしれない。
その場合、ロシアと国境を接するEUの国々(黒海を挟んでの隣国も含む)とアメリカがどうタッグを組むか、米中間選挙でバイデン大統領の足元はどうなるのか、トルコがどう出るか、これらが大きなポイントとなるのではないか。
親ロシア派が政権をとりかねないブルガリア政治情勢も、かなりまずい。
もしオデーサ攻略戦が行われ、逆にロシアが負けるような事態になっても、停戦はなされるかもしれない。そうしてプーチン政権は、一旦は引いて「第二次ウクライナ戦争」に備えることになる可能性はあるが、ここで肝心になるのはプーチン大統領の健康の度合いである(加えて、ロシア国民の厭戦)。
ヨーロッパ人には、今問題になっているあのあたりの地域は、歴史的にはロシアのもので、ロシアが権利を要求しても仕方がないという気持ちは、口には出さないがあるだろうし、とにかく戦争をやめるのが大変重要だという気持ちはある。
かつてクリミア併合のとき、正直でうかつ者のスウェーデン首相ラインフェルト氏が、「クリミアや東ウクライナにいるロシア人マイノリティに関するロシア軍の行動は、ちょっと理解できる」と発言して、「併合が理解できるとは何事か」と非難の的になった(「しかし、彼らが行っているような方法ではない」とも言っていたのだが)。
ウクライナを同胞として守らねばならないと思うヨーロッパ人がいる一方で、冷酷で冷徹な人々もいるに違いない。決して口には出さないが、ウクライナが平和を取り戻し、当分は緩衝国になってくれればそれでいいと思う人が大勢いることだろう。「とにかく戦争停止」は、十分な大義名分となる。
実際、ウクライナのEU加盟(NATO加盟も同様)にはかなりの時間がかかるのは必然である。
戦争が停止すれば米欧が「新マーシャルプラン」をウクライナに導入して、ソ連時代やソ連崩壊時代から続いている汚職と腐敗を一掃し、戦後の日本のように米欧化させ、米欧の影響力を強めていくことになる。
戦争の停止の仕方は推測の域を出ないが、このプロセスが必ず起こるのは、まず間違いないのだ。
プーチン死去後に時代は変わるだろうから、そのように時を稼ぎながら待つことが必要だ、と考える人はいるだろう。
ただ、少なからぬ妥協を含む停戦を、ウクライナ人が望むかは別問題である。しかし、ウクライナが嫌がったとしても、米欧の同盟国ではないし、いわば米欧の「好意」でロシアと互角に戦えているに過ぎないのだ。
筆者はEUに希望と新しい時代を見て、観察と研究などをしているが、ヨーロッパ政治の風見鶏ぶりと酷薄さを知らないわけではない。
東、そして南
北東部では、ウクライナ軍がクピャンスク市全域を奪還し、オスキール川東岸の拠点からロシア軍を追い出したという。AFPのジャーナリストが29日夜発表した。
9月初旬、ハリコフ地方でのウクライナ軍が反攻し、鉄道の分岐点の多くはロシア軍から奪った。しかし、ロシア軍は対岸でまだ持ちこたえており、戦闘から逃れた市民がウクライナ側に渡ろうとする中、砲撃戦を行っていた。
最初の人道支援物資が、対岸の市内に運び込まれた。
一方南部では、ステプノヒルスクに続く道路は、ロシア軍が支配するザポリージャの領域から逃れるための長い車列が連なっている。逃げる市民と、軍人である。
町の住人は、ウクライナの支配下にはあるものの、前線から数キロメートルという孤立した場所の生活をおくってきた。5000人の人口が、今は数百人しかいないという。