埼玉西武ライオンズ育成1位・野村和輝(NOL・石川)の規格外パワー!育成出身初の本塁打王も夢ではない
■僕の夢は家族の夢
「ボトル、開けたよ」―。
10月20日のNPBドラフト会議。埼玉西武ライオンズから育成1位指名を受けた野村和輝選手(日本海オセアンリーグ・石川ミリオンスターズ)は、指名直後にそっとスマホを開くと、目に飛び込んできたそのメッセージに胸が熱くなった。多くの祝福LINEの中にあったのは、父・和世さんからのものだった。
昨年、東大阪大学柏原高校3年時にプロ志望届を出したが、NPB球団からの指名はなかった。
「去年のクリスマスに、お父さんにちょっといいウイスキーをプレゼントしたんです。『今年は(NPBに)行けんかったけど、来年は絶対に行くんで、そのときにこれ飲んで』って渡したら、お父さん『ほんま約束やで』ってニヤッとしてて…」。
その顔を見て、独立リーグから1年でNPBに行くことを固く誓った。「僕の夢でもあったし、家族の夢でもあったんで」と、父との“約束”を守れたことが誇らしかった。
■苦しいトンネルが続いた
ミリオンスターズの後藤光尊監督は、高校時代の恩師・土井健太監督のオリックス・バファローズ時代の先輩にあたる。そのつながりで入団することになり、「1年でNPBに行く」と言い続けて汗を流してきた。
開幕し、4月は打率.280とまずまずの滑り出しだった。5月8日にはチーム第1号でもある初本塁打をマークしたが、そこからが苦しい日々の連続だった。思うように結果が出ない。ましてや持ち味である長打が試合ではまったく打てない。
7月の月間打率は.150まで落ち込み、長打は1本もなかった。さらに8月には5試合連続、打席にして21打席連続で無安打が続いた。
「元々は振ったら打球が上がるスイング軌道だったけど、それを変に上げにいこうとしていた。8月がどん底だったんで、そこからノーステップに変えたけど、それもその場しのぎだった。後藤監督にもいろいろ教えていただいたけど、なかなか噛み合わなくて…」。
悔さに涙をこぼしたこともあった。人間関係がうまくいかず悩んだこともあった。後藤監督に反発し、口を利かないこともあった。心の中ではわかっている。自分のためにいろいろ言ってくれていることは。しかし、ゲームで自分の打撃ができないもどかしさから、素直になれなくなっていった。
■遅ればせながら9月に視界が開けた
試行錯誤を繰り返し、9月も半ばに入ろうとしたころだ。ようやく「これだ!」というものが感じられるようになった。
「打席に入るのを早くしたり、始動を早くとったり。あとはピッチャーに対して『絶対に打ったるぞ』という気持ちを強くもって打席に入るようにした」。
開幕当初はできていたことだ。しかし調子を落とし、さまざまなことを考えすぎて、いつの間にか忘れていたのだ。
思い出せたのも、後藤監督からの「打席に入る準備を早くしろ。準備で差されたら終わりやから」「タイミングを早くとってみ」という助言があってのことだ。
さらに球場を離れて家にいても、頭の中には「右足を意識して」という後藤監督のアドバイスがあり、「ずっと自分の中でも探っていたら、『あ、この感じや』っていうのがわかった」と感覚が掴めた。
それらが「ドンピシャだったっす」とハマり、手応えが出てきだした。9月13日の北海道日本ハムファイターズ(ファーム)との試合では、結果こそ出なかったが内容はこれまでと全然違った。
「まっすぐに差されずにライトポール手前、もうちょっとでホームランっていうくらいまで飛ばせた」。
持ち味である逆方向への長打が戻ってきたのだ。
その後の公式戦でも右中間フェンス直撃の三塁打をはじめ、逆方向の長打がスムーズに出るようになった。
最後の2試合はともに3安打し、「スライダーを泳いで打てたのは成長じゃないかと思う」と5月7日以来の第2号本塁打を放ち、「今までにない割り切りができた。絶対に打ったろうという気持ちが一番出た打席だった」としっかりとした手応えを得た。
9月の月間成績は打率.357、出塁率.451、長打率.548、OPS.999。野村選手の“本来の姿”がそこにはあった。
■その素材に無限の可能性を感じさせた
その“本来の姿”を序盤から見抜き、ずっと密着して見てくれていたのがライオンズの鈴木敬洋スカウト(編成グループ育成アマチュア担当)だった。
「フリーバッティングでバックスクリーンに当てるのは何度も見ている。19歳であれだけ振れて飛ばせる選手はなかなかいない。日本人離れした飛距離。試合での結果は出ていなくても、素晴らしい素材だと思った」。
どんなに成績が落ち込もうが信じ、練習日にも頻繁に訪れ、継続して追い続けてくれた。とことん惚れ込んでくれたのだ。
鈴木スカウトから報告を受けた潮崎哲也編成グループディレクターや前田俊郎編成グループ育成アマチュア担当チーフ、渡辺智男編成グループ育成アマチュア担当チーフ補佐らも練習に足を運んで、その目で規格外のパワーを確認した。そこで見たのは無限の可能性だった。
まさにこれこそが“ロマン枠”ではないだろうか。
「たいがいの人(右打者)はとらえたらレフトには飛ぶ。でも、センターから逆方向で(フェンスを)越えるっていうのは、安原(練習場であるグラウンドのこと)でも少ないと思う。詰まっても逆方向を越えるんで、そこの長所をアピールできた。安原のバックスクリーンのてっぺんにも当てたし」。
ドヤ顔でこう語る野村選手を、鈴木スカウトは春先からずっと「くっきー」というニックネームで呼んできた。お笑いタレント「野性爆弾のくっきー!」さんを彷彿とさせるのは、「顔じゃなくて、天才的なところ」だそうだ。
そうやって可愛がってくれている鈴木スカウトの思いに応えられたことも、野村選手としては非常に嬉しかった。
■後藤光尊監督への感謝
スカウト陣が視察する前での練習で、打撃投手を務めた後藤監督は「どんだけ気ぃ遣って投げたか(笑)。得意なところ探して、『ここなら飛ぶやろ』ってとこに投げたらパカーンと(笑)」と冗談めかして振り返る。
「ありがとうございまーす」と笑顔で返す野村選手だが、入団からずっと後藤監督のサポートには心の底から感謝している。
「後藤監督と出会えたこと、1年やけど後藤監督の元で教われたことは、本当にありがたい。トップレベルでやってきたすごい人やし、いろいろあったけど、すべて僕のために言ってくれていた。いい経験になったし引き出しにもなった。本当に応援してくれていることはわかっている。打てない時期でも、どんなときでも根気よく使い続けてくれたので…一生、頭が上がらないです」。
わかっていても素直になれないときもあった。しかし今、振り返って、改めて後藤監督の偉大さとありがたみを痛感している。
そして、恩返しはNPBで活躍すること以外にないということも心得ている。
■育成出身選手初のホームラン王へ
だからこそ、強い決意をもって入団する。
「育成でも指名していただけたのはありがたい。入ったら一緒なんで、7月31日までに…いや、それよりもっと早く支配下に上がれるように頑張りたい。飛距離はNPBでも負けない自信があるんで、そこをどう活かしていけるか。それと肩の強さと体の強さも。キャンプ初日のバッティング練習からどんどんアピールしていく」。
長打力も強肩も、誰よりも魅せてやる。そしてなんといっても誇れるのは、強靭な肉体だ。休めと言われても休まず練習を続ける、自他ともに認める練習の鬼である。後藤監督が「止めても練習するし、その体力もある」と舌を巻くほどの、どんなにハードな練習にも耐えうる強い体も、まさにストロングポイントだ。
「育成からでも活躍する選手はいっぱいいるんで。僕は育成から日本代表のバッターになって、活躍するっすよ!」
育成出身選手初のホームラン王に輝くことも夢ではない。
■理想は中田翔
NPBでどういう選手になってほしいか後藤監督に尋ねると、「理想は中田翔」との答えが返ってきた。「打球の質的には似ているかなと思う。最高峰の願いで言ったら、ホームラン王を争えるくらいまで成長してくれたらすごい」と続ける。
「けど、まずは支配下。キャンプに行ったら初日ですごい差を感じると思うので、そこで心が折れないかだけ心配(笑)。メンタルがすぐ折れちゃうから(笑)。そこの差を感じたときに、どういう行動ができるか。『大変なところに来ちゃったな』と思うのか、『負けてられるか!』と奮起できるかどうか。後者であってほしい」。
野村選手を知り尽くしているからこその親心を見せる。
「キャラ的にはいじられると思う。それをプラスにとらえられれば。そして、まずキャンプ初日が大事。バッティング練習で、あの飛距離を見せてほしい。距離だけは1軍トップクラスだから。それをどれだけ見せられるか。バットを持ったときに別人になってほしい。バックスクリーンにガンガンぶち当てれば、『おっ!コイツ、おもしれぇな』ってなると思う。そこを期待している」。
後藤監督いわく「野球を楽しめる子」だから、きっとやってくれるに違いない。
■将来の夢
そんな野村選手には夢がある。支配下になり、大金を稼げるようになったらやりたいことがあるというのだ。
「野球道具が買えない子どもたちに道具をプレゼントしたい。野球道具って高いし、野球の競技人口も減っているから。自分の道具ってすごく嬉しいものだし、いつまでもたいせつにすると思う。僕も小学5年か6年のときに初めて買ってもらったグラブを、今も大事にしている。さすがに試合では使えないけど、今も練習では使ったりしている。めちゃくちゃ年季入ってるけど(笑)」。
さらに、お世話になったミリオンスターズにも「いずれは何かしたい。やっぱりバットとか革手(バッティング用手袋)とか消耗品が一番必要だから、そういうので恩返しできたら…」と青写真を描く。
「僕、ミリオンスターズでプレーできたこと、石川県でプレーできたことが本当にありがたいと思っている。後藤監督、端保(聡)社長、土井監督にも感謝しかない」。
この思いは一生持ち続けていくだろう。
■2本目のウイスキーは・・・?
もちろん支えてくれた家族への感謝の気持ちはひとしおだ。
「お父さんにはさらにいいウイスキーをプレゼントしたい。次はいつ飲んでというのは言わないけど…」。
父・和世さんがボトルを開けるのは支配下登録されるときか、1軍デビューのときか…。
その日が1日も早く訪れるよう、野村選手は死に物狂いで食らいついていく。
(表記のない写真の提供は石川ミリオンスターズ)
【野村 和輝(のむら かずき)】
2003年6月7日生/大阪府
右投右打/183cm・93kg
東大阪大学柏原高校
【野村 和輝*今季成績】
55試合 打席213 打数183 安打45 二塁打7 三塁打1 本塁打2 打点20
四球26 死球2 三振62 併殺打3 盗塁1
打率.246 出塁率.343 長打率.322 OPS.665