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シリアをめぐる外交において、友好国ロシアに対しても軍事力を行使し得る老練なトルコ

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2023年6月14日

ロシアのミハエル・ボグダノフ外務副大臣(中東北アフリカ担当)は6月14日、ロシア、シリア、トルコ、イランの外務次官会合が21日にカザフスタンの首都アスタナで開催されると発表したうえで、「(シリアとトルコの国交正常化に向けた)ロシアのロードマップ(行程表)草案の準備はできている」と述べた。

シリアとトルコの関係改善に向けたロードマップ

シリア内戦においてもっとも鋭く対立し合っているシリアとトルコの関係改善に向けた動きは、ロシアの主導のもと昨年半ばごろから加速し、同年末にはロシア、シリア、トルコの国防大臣会合が、先月の5月10日にはロシア、シリア、トルコ、そしてイランの外務大臣会合が実現した。四ヵ国の外務大臣会合では、シリアとトルコの関係改善に向けたロードマップを作成することが合意された。

行程表は、シリアの主権の尊重、領土の統合と保全、シリアにおけるトルコの占領終了、すべての違法な外国部隊の撤退、内政不干渉、テロ支援停止といったアジェンダに取り組む方途が示されることになっている。ボグダノフ外務副大臣が「準備はできている」と述べたロードマップ草案の内容は明らかではない。だが、シリアとトルコの関係改善を促すカギになると見られるのは、米国を後ろ盾としているクルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)、その武装部隊の人民防衛隊(YPG)、同隊を主体とするシリア民主軍、同軍が支配する地域の自治を担う北・東シリア自治局の処遇だ。

PYDをめぐる思惑の違い

PYDは、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を組む組織で、米国は外国テロ組織(FTO)にしている。にもかかわらず、米国はYPGやシリア民主軍を、イスラーム国に対する「テロとの戦い」を行う有志連合の協力部隊とみなし、軍事支援を行うとともに、北・東シリア自治局の支配地各所に違法に部隊を駐留させている。PYDは、行程表が取り組もうとしているすべてのアジェンダにかかわっているにもかかわらず、米国の後ろ盾があるがゆえに厄介な存在であり、その対処にロシア、シリア、トルコがコンセンサスに達することができれば、シリア内戦は終結に向けて大きく動き出すことになるだろう。

このPYDに関して、トルコはシリア国内でのプレゼンスを極力低下させようとしている一方、シリアはトルコの譲歩、つまりは、トルコ軍の違法駐留や占領、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織であるシャーム解放機構が支配するイドリブ県北東部への支援における譲歩を引き出すためのカードとして温存しようとしている。一方、ロシアは、PYDをシリアと和解させ、シリアにおける米国の橋頭保を奪おうとしている点で、トルコ寄りというよりはシリア寄りの姿勢をとっている。

トルコによるシリア北部への攻撃激化は、こうした勢力図を背景にしていると見ることができる。

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トルコは6月10日からYPG、シリア民主軍に対する無人航空機(ドローン)での攻撃などを激化させ、12日には、アレッポ県北部でパトロールの任に就いていたロシア軍装甲車を砲撃、ロシア軍兵士1人を殺害、4人を負傷させた。

ロシア軍、シリア軍への攻撃も躊躇しないトルコ

攻撃は13日以降も続いた。

PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)や英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、トルコ軍は13日、ユーフラテス川に架かるM4高速道路のカラ・クーザーク橋(ラッカ県)近くをドローンで爆撃し、車1台を破壊、乗っていたシリア民主軍の兵士1人を殺害、3人を負傷させた。また、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるマンビジュ市(アレッポ県)近郊のトゥーハール村にあるシリア民主軍所属マンビジュ軍事評議会の検問所を攻撃し、兵士1人を殺害した。

トルコ軍はまた、シリア政府の支配下にあるタッル・リフアト市(アレッポ県)近郊のバイルーニーヤ村やタナブ村一帯に設置されているシリア軍の拠点をドローンで攻撃、バイルーニーヤ村一帯に対する攻撃では戦車が大破し、乗っていた兵士2人が負傷した。トルコ軍は各所で地上部隊による砲撃も行い、タッル・リフアト市近郊のアキーバ村一帯でシリア軍兵士3人が死亡した。

ANHA、2023年6月13日
ANHA、2023年6月13日

トルコ軍はさらに、タッル・リフアト市近郊のワフシーヤ村にあるロシア軍の基地を、爆発物を搭載したドローンで攻撃した。

トルコ軍は14日になっても、マンビジュ市近郊のダンダニーヤ村、サイヤード村、アラブ・ハサン村をドローンで爆撃し、ダンダニーヤ村でマンビジュ軍事評議会の兵士4人を、サイヤード村で兵士2人を、アラブ・ハサン村で塹壕の掘削に従事する労働者1人を殺害した。ハサカ県でも、シリア政府と北・東シリア自治局の共同支配下にあるカーミシュリー市とカフターニーヤ(ディルベ・スピーイェ)市を結ぶ街道沿線を砲撃し、住民4人を負傷させた。

トルコ軍はまた、タッル・リフアト市郊外、同市近郊のシャワーリガ村、バイナ村、マイヤーサ村一帯に配置されているシリア軍の拠点をドローンで爆撃し、タッル・リフアト市郊外でシリア軍兵士5人を、バイナ村一帯でシリア軍兵士1人を殺害、各所で兵士多数を負傷させた。

ANHA、2023年6月14日
ANHA、2023年6月14日

ロシア軍とシリア軍さえも標的とする一連の攻撃は、21日に予定されているロシア、シリア、トルコ、イランの外務次官会合において、シリアとトルコの関係改善に向けたロードマップにおいて、PYDへの対応を優先させること、あるいはPYDに厳しい対応をとるとの意思を示すことをロシアに求めるメッセージであり、政治の手段である軍事力を友好国との外交においても駆使し得るトルコの老練さを示すものでもある。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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