[抄訳] 慰安婦訴訟(2件目)についてのソウル中央地裁資料(21年4月21日)
21年4月21日、ソウル中央地裁は元日本軍’慰安婦’女性とその遺族たち20人が日本政府を相手に起こした損賠賠償請求訴訟を却下した。
今年1月にあった同様の訴訟とは異なる結果になり、その根拠に注目が集まっている。判決直後、裁判所が配布した18ページにわたる関連資料(宣告資料と名付けられている)を抄訳した。
太字表記は筆者によるもので、重要と思われる部分で行った。資料で太字となっている部分では別途、その旨を表記した。
判決文も同日公開されているが、これは82ページにのぼるため、詳細な分析と共に後日、記事にまとめる事にする。
なお、1月の判決については、以下の記事が詳しい。
[全訳]慰安婦訴訟についてのソウル中央地裁報道資料(21年1月8日)
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20210108-00216663/
「日本への攻撃ではない」「ICJは恐れない」…慰安婦訴訟の代表弁護士が語る”日本政府賠償判決”の全て
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20210114-00217560/
●慰安婦訴訟(2件目)についてのソウル中央地裁報道資料(21年4月21日)
1.事案の概要
カ:原告達の請求とこの事件の進行経過
(1)原告達の請求内容とこの事件の争点
・故・郭○○など慰安婦被害者16人(以下、この事件の被害者たち)の一部本人と、死亡した場合にはその相続人に20人が、被告・日本国を相手に、被告が1930年代後半から1940年代前半まで国内でこの事件の被害者達を、欺瞞・脅迫・拉致などの違法な方法で慰安婦として選び出し、中国、日本、台湾またはフィリピンなど日本軍の占領地域内に設置した慰安所に配置し、強制的に日本軍人と性関係を持つようにしたことに関し、民事上の不法行為による損害賠償を請求する事件。
・被告に対する国家免除(訳注:主権免除とも。※)認定をするか否かが先決的な争点となり、被告に対する国家免除の与否は、被告に対する韓国の裁判所の対人的な裁判権の問題として訴訟の要件となっている。万一、被告に対し国家免除が認定されるならば、この事件の訴は不適法なものとなる。
※国家免除(主権免除):「全ての主権国家は平等で独立している」という原則に基づき、「ある国の裁判所が別のある国を対象とする訴訟の裁判権を持たない」という国際慣習法を指す。
(2)事件の進行経過
・本来この事件は2021年1月15日に宣告予定だったが、国家免除に関する追加的な審理が必要な事項が発見され、3月24日の弁論期日に釈明準備命令に対する原告側の主張を含む弁論を聞いた。
・原告は、制限的な免除論、つまり外国の非主権的な行為に対しては国家免除を認めず、主権的行為に対しては国家免除を認める法理を前提に、このような国家免除に関する国際慣習法である前提で、以下のような理由から被告に対し国家免除が認められてはいけないと主張。
その一:主権的な行為に該当しないという主張。
・被告の行為は「強行規範(※)」を違反した反人道的な行為として、「国家の主権的行為」と見られない。
・被告(日本)の裁判所の判決では、被告の行為は少なくとも慰安所経営に関し、契約を結んだ民間業者の共同不法行為に該当するというもの。これは商業的行為として、主権的な行為でないため、被告に対する国家免除は認められない。
※強行規範:「強行規範」とは人類が共同体を維持するために、必ず守られるべき法律のこと。
その二:制限的な免除論に立脚することは原告の裁判請求権と人間としての尊厳と価値を侵害するため、韓国の憲法秩序に合わない。
・慰安婦被害者は米国と日本で被告を相手に提起した訴訟で、敗訴が確定している。韓国の裁判所での訴えが最後の権利救済手段となっている。
・2015年12月28日の韓日合意(いわゆる慰安婦合意)は公式な条約ではなく、政治的合意に過ぎない。また、被害者の意志を反映していない実体的、手続き的な瑕疵があり、外交的な保護権行使における裁量権を逸脱・濫用したもの。これを基に設立された「和解・癒やし財団」による現金支援も原告に対する代替的な権利救済手段になり得ない。
その三:相互主義の原則により、被告に国家免除が認められてはいけない。
・被告は『外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律』を制定。外国の行為が日本領土内で行われる場合その損害賠償請求訴訟では外国に国家免除を認めていない。この逆の場合にあたる今回の事件で国家免除を認めることは、国際法上の「相互主義原則」に違反する。
ナ:この事件の争点と判断順序
・韓国は外国を相手にした民事裁判権を行使できる範囲に関する法律を制定したことがなく、韓国と被告の間に相互間の民事裁判権を認めるかの与否に関する条約を締結したこともない。
この事件で被告に対する国家免除認定の与否はただ、‘国際慣習法’によって判断されなければならない。
・このため、現在の国家免除に関する国際慣習法がどうなのかを調べることは、この事件で、原告の主張の当否を判断するための前提としての意味がある。
2.判断
カ:国家免除に関する現時点での国際慣習法
・この事件で原告たちが主張する被告の不法行為のうち、慰安婦の選出行為は韓国の領土内で行われた。慰安所で慰安婦として被告(日本国)に所属する軍人と、その意思に反し性関係を持つようにしたことは、国際人権法などに違反する行為で、この事件の被害者たちに対する深刻な人権侵害となる。
・国家免除の範囲に関し議論される争点として、「法廷地国の領土内での不法行為」に関し国家免除が認められるのか、「強行規範」の違反による人権侵害行為に対し、国家免除が認められるかが問題となる。
・このような争点に対する判断の前提として、まず国家免除に関するICJ(国際司法裁判所)の判決と、韓国大法院(最高裁)の国家免除に関する判例を調べる。
(1)ICJ判決−ドイツ、イタリア
・フェリーニ判決。イタリア国籍の同氏が、1944年8月にドイツ軍に逮捕され、ドイツの軍需工場で45年4月まで強制労働にさせられたことに対し、イタリアの裁判所にドイツを相手とする損害賠償訴訟を提起。イタリアの裁判所は強行規範を違反する国際犯罪に該当する国家の行為には、国家免除を適用できないと見て、ドイツの国家免除主張を排斥して原告勝訴。
・ギリシャ裁判所のディストモ判決。第二次大戦中、ドイツ軍による民間人殺害などの行為に関し、その遺族がギリシャの裁判所にドイツを相手に損害賠償請求の訴訟を提起。ギリシャ裁判所は国際法上の強行規範に違反した不法行為は主権的な行為として見られず、ドイツは強行規範に違反したとして、黙示的に国家免除を放棄したとの理由で、ドイツの国家免除を認めず、原告勝訴。
・ドイツは2008年12月、イタリアの裁判所がフェリーニ判決を宣告し、ギリシャ裁判所のディストモ判決による強制執行を認めたことで、国家免除に関する国際法を違反したとしてイタリアを国際司法裁判所(ICJ)に提訴。
・これにイタリアは、ドイツ軍の行為が国家の主権的な行為に該当するとしても、(1)法廷地国の領土内で発生した殺人、傷害または財産上の損害のような不法行為に対しては国家免除を援用できず、(2)人権に関する国際条約など強行規範を深刻に違反する行為に対しては国家免除を主張できず、(3)原告に別の権利救済手段がないため、国家免除が認められてはならないと主張。
○ICJの多数意見。
・武力行使という国家の行為には国家免除を認定。
・外国の相手に自国の裁判所に訴訟を提起することが最後の手段であるのかは、国家免除の認定与否の基準にならない。被害ははイタリアとドイツの外交的な交渉により権利救済を期待できる。
(2)韓国大法院の判決
・1975年5月23日の判決:「国は国際慣例上、外国の裁判権に服従しないことになっており、特に条約により例外になる場合や、みずから外交上の特権を放棄する場合を除き、外国の国家を被告にし、韓国が裁判権を行使できない」。絶対的な免除論(外国の行為が主権的な行為なのか、非主権的な行為なのかを問わず国家免除を認定)。
・1998年12月17日の判決:国家の私法的な行為まで別の国からの裁判権から免除されるということが、今日の国際法や国際慣例とは言えない。外国の「非主権的(私法的)行為」に対する国家免除を否定。
・2017年11月14日の判決:外国の「主権的行為」に対する国家免除の認定。
(3)武力紛争中の領土内での不法行為に該当するか否か
・ICJの多数意見では「法廷地国の領土内での武力紛争過程で、外国の軍隊もしくはそれと協力する外国の国家機関により行われる行為」は依然として国家免除を認められる。
・この事件で問題となっている被告の行為のうち、慰安婦を選び出す行為の部分は、被告の違法的な植民地支配下で、被告が支配していた大韓民国の領土内で、被告の中・日戦争および太平洋戦争など武力紛争の時期に、兵力の戦闘力の保存などのための軍事的な目的から、被告の軍隊の要請に従う総督府、警察など軍隊と協力する機関により行われた行為。
→文言上、上記の多数意見の法理要件を充足。
・原告たちは、当時の大韓民国は被告の交戦相手国でなく、韓半島は前線から除外され、武力紛争が現実的に行われていなかったため、上記の法理が適用できないと主張。
・「法廷地国の領土内での武力紛争過程で、外国の軍隊もしくはそれと協力する外国の国家機関により行われる行為」に該当するか否かは、被害者が交戦相手国や交戦地域に住んでいたのかではなく、戦時国際法の保護対象になるかによる決められるべき。
・原告は被告国民でない以上、戦時国際法が保護する民間人の範囲から除外されると見ることはできない。このため、加害国の行為による損害は個別の訴訟ではなく、国家間の協定により解決されるべき。
(4)法廷地国の領土内での不法行為に該当する場合、主権的な行為といえども、国家免除が否定でされるものとして国際慣習法が変更されたか否か。
・外国の主権的行為に対しては国家免除が認められるという制限的な免除論から、その中で「法廷地国の領土内で行われた不法行為」に対しては国家免除が認められないということは、既存の国際慣習法で認められない新たな慣習法が「成立」したことを意味する。
・法廷地国の領土内の不法行為に関し、国家免除が認められないという内容の条約または個別国家の立法には、国連国家免除協約第12条、欧州国家免除協約第11条、米国FSIA1605(a)(5)、日本の法律第10条、英国SIA第5条などがある。
・しかし、国連国家免除協約は現在の批准国が22か国と未発効で、国際条約を批准したり、個別の立法を行った国家の数も全体の国連加盟国のうち19%に過ぎない。
→これをもって「一般的な慣行が存在するとしたり、法的な確信が付与された」と見ることはできない。
(5)「強行法規」違反行為に該当する場合、主権的な行為といっても国家免除が否定されることとして、国際慣習法が変更されたか否か。
・先に見た法廷地国の領土内での不法行為に関する各条約と個別の立法は、違反行為の内容や被害の程度によって国家免除か否かを別途で取り扱わない。
・この事件(イタリアの事例)のICJ判決も強行法規違反行為に対し、国家免除が否定されるという一般的な慣行が存在しないと判断。イタリアの裁判所を除いては、別の国家の判決はこのような事由で国家免除を認めているものではない。
(6)小結論
・見てきたように、「法廷地国の領土内での違法行為」または「強行法規違反行為」に該当する場合、その行為が主権的な行為といえども、国家免除が認められないというように、国際慣習法が変更されたと見られない。
現時点での国家免除に関する国際慣習法は、外国の非主権的な行為に対しては国家免除を認めず、主権的な行為に対しては国家免除を認める制限的な免除論といえる。
ナ. 被告の行為が主権的行為でないという主張について
・原告は被告の行為は「強行法規」を違反し、重大な人権侵害をもたらしたものとして、「主権的な行為」と見ることができないと主張。
しかし、主権的な行為は、権力的・公法的な行為であり、非権力的・私法的行為に相対する概念で、主権の行使は概念的に法的・倫理的な当為を前提にしない。
・したがって、ある国家の主権行使が強行規範に違反した場合、その行為は違法な主権行使となるだけで、その行為の主権的な行為としての性格を失うものではない。
・原告はさらに、被告の行為が商業的な行為として、主権的な行為に該当しないと主張しているが、被告の行為は被告の軍隊の要請により、当時の韓半島を管轄した朝鮮総督府が行政組織を利用し、この事件の被害者たちを選び出し、被告の軍隊が駐屯した地域の慰安所に配置し、性関係を強要したもの。
こうした行為は公権力の行使として主権的な行為であり、これを商業的な行為と見ることはできない。
→主権的な行為ではないという原告の主張に理由はない。
タ.制限的な免除論に立脚した国際慣習法を適用し、被告に国家免除を認めることは、韓国の憲法秩序に反するため、認めてはならないという主張について
(1)関連法理
・憲法前文と憲法第6条第1項によると、韓国の憲法は憲法により締結・公布された条約と、一般的に承認された国際法規を国内法と同様に遵守し、誠実に履行することで、国際秩序を尊重し、恒久的な世界平和と人類共栄に寄与することを基本理念の一つとしている。
・憲法27条第1項は、「すべての国民は憲法と法律が定める法官により、法律による裁判を受ける権利を持つ」とし、法律による裁判と法官による裁判を受ける権利を保障している。
裁判請求権のような手続き的な基本権は、原則的に制度的な保障の性格が強いため、自由権的な基本権の場合と比べ、相対的に広範囲な立法形成権が認められる。
(2)判断
・この事件に関し、国家免除に関する国際慣習法を適用すれば、被告の主権的行為に対する損害賠償請求を行うこの事件の訴訟で、被告に国家免除が認められるべきで、これにより原告が韓国の法院に対する提訴を通じた権利救済が困難になる。
・この部分についての原告の主張の当付(お願い)の問題は、基本的に被告に対し国家免除を認めることで侵害される原告たちの私益と、これを通じ増進される公益の間の衡量の問題だ。
○目的の正当性
・外国の主権的行為に対し、国家免除を認めることは憲法全文、第6条第1項が定めた国際法の尊重主義および国際平和主義という憲法上の価値を具現すべきためのもので、目的の正当性(太字本文ママ)が認められる。
○手段の適正性
・立法裁量が付与された場合、立法の目的を達成するための手段として、顕著に不合理で不公正な手段の選択はさけられるべき(太字本文ママ)。
・国家免除は、外国の主権的な行為に対しては法廷地国の裁判権自体を否定し、外国の応訴負担自体を免除するもの。
→先に見た目的の手段の関係に照らし合わせ、顕著に不合理と見ることはできない。
・また、外国の主権的な行為に該当する以上、どの国家であろうとも、問題となる行為が何かを問わず一律的に裁判権を否定するようにしており、その手段が不公正な手段に該当すると見ることが難しいため、手段の適正性も認められる(太字本文ママ)。
○侵害の最少性
(カ)憲法上の裁判請求権は法律によりその内容と範囲が定められる権利として、当然、本案の判断を受けられる権利を意味するものではない。そのため、法律と同一な効力を持つ国際慣習法による内在的な制約が前提となる権利と見るべき。
・裁判請求権が必ずしも全ての事件に対し、本案判断を受けられる権利と見ることはできない。
・こうした国際慣習法をそのまま適用した結果、訴えが不適法となったとし、これをもって裁判請求権の侵害と見ることはできない。
(ナ)被告に国家免除が認められた結果、この事件の被害者たちが大韓民国の法院に提訴し、権利救済を受けることが難しいとしても、韓国の‘外交的保護権’の行使と見られる、2015年12月28日の韓日合意(慰安婦合意)により、この事件の被害者たちに対する‘代替的な権利救済手段’が客観的に存在する。
・’外交的保護権’とは、ある国家が外国人の身体あるいは財産に対して違法行為を犯した場合、それに対して被害者の国籍国家が加害国家を相手に、その被害の救済のために外交的に行使できる国家の権利を意味する。
・韓日合意は外交的保護権行使の一般的な要件を備えており、この合意は慰安婦被害者たちの被害回復のための、被告政府レベルでの措置を内容としていることから、これらに対する代替的な権利救済手段を用意するためのものと見なければならない。
−この事件の被害者は韓国の国民であり、彼らが被告所属の裁判所を通じた訴訟提起などの権利救済手続きを終えた後、韓国は被告と外交的交渉を通じて上記の合意に達した。
→外交的保護権行使の一般的要件を備えている。
−この合意は、慰安婦被害者に対する被告政府レベルの謝罪と反省の内容が盛り込まれており、被害者たちの被害回復に向けて被告政府が資金を拠出し、財団を設立し、その財団が被害の回復に向けた具体的な事業をするよう定めている。
→被告政府のレベルでの権利救済と見ることができる。
−合意に基づいて設立された和解・癒やし財団の現金支援事業の結果、被告の資金拠出が行われた2016年9月1日頃から現在まで、生存被害者35名、死亡被害者64名に対して現金支給が行われた。
−上記財団の現金支援事業が行われた期間中の年度別生存被害者の数は40人(2016年12月31日基準)から、25人[和解・癒やし財団設立許可取消の時点(19年1月21日)頃の2018月12月31日基準]の間である。
これを考慮すると、生存慰安婦被害者たちの多くが、上記財団から現金を受領したと見なすことが合理的。死亡被害者を含めた全体の被害者240人(2021年2月21日基準、生存被害者15人、死亡被害者225人)を基準としてみても、その中の41.3%(99/240)程度に現金支援が行われた。
・上記の合意で、被告の責任の性格を明確に解明できず、最終合意案に関して慰安婦被害者たちの意見を収集しないなど、その内容と手続きに一部問題点がある。
しかし、被害者の国籍国家には、外交的保護権の行使の具体的な選択に関して広範囲の裁量が認められるが、下記のような事情を考慮すると、そのような問題点があるという事情だけで、上記の合意が外交的保護権行使に関する裁量権を逸脱・濫用したと見ることはできない。
−外国との外交交渉は相手国があるため、相手国が同意しない限り、当然、韓国の立場が最終合意案に反映されることはない。
−実際に韓国は被告との交渉過程で、被告が出捐する金銭の性格が法的な損害賠償責任という趣旨の主張をしたが、被告との意見の相違によって交渉が困難になった。
当時、韓国は生存慰安婦被害者の数と彼らの年齢などを考慮し、当初の立場を修正してでも、早期に慰安婦被害者たちの被害回復に向けた実質的措置を作ろうとしたものとみられる。
−慰安婦TFの結果によると、上記合意の過程で韓国は最終合意案について被害者の同意を得なかったが、その交渉過程で被害者や被害者団体の意見を収斂する手続きを経た。
−上記の合意に沿って、和解・癒やし財団の現金支援事業が行われ、生存慰安婦被害者のうち相当数がこれを受領したので、上記の合意が慰安婦被害者の意思に明確に反するものと断定することは難しい。
・韓日合意は正式な条約ではなく‘政治的合意’として、上記の合意によりこの事件の被害者たちの被告に対する損害賠償請求権の存否と範囲が最終的に確定したり、処分されるなどの実体法的な効果が発生したと見ることはできない。
→上記の合意がその内容や手続き上の瑕疵によってその効力が否定されると見ることは難しく、上記合意による給付が生存慰安婦被害者たちの多くに現実的に行われた。
→上記の合意が'政治的合意'としても、当時の朴槿恵大統領と被告総理大臣安倍晋三との個人的合意ではなく、国家間の合意である。
→上記の合意とこれによる後続措置により、この事件の被害者たちを含めた慰安婦被害者たちのための代替的な権利救済手段が作られたこと自体を否定することは困難。
・上記の合意は現在も韓国と被告との間に有効に存続している。
−韓日合意以降、韓国の行政府は「上記の合意が酷使社会の普遍的な原則に背くなど、手続き的・内容的に重大な瑕疵があり、上記の合意では慰安婦被害者問題を解決できない」という立場を表明。「和解・癒やし財団」の設立許可を取消、上記合意の効力を否定する態度を取った。
−しかし主務部署である外交部長官は、上記の合意が韓国と被告の間の公式的な合意であることを認め、再交渉要求をしない意思を明らかにし、このような態度は現在も維持されている。
−和解・癒やし財団の設立許可の取消後も、その残余財産を被告に返還するなど、合意の破棄を前提とした後続措置が取られていない。
−女性家族部長官の財団に対する設立許可の取消事由は、「財団が定款上目的事業を全く遂行できていない」というもの。
しかし、これはどこまでも上記財団が韓国内でこれ以上活動できないという意味に限られる。財団設立の基礎となった韓日合意の効力をはじめ、被告との対外的な関係に関することと見るのは難しい。
(タ)裁判請求権の手続き的な基本権としての性格と、代替的な権利救済手段の存在を考慮する場合、侵害最少性の原則も充たすと見ることができる。
(3)法益の均衡性
(カ)外国の主権的行為に対し国家免除を認めることは、憲法前文第6条が闡明する国際法尊重の原則というもう一つの憲法上の価値を具現化するためのものなので、侵害される私益と増進される公益の間の均衡を失ったと見ることはできない。
・国際慣習法により外国の主権的行為について国家免除を認めることは「一般的に認められた国際法規」に対し、国内の法律と同一の効力を付与した憲法第6条が定めた国際法尊重主義を具現するためのもの。
→これとは異なり、国内法の秩序に合致しないという理由で国際慣習法の適用を拒否することは、憲法が定めた国際法尊重主義に合致しない。
・被告に対し国家免除を認めないことは、大法院(最高裁)の判例はもちろん、韓国の立法府・行政府が取ってきた態度にも合わず、国際社会の一般的な流れにも合わない。
・韓国は制限的な免除論の法理をそのまま受け入れ現在に至っており、国際慣習法で認められていない例外拡大に消極的な態度を取っている。
−大法院は非主権行為に対しては国家免除を認めず、主権的行為に対しては国家免除を認める態度を現在まで維持。
−韓国の立法府は、国連国家免除条約に対する批准同意をし、または米国、日本などのような国家免除の範囲を制限する立法を行っていない。
−韓国の行政府も国連国家免除協約に関して原論的な立場だけを表明している(裁判所が外交部に対する事実照会を行った結果)。
・国家免除に関する現在の国際慣習法と異なり、被告に対し国家免除を否定する場合、判決の宣告およびその後の強制執行の過程で被告との外交関係の衝突が避けられない。
−一旦判決が確定すると、その強制執行の時期と範囲は、原告の意思によって決定され、韓国が介入できる余地が制限される。
−実際にギリシャ裁判所のディストモ判決が確定して以降、その強制執行はギリシャではなくイタリア内にあるドイツの財産に対して行われ、これをめぐる紛争がこの事件のICJ判決をもたらし、結局ICJによってその正当性も否定された。
−ディストモ判決とこれに対するイタリア裁判所の承認によって強制執行の対象となったドイツの財産はドイツとイタリアの間の「文化交流」のための施設であった。
(ナ)たとえ原告らに対する権利救済の必要性など国家免除の例外を認めるべき現実的な必要性があるとしても、既存の国際慣習法で認められていない新しい例外を創設する問題は慎重にアプローチすべき。
・国家免除に関する国際慣習法自体、またはこれをこの事件に適用した結果が韓国の憲法秩序に符合しないという理由で、こうした国際慣習法が裁判規範となってはならないという原告達の主張は、実質的に法律と同じ効力を持つ「一般的に承認された国際法規」である国際慣習法の効力を否定すること。
・憲法第107条は法令の規範統制権限を「法律」については憲法裁判所に(第1項)、命令・規則では、最終的に大法院に(第2項)分けて付与している。
・一般的に承認された国際法規としての国際慣習法が、成文法に対して補充的な効力のみを持つ民法上慣習法と同一の効力を持つとは考えにくい。
→裁判所に当然、国際慣習法の一部の効力を否定する権限があると断定することは困難。
・国際社会において「一般的な慣行の存在」と「法的確信」によって成立する国際慣習法について、当然、裁判所の合憲的解釈によってその効力を一部制限することができるという法理が確立されたとはいえない。
むしろ外国の主権的行為に該当すれば、別途の量刑過程を経ずに国家免除を認める最高裁判所の判例の態度に合致しない。
・たとえ、原告の主張のように被告が「強行法規」を違反して、この事件の被害者たちに「深刻な人権侵害」をもたらしたことを根拠に、国家免除の新たな例外を裁判所の解釈により創設することは、その要件が持つ包括性と不明確性により、今後国家免除が認められる範囲に関し、相当な程度の不確実性をもたらす他にない。
→慰安婦被害者に対する被告との関係でのみ、このような法理が適用されるものと断定できない。
・既存の制限的免除論より国家免除の例外を拡大することは、「韓国の外交政策と国益」に潜在的な影響を及ぼし得る事案である。
→新しい例外を認めるかどうか、もし認めるならどの範囲で認めるかは全面的に韓国の国益に及ぼす有利不利を冷静に考慮して、精密に定めるべき事項として、基本的に行政府と立法府の政策決定が先行されるべき事項と見るのが妥当。
このような意思決定がない状況で、裁判所が抽象的な基準だけを提示して例外を認めることは適切ではない。
(ハ) この事件において被告に国家免除を認めることは、既に韓国と被告の間でなされた外交的合意の効力を尊重し、追加的な外交交渉を円滑に行うためであって、一方的に原告に不義の結果を強要するためではない。
・国家免除の趣旨には、韓国の裁判所が外国を訴訟上の一方的な当事者として取り扱った場合にもたらされる外交的衝突と混乱を防止し、外交的交渉による解決を円滑にするためのもの。
この事件のように外交的交渉による代替的な権利救済手段が存在する場合にのみ認められるものではない。
・実際、この事件のICJ判決の多数意見は、ドイツとイタリアの間で被害者の被害回復のための外交的交渉が行われていないにもかかわらず、ドイツに対する国家免除を認めつつ、被害者の被害救済はイタリアとドイツの間の外交的交渉による権利救済が期待できるとの判断を付け加えた。
・しかし、この事件で韓国と被告の外交的交渉の結果である韓日慰安婦合意が現在でも有効に存続していて、その合意で定めた給付が「和解・癒やし財団」により慰安婦被害者たちに相当部分、現実的に行われた状況。
その合意の相手方である被告に対し、国家免除に関する国際慣習法が韓国の国内法と合致しないという理由だけを挙げて、国家免除を否定するのが妥当だと考えることは困難。
→被告に対する国家免除を認めることは、憲法前文と第6条第1項が定める国際法尊重主義と国際平和主義を具現するためのもので、侵害される私益と増進される公益の間の均衡性を喪失したとは考えにくい。
(ラ) 結論的に最高裁判所(97年)の制限的免除論に基づいた国際慣習法そのものが憲法に違反するとは考えられず、これをこの事件に適用して被告に国家免除を認めることが憲法に違反するとは考えにくい。
→この部分での原告の主張は受け入れない。
ラ.相互主義により被告に対する国家免除が認められてはならないという主張について。
・日本の法律第10条は、被告領土内における不法行為による人身損害等に対する損害賠償請求に関して、外国に対する国家免除を認めない規定を設けていることは認められる。
・しかし国家免除に関する相互主義の適用が国際社会で確立された慣行と見るのは困難。
・さらに国際慣習法は国際社会において何らかの慣行が一般的な慣行として定着し、法的確信によって裏付けられるとき、これに同意しない国に対しても拘束力を有するものであって、一部の国がこれに同意しないという事情だけで、当然その規範的拘束力を喪失しない。
このため、具体的な事件で問題になった相手国がそのような国際慣習法に同意しない国であるという事情だけで、法廷地国に対する国際慣習法の拘束力が喪失したり、または国際慣習法とは異なる相手国の法律によって国家免除を認めるべきではない。
→この部分での原告らの主張も受け入れ難い。
3. 結論とこの事件の主文
・現時点で有効な国家免除に関する国際慣習法とこれに関する最高裁判所の判例の法理によれば、外国である被告を相手に、その主権的行為に対して損害賠償請求をすることは許容されない。
・本裁判所としては、この事件で韓国の裁判所が被告に対する裁判権を有するかについて、韓国の憲法と法律またはこれと同一の効力を持つ国際慣習法によって判断せざるを得ない。
このため、先に見たように現在の規範によると、外国である被告を相手にその主権的行為に対して損害賠償請求をすることは許されず、このような結果が韓国の憲法に反するとも考えにくい。
・主文
1. この事件の訴えを却下する。
2. 訴訟費用は原告たちが負担する。
(了)