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『ブギウギ』の「最初の一週間」を魅力的にした、母・ツヤ(水川あさみ)の「存在感」

碓井広義メディア文化評論家
趣里さんが演じるヒロイン・福来スズ子(番組サイトより)

人生は「義理と人情」

花田鈴子(澤井梨丘)の家は、銭湯「はな湯」を営んでいます。

その「オープンの日」の出来事。

なかなか、お客さんが来てくれない中、「最初の客」となったのが、アホのおっちゃん(岡部たかし)でした。

「お金を落とした」というおっちゃんを、鈴子の父・梅吉(柳葉敏郎)は「口開けのお客さんや。ゲン担ぎやがな」とタダで入れてあげます。

その後、おっちゃんは、お礼にと「はな湯」の看板を作ってくれました。

奇抜な形の看板で、それで客を呼べたかどうかはともかく、以来おっちゃんの銭湯代は、ずっとタダなのです。

母のツヤ(水川あさみ)は鈴子に・・・

「(おっちゃんに)義理があんねん。義理を返すのが人情や」

それを聞いた鈴子は、自分にも「義理と人情」があったと気づきます。

転校生だった鈴子。最初に声をかけてくれたのが、親友のタイ子(清水胡桃)でした。

そのタイ子が同級生の少年を好きだと知って、何とか成就させようと奮闘する鈴子。しかし、事はそう簡単に運びません。

背景には、タイ子のことを「芸者の子」「妾(めかけ)の子」などとからかう、悪童たちの存在もありました。

この時、ツヤが鈴子に言います。

「鈴子が大丈夫や言うても、タイ子ちゃんは大丈夫やないねん。誰もが、言われると心底悲しい気持ちになることを、一つや二つは持ってるもんや。それを気にせんでええって軽く言うのんは、お母ちゃんは違う思うねん」

確かに、鈴子には「お節介」な面があります。それを「長所」と認めた上での、母の言葉でした。

翌日、鈴子はタイ子に謝ります。人を傷つけてはいけない。でも、もしも傷つけたら、理由はどうあれ、謝る! 

そんな素直さも鈴子の長所でしょう。鈴子の真っ直ぐな気持ちは、ちゃんとタイ子に届きました。

「楽しい」と思えることで生きていく

ドラマの中での年号が変わり、昭和2年(1927)。

小学校の卒業も近くなった鈴子は、進路について考えるようになります。

ずっと「はな湯」の仕事をしようと思ってはいたのですが、それでいいのかなあ、という気持ちも生まれていました。

ツヤに、「少女時代の夢は何だったのか」と聞いてみる鈴子。その会話の終わりに、ツヤが言ったのは・・・

「人は自分がこれや!思うとこで生きていくんがええ。そういう場を探していかなあかん。お母ちゃんかて、今はお風呂屋さん、ものごっつう楽しいで」

自分が「楽しい」と思えることで、生きていく。

自分が「なりたい」と思えるものに、なっていく。

そういう道もある。

それは鈴子にとっての「コペルニクス的転回」だったかもしれません。

自分は歌って踊っているときが一番楽しい! ということに気づいたのです。

鈴子は、歌が「好きな」女の子ではありません。歌が「好きすぎる」女の子です。

宝塚音楽学校を思わせる、「花咲音楽学校」の受験と不合格。

そして、大阪松竹歌劇団(現・OSK日本歌劇団)がモデルの「梅丸少女歌劇団」への“押しかけ受験”。

試験日を間違えたにもかかわらず、必死で訴える母子の熱意にほだされた、歌劇団の林部長(橋本じゅん)が、一曲だけ歌うことを許します。

ツヤは鈴子に向って・・・

「ええか、お母ちゃんやお父ちゃんのことなんぞ考えんでええ。自分のために歌うんや。いちばん好きな歌を、自分が歌いたいように思い切り歌ってみ!」

自分のために歌え。それは「自分のために生きろ」ということです。ツヤの深い思いが込められた言葉でした。

しかも、なんと林部長の「入れたれや」のひと言で、鈴子の入団が決定です。

朝ドラにおいて、そのドラマ全体のテイストや方向性を示す、大事な「第1週」。

ヒロインのキャラクターに大きな影響を与える、母・ツヤの「存在感」が随所に光っていました。

来週には、梅丸少女歌劇団の新人となった鈴子が登場してきます。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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