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「サクラの開花日」が早まると「生態系に影響」が出る?

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 そろそろサクラ(以下、ソメイヨシノ)が咲く頃だが、開花日が早まっているようだ。日本人にとって関係の深いソメイヨシノだが、その開花の遅速は生態系への影響と無関係ではないという。それはいったいなぜなのだろうか。

ソメイヨシノはクローン

 江戸時代の終わり頃から全国でソメイヨシノの栽培が広まったとされているが、長くソメイヨシノの起源については謎だった。そもそも、ソメイヨシノは江戸の染井という現在の豊島区駒込あたりの植木屋がヨシノザクラ(吉野桜)として売り出したのが始まりとされ、最初からソメイヨシノと呼ばれていたわけではなかった。

 ソメイヨシノが、植物として正式に学会に登場したのは1901年のことだ。当時付けられた学名はPrunus yedoensis。原産地が現在の韓国の済州島であるとかエゾヤマザクラとヒガンザクラの雑種であるなど諸説が出たが(※1)、現在ではソメイヨシノの学名はCerasus×yedoensis、エドヒガンとオオシマザクラとの雑種ということになっている(02)。

 接ぎ木などによって全国に広がったソメイヨシノは、ほとんどが同じDNAを持つクローンだ(※3)。そのため、いわゆる「サクラ開花予想」として、季節の移ろいを知る一種の指標になっているし、卒業・入学・入社など人生の節目にあたり、サクラにまつわる歌も多い。

休眠打破とは

 ソメイヨシノの開花は、開花前までの気温によって大きく影響を受ける。気象庁では2010年からソメイヨシノの開花予想を行っていないが、いつ満開になるかは花見に興じることの多い日本人にとっての重大事だし、観光産業などにとっても関心事の一つだ。

 植物の開花プロセスには、花芽の形成、休眠、休眠打破、花芽の生長、開花という段階があり、それぞれの段階の時期はその年ごとの気温によって異なる。この中の休眠打破というのは、冬期に気温が下がることで休眠していた花芽が刺激を受け、花芽の生長をうながす段階のことだ。

 12月、1月の気温が低く、休眠打破が起き、その後の花芽の成長期に気温が高いと開花が早まる。日本の平均気温の長期トレンドは、100年間で摂氏1.35度の割合で上昇しているが、では温暖化で冬季の気温が上がると、開花にはどんな影響が出るのだろうか。

日本の年平均気温の変化。グレーの実線は平均気温の基準値(30年平均値)からの偏差、青線は偏差の5年移動平均(前後データの平均)値、赤線は長期変化の傾向。気象庁のHPより
日本の年平均気温の変化。グレーの実線は平均気温の基準値(30年平均値)からの偏差、青線は偏差の5年移動平均(前後データの平均)値、赤線は長期変化の傾向。気象庁のHPより

 休眠打破はスギ、ブドウ、アジサイなどの花芽で起きるが、ソメイヨシノの場合は冬季に最低気温が摂氏マイナス8度から摂氏12.4度ほどの状態が続くと特に休眠打破が起きると考えられている。

 そのため、温暖化によって冬季の気温が低くならないと、休眠打破が遅れたり開花が不完全になるなどの影響が出る(※4)。

全国の開花日が接近

 25年間(1981年から2005年まで)の東京都の高尾山のソメイヨシノを含むサクラの開花時期を調べた研究によると、平均で5.5日早くなったことがわかり、これは2月から3月の平均気温が摂氏1.88度、上昇したことによるとし、特に早咲きの種で9日早く開花しているという(※5)。

 では、全国での開花日はどう変化しているのだろうか。

 休眠打破と花芽の成長期の気温と全国の都市部でのソメイヨシノの開花の関係を調べた研究によれば、地球温暖化による平均気温の上昇が休眠打破の遅れと花芽の成長に影響をおよぼし、花芽の成長期の平均気温の上昇が大きい地点ほど、開花日が早くなりやすい傾向がみえたという(※6)。ただ、地形や都市化などによって違いがあり、人工廃熱の影響などもあるのかもしれないとしている。

 1953年から2020年までの気象庁の気温データと全国のソメイヨシノの標本木の開花日、標本木が位置する緯度の関係を調べた研究によれば、1980年頃まで緯度が高くなるほど開花日が遅れるという関係が増えていったが、1980年以降はこの関係が少なくなっていくことがわかったという(※7)。

 そして、この現象は平均気温の高い地域で休眠打破が遅れたせいではないかとし、温暖化が進行すれば全国の開花日が接近していくのではないかとしている。

2001年から2023年までの仙台、東京、福岡のサクラ(ソメイヨシノ)の開花日の推移。単純に近似曲線で結ぶと高緯度ほど角度が急で開花日が接近していることがわかる。気象庁HPのデータからグラフ作成筆者
2001年から2023年までの仙台、東京、福岡のサクラ(ソメイヨシノ)の開花日の推移。単純に近似曲線で結ぶと高緯度ほど角度が急で開花日が接近していることがわかる。気象庁HPのデータからグラフ作成筆者

早まる開花日が生態系におよぼす影響

 これらの研究からわかるのは、ソメイヨシノの開花には、温暖化による休眠打破の遅れ、花芽の成長期の気温上昇、都市部と地方の地域差などが複雑に影響していることだ。低緯度地域は休眠打破が遅れるが、高緯度地域では花芽の成長が早まる。

 その結果、開花日が全国的に接近し、ある時期に一斉にソメイヨシノが開花する傾向が出てくる。

 また、ソメイヨシノの観察から他の植物でも開花の時期が変化していることが予測されるが、休眠打破や花芽の生長はソメイヨシノ以外の植物でも同じだ。そのせいで他の植物の受粉機会などが減り、生態系にも影響が出る恐れがある(※6)。

 サクラの季節が近づいているが、温暖化によって開花日が早まっている。どうやら卒業・入学シーズンに合わせてはくれなくなっているようだ。

※1:竹中要、「サクラの研究(第一報)ソメイヨシノの起源」、The botanical magazine, Tokyo, Vol.75, 278-287, 25, July, 1962
※2:Toshio Katsuki, Hiroyuki Iketani, "Nomenclature of Tokyo cherry (Cerasus × yedoensis 'Somei-yoshino', Rosaceae) and allied interspecific hybrids based on recent advances in population genetics" TAXON, Vol.65, Issue6, 1415-1419, December, 2016
※3:Hideki Innan, et al., "DNA fingerprinting study on the intraspecific variation and the origin of Prunus yedoensis (Someiyoshino)" The Japanees Journal of Genetics, Vol.70, No.2, 185-196, 1995
※4:丸岡知浩、伊藤久徳、「わが国のサクラ(ソメイヨシノ)の開花に対する地球温暖化の影響」、農業気象、第65巻、第3号、283-296、2009
※5:Abraham J. Miller-Rushing, et al., "Impact of Global Warming on a Group of Related Species and Their Hybrids: Cherry Tree (Rosaceae) Flowering at Mt. Takao, Japan" American Journal of Botany, Vol.94(9), 1470-1478, 2007
※6:多田裕樹ら、「全国24都市におけるソメイヨシノの開花日と気温および周辺土地被覆の経年変化」、ランドスケープ研究、第82巻、第5号、715-720、2020
※7:Shin Nagai, et al., "Does global warming decrease the correlation between cherry blossom flowering date and latitude in Japan?" International Journal of Biometeorology, Vol.64, 2205-2210, 5, September, 2020

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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