W杯のコストで赤字転落が話題に。ABEMA過去最大のギャンブルの勝敗は?
昨年、日本を大きく盛り上げたサッカーW杯での日本代表の大活躍。
その裏側の立役者としても注目された、ABEMAを運営するサイバーエージェントが、10月〜12月の四半期決算を発表し、四半期の業績が赤字に転落したことが話題になっています。
参考:「W杯コスト」で約12億円の営業赤字、サイバーエージェント1Q決算 ゲーム事業も“ウマ娘前”水準に?
「赤字転落」や「20年ぶり赤字」などネガティブなタイトルで報道するメディアも少なくありませんし、あれだけW杯が盛り上がればABEMAも儲かったのだろうと思っていた視聴者からも、驚きの声が多く出ていたようです。
ABEMAにとっても今回のW杯カタール大会の放映権獲得は、「過去最大の投資」とも言われており、大博打やギャンブルという表現を使う関係者も少なくありませんでした。
その一方で、W杯放映期間中のABEMAの四半期の業績が赤字だったと言われると、ABEMAはこの博打に負けたという印象を持つ方も少なくないかもしれません。
ただ、俯瞰的に今回のABEMAの投資の結果を分析してみると、違う評価が見えてきます。
■ABEMAはW杯にいくら投資したのか
まず、今回のABEMAのW杯放映権獲得の分析をする前に、確認しておきたいのが、今回のW杯放映権の金額です。
一時期、メディアの報道で、W杯の放映権にかかった費用が200億円と報道された関係で、多くのメディアがABEMAが200億円支払ったと報道しているようです。
ただ、実際にはこの200億円というのは、W杯の放映権の総額として初期に提示されていた金額の模様。
実際に、過去のスポニチの報道では「総額は180億円近くではないか」という民放関係者の発言とともに、「NHKに次ぐ金額をABEMAが支払って」残りの金額をテレ朝とフジが支払ったとなっています。
参考:ABEMA サッカーW杯カタール大会放映権獲得、地上波Gリーグ日本戦はテレ朝、NHK、フジで放送
日経新聞の報道でも、ABEMAが支払った金額は70〜80億円ではないかという記述がありましたので、200億円という報道はあくまで総額で、ABEMAが支払った金額は多くとも80億円というのが業界の予想のようです。
具体的に、今回のサイバーエージェントの決算発表から、メディア事業の四半期毎の業績の推移を見ると下記の通り。
W杯が放映された前四半期は、334億円と売上が上昇したものの、W杯放映権等のコスト増で93億円の赤字。
これがサイバーエージェント全体の決算の足を引っ張り、20年ぶりの赤字決算という結果につながっています。
ここから、前四半期は334+93=427で、約427億円のコストが計上されたことが分かります。
一方、その前の四半期は302億円の売上で26億円の赤字ですから、コストは約328億円という計算になります。
つまり、前々四半期と前四半期のコストの差は約99億円。
ABEMAにおけるW杯による費用増は、おそらくはこの99億円前後で収まっていると想定できるわけです。
そこで、この記事ではABEMAの投資額は、100億円と仮定して分析を進めます。
■新規に600〜700万ダウンロードを獲得
従来のテレビ局の感覚であれば、W杯の放映権に対する投資金額が200億円であろうが100億円であろうが、その投資に対するリターンは基本的にW杯放映期間中のテレビCMなど、その投資した期間中に回収することになります。
ですから、今回のABEMAのように100億円投資を増やしても、売上が32億円しか増えないのであれば、この事業は68億円の大赤字ということになり、大失敗の投資だったと評価されるのが普通です。
ただ、今回のABEMAにとって、W杯放映権獲得の最大の目的は、普段ABEMAを使っていない新規顧客にABEMAを知ってもらい使ってもらうことです。
その視点で注目すべきは、まずアプリのダウンロード数でしょう。
上記の通り、ABEMAのアプリのダウンロード数は、FIFAW杯期間中に700万増えたと発表されています。
これまでのABEMAは大体月間100〜110万のダウンロード数が平均で推移してきましたから、おそらく600万程度はW杯効果だと想像できます。
そうすると、実はABEMAは100億円の投資で600万ダウンロードを獲得できたことになり、1人あたりのコストは1700円弱という計算になります。
アプリマーケティングの世界では、決済アプリのPayPayが100億円あげちゃうキャンペーンで、ユーザーに100億円をばらまくことで、一気に決済アプリの首位を獲得することに成功した事例が有名です。
参考:ペイペイ「100億円あげちゃうキャンペーン」には、どんな裏があるのか
調査会社のレポートによると、この100億円あげちゃうキャンペーンは月のアクティブユーザー数を一気に500万人以上引き上げるのに成功したと分析されています。
参考:PayPay「100億円あげちゃうキャンペーン第1弾」のマーケティング効果を調査
当然、二つのアプリは目的も位置づけも違いますから単純比較はできませんが、少なくとも今回のABEMAのW杯放映は、このPayPayの100億円キャンペーンに匹敵する成果をあげたとみることもできるわけです。
■アクティブユーザーも前年比較で4割増える結果に。
また、W杯が貢献しているのはダウンロード数だけでなく、更に興味深いのはアクティブユーザー数の推移です。
ABEMAの週間のアクティブユーザー数は、W杯期間中に過去最高の3,409万を記録。
従来のABEMAの週間アクティブユーザー数を倍増近い数値に一気に押し上げ、直前の週の1,243万から2,000万以上増加する結果になっています。
つまり、W杯は、ABEMAのアプリを新規に600万以上のユーザーにダウンロードさせる結果につながっただけでなく、あまりABEMAにアクティブではなかった既存ユーザーを1000万人以上連れ戻すことに成功したわけです。
しかも、W杯終了後も前年平均と比較すると1.4倍のアクティブユーザー数を維持できていると発表されており、ここ2年ほど横ばい気味だったABEMAのアクティブユーザー数を400〜500万人単位で増やすことに成功している可能性があるわけです。
特にスポーツチャンネルはW杯前の1.7倍、バラエティー番組は2倍、格闘技チャンネルに至っては5.7倍の伸びを示しているようですから、今回のW杯で、スポーツやバラエティ好きの視聴者の取り込みに成功したと言えます。
100億の投資で700万の新規ダウンロードを生み、1000万人の休眠ユーザーを連れ戻し、500万人のアクティブユーザーを生んだ、と考えると、実は100億円の投資は相当リーズナブルだったということも言えるわけです。
■ABEMAの認知やブランドイメージも向上しているはず
さらに、まだ詳細な調査結果は出ていませんが、今回のW杯放映権獲得で、ABEMAの認知度やブランドイメージは間違いなく大幅に向上していることが想像されます。
例えばGoogleトレンドで、Googleの検索数の数値をみても、「ABEMA」の検索数は従来の5倍近いレベルに跳ね上がっています。
また、本田圭佑さんによる解説であったり、ツイッターに動画をツイートできる機能であったりと、ABEMAならではの取り組みが大きく評価され、ツイッター上でもABEMAやサイバーエージェントの経営者である藤田さんへの感謝のツイートを多数見ることができます。
参考:日本代表快挙の裏側で、ABEMAが成し遂げたW杯中継民主化の破壊力
なにしろ、ABEMAが投資を判断しなければ、W杯の試合を無料で観れなかったかもしれない状況だったため、ABEMAがW杯中継を決断した後、藤田社長が「サイバーエージェントを立ち上げて25年目になりますけど、一番褒められたし、感謝されましたね(笑)」と振り返るほど、多くの感謝がABEMAに寄せられたと言います。
参考:ABEMAトップ・藤田晋社長を直撃インタビュー「W杯全64試合を“無料生中継”する理由」そして「思い描くスポーツ観戦の未来像とは」
その後、サーバーを落とすことなく全試合生中継を成功させたことで、業界の内外問わず、サイバーエージェントやABEMAの評価が、大きく上がっていることは間違いありません。
■藤田社長の決断当時、日本は予選落ちの危機
しかも、今となっては多くの人が忘れていると思いますが、上記の藤田社長のインタビューにも書かれているように、藤田社長がW杯放映権獲得の決断をした当時、日本はW杯の最終予選で苦戦をしているタイミングでした。
参考:「予選敗退の危機に瀕している」森保ジャパンのサウジ戦完敗に豪メディアも反応!「直接対決に必死」
当時は、日本代表がアジア予選で敗退する可能性すら囁かれており、誰も日本代表が、本大会でドイツやスペインを破るような大金星をあげるとは予想できなかったタイミングです。
藤田社長は、そのタイミングで100億円規模の投資を判断したわけです。
その後、日本は無事にアウェーのオーストラリア戦に勝利して、W杯出場権を獲得。本大会での日本代表の大活躍にも後押しされる形で、日本中がW杯の熱狂に巻き込まれることになります。
ただ、あの予選敗退のリスクがあるタイミングで、この100億規模の投資の判断をできる経営者は、日本の上場企業にはほとんどいないだろうと断言できます。
文字通りの大博打を実施した藤田社長率いるABEMAは、結果的に上記で分析したように、アプリマーケティングとしても歴史に残る規模の新規ユーザーやアクティブユーザーを獲得し、ブランドイメージの向上にも成功したことになります。
もちろん、最終的にこの大博打が成功だったと振り返れるかどうかは、これからのABEMAが引き続き挑戦を続け、新しいユーザーを楽しませつづけることができるかにかかっているのは間違いありません。
ただ、少なくとも俯瞰的に様々な数値や状況を分析する限り、今回の藤田社長とABEMAの大博打は、現時点では藤田社長とABEMAの「大勝利」と言った方が正しいように感じます。
はたして、これから藤田社長やABEMAがどんな挑戦をしてくれるのか、ABEMAの取り組みに引き続き注目したいと思います。