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法廷で「執行猶予にしてください」と嘆願した被告人 遺族を襲ったさらなる苦しみ

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
事故現場には小学生の3女が掲げた、突然亡くなった父へのメッセージが(遺族提供)

なぜ、この事故は起き、父は亡くなったのか……。今回の公判で、やっと本人の口からそのことを聞けると思っていました。でも、被告人は『認めるのが遅くなって、申し訳ありませんでした』と謝罪の言葉を述べるだけで、『自分は青だと思っていた、赤信号と見間違えてしまった』としか答えませんでした。結局、私たちが一番知りたかった事故原因については、真実をきちんと聞くことはできませんでした

 そう語るのは、2年前に起こった交通事故で、父・仲澤勝美さん(当時50)を亡くした長女の杏梨さんです。

 1月21日、静岡地裁沼津支部で行われた4回目の公判は、「過失運転致死」の罪に問われている被告人の女性(48)への尋問でした。

 逮捕・起訴されてもなお、「自分は青信号で進行した」と無罪を主張し続けていた被告は、自車のカーナビに残っていたデータなどから進行方向の信号が赤だったことがわかると、一転、2回目の公判で「信号無視」を認めて遺族に謝罪。この時点ですでに事故から1年半が過ぎていましたが、裁判は異例の展開となっていたのです。

刑事裁判のあと、亡き父の遺影を手に各メディアの質問に答える長女の杏梨さん(左)と次女(筆者撮影)
刑事裁判のあと、亡き父の遺影を手に各メディアの質問に答える長女の杏梨さん(左)と次女(筆者撮影)

■「認めるのが遅くなり申し訳ありません……」遅すぎる謝罪と言い訳

 2019年1月22日、静岡県三島市で発生した乗用車と原付バイクの衝突事故。この事故の経緯については、以下の記事等でレポートした通りです。

事故死した父の走行ルートが違う! 誤った捜査と報道を覆した家族の執念(2019/6/3配信)

 乗用車を運転していた被告人は、赤信号無視で交差点に進入し、右側から青信号で走行してきた仲澤さんをはねたにもかかわらず、「自分が青信号で進行中、対向してきた仲澤さんの原付バイクが、突然右折をして衝突してきた」と説明。警察はそれを鵜呑みにし、裏付け捜査をほとんどしないまま報道発表していたのです。

静岡県三島市の現場交差点。被告人の乗用車は手前から赤信号にもかかわらず直進。仲澤さんの原付バイクは、青信号で右から左へと進行していた(遺族提供)
静岡県三島市の現場交差点。被告人の乗用車は手前から赤信号にもかかわらず直進。仲澤さんの原付バイクは、青信号で右から左へと進行していた(遺族提供)

 そもそも、なぜ被告人は信号の色を『見間違えた』のか? 遺族は、裁判で被害者参加制度を利用し、直接質問をしました。

『スマホを見ていたのではないか?』ということも、被告人に直接聞いてみたのですが、質問が終わらないうちに『それはないです、まっすぐ前を見ていました』と主張していました。では、まっすぐ前を見ていたのなら、いったい何を見間違えたのですかと尋ねると、『ずっと考えているけれど、自分でもわからないんです』そう答えるだけでした」(杏梨さん)

■「今、自分がいなくなったら家族が困る」と執行猶予求めた被告

 この後の被告人尋問では、さらに遺族を動揺させる言葉が本人の口から飛び出しました。杏梨さんは、ため息をつきながら語ります。

「尋問の途中、被告側の弁護士が、『あなたは、執行猶予を希望していますよね』と尋ねたのです。一瞬、えっ、この場で被告人にそんなことを聞くの? と思ったのですが、本人はさらっと、『はい、そうです』と答えたのには驚きました」

 被告人がその理由として挙げたのは、同居している夫の母親の認知症が始まり、昨年末には骨折して杖を突いていること。また、末の娘が過去に難病を患って、今も再発の恐れがあること、などでした。

「本当に信じられませんでした。被告人は自分の家の事情をいろいろと並べ立て、『今、自分がいなくなったら家族が困るので、ご遺族には申し訳ないと思うが、執行猶予にしてほしい』と嘆願したのです」(杏梨さん)

加害者の供述と警察の捜査に納得できず、目撃証言を求めた遺族の活動を紹介した新聞記事(遺族提供)
加害者の供述と警察の捜査に納得できず、目撃証言を求めた遺族の活動を紹介した新聞記事(遺族提供)

 被告が執行猶予を求めたことについては、ネット上でも話題になり、その事実をテレビや新聞のニュースで知った視聴者や読者からは、

「嘘をついた加害者に対してはペナルティを与え、通常より重い刑罰を科すべき」

「執行猶予などとんでもない。実刑に」

 と言った厳しい意見が相次いで投稿されていました。

■事故から2年……、今も全く進まぬ遺族への賠償

 被告人の一方的な供述をもとにした「死人に口なし」の初動捜査、それを基にした報道、そして、被告が加入していた自動車共済の担当者による重過失の押し付け……。

 遺族は事故後、亡き父の名誉を砕かれ、ずっと苦しめられてきました。

「パパは絶対に悪くない!」そう信じて遺族が自ら動かなければ、おそらくこの事故の真実は曲げられたまま、亡くなった仲澤さんの全面的な過失によって起こった事故として処理されていたでしょう。

 事故の過失割合は、損害賠償にも直結します。仮に、仲澤さんのほうに100%の過失があったと判断されれば、遺族には自賠責保険も、その上乗せである任意保険も一切支払われないどころか、逆に相手の車の修理代を請求されることになります。

 亡くなった仲澤さんの3女は、事故当時まだ小学生でした。

 もし、加害者の嘘がとおっていれば、遺族は経済的にも困窮を強いられ、将来にわたって想像を絶する苦難を強いられていたに違いありません。

 現実に、事故から2年経った今も、遺族は加害者からの賠償を一切受けていないのです。

 それだけに、被告のこうした不誠実な対応に対して、遺族がより厳しい処罰感情を抱き、実刑を求めるのは当然でしょう。

子どもたちが幼い頃の仲澤さん一家。勝美さんは子煩悩でとてもやさしい父親だった(遺族提供)
子どもたちが幼い頃の仲澤さん一家。勝美さんは子煩悩でとてもやさしい父親だった(遺族提供)

■死亡事故の93%が「執行猶予付き」判決という現実

 交通事故の場合、被害者が死亡するような重大事故であっても、実刑になることは極めて少ないのが現状です。

『犯罪白書』(令和元年)から、「平成30年 交通事件通常第一審における有罪人員(懲役・禁固)の科刑状況」のデータを引き出したところ、死亡事故を起こし、「過失運転致死罪」で起訴された総数は1年間に1352件、このうち実刑になったのは88件で、刑期別にみると以下の通りです。

●「過失運転致死罪」で起訴され、懲役・禁固刑を下された件数(2018年)

 (左は実刑の期間/右はその件数)

  •  7年以下    2件
  •  5年以下   13件
  •  3年     10件
  •  2年以上   35件
  •  1年以上   15件
  •  6月以上    0件
  •  6月未満    13件

 つまり、正式起訴された1352件のうち、1264件(93%)は執行猶予付きの判決

 また、実刑判決を受けた計88件のうち、3年以下の懲役もしくは禁固刑が、73件(83%)を占めていることもわかります。

 この数を低いとみるか、高いとみるかは、立場によって異なるのかもしれませんが、これが、交通犯罪に科せられる刑罰の現実です。

 第4回公判の翌日は、仲澤勝美さんの2回目の命日でした。

 遺族はツイッターに、こう綴っていました。

『父が他界してから今日で2年になりました。

 事故があった時刻は18時13分。

 今でも父がいつも通り帰ってくるような気がしてしまいます。

 お帰りって言いたい』

 裁判官は、当初虚偽の供述をして、亡くなった被害者に事故の責任を押し付けようとした被告にどのような刑罰を科すのでしょうか。

 次回の裁判(結審)は、2月15日、午前10時から。

 裁判官からの被告人尋問と、死亡した仲澤さんの妻、そして次女の意見陳述の後、求刑がおこなわれる予定です。

仲澤勝美さんの命日に発信された遺族のツイッター(遺族のツイッターを筆者撮影)
仲澤勝美さんの命日に発信された遺族のツイッター(遺族のツイッターを筆者撮影)

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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