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「マスク」時代の「子ども」は喜怒哀楽を読み取れなくなる?

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナのせいでマスクを外せない毎日が続いているが、マスクで表情がわかりにくいため、我々の対人関係はどう変化するのだろうか。最新の研究では、マスクは子どもの社会的な発達に影響を与えるかもしれないことがわかった。

原則、子どもにマスクは必要ない

 新型コロナの感染防止対策のため、世界中でマスクをする人が増えた。新型コロナウイルスは、主に接触感染と飛沫感染によって感染すると考えられているため、手指衛生の励行によって接触感染を、マスク着用によって飛沫の拡散を防ぐことが期待できるからだ。

 口や鼻に自らの手指が触れることで手指に付着したウイルスや細菌に感染する恐れがあるが、マスクの着用は口や鼻を無意識に触ってしまうことを防ぐ効果もある(※1)。

 だが、マスクをすることで体温を適切に排出できず、熱中症になる危険性もあるが、特に児童のマスク着用には注意が必要だ。学校の体育の時間にマスクをつけ、長距離走をした児童が亡くなるという事故も起きている。

 WHO(世界保健機関)とユニセフは、5歳以下の児童にマスク着用の必要はないとし、6歳から11歳までの児童については感染状況やリスク、マスクの適切な使用の指導ができるかどうかなどによって判断するべきとしている。

口や口の周辺の表情を手がかりに

 では、子どもがマスクをつけないとしても、周囲の大人がマスクをしていた場合、子どもの社会的な認知の発達に何か影響はないのだろうか。

 マスクで顔の下半分を隠すと、相手の表情を読みにくくなり、心理的な混乱に陥ることもあるようだ。また、聴覚障がい者とのコミュニケーション、プライマリケア(かかりつけ医など一般的な総合診療)など患者とのコミュニケーションが重要になる医療、接客業などの現場でのマスク着用による問題は以前から指摘されている(※2)。

 人間も動物なので、基本的な行動は喜怒哀楽といった情動反応に支配されることが多い。いくら感情を糊塗しようとしても、内面の気持ちが表情に出てしまうこともある。

 ヒトの行動の研究では、歯を見せる量に対する評価や左右の対称性の効果に議論があり、口の開け方と歯の見せ方によって受る印象、与える印象が大きく変わるようだ(※3)。特に、喜怒哀楽といった情動反応は口の周辺に出やすく、洋の東西を問わず、我々は相手の口が開いた表情に注意が向きがちだという。

感情を推測しにくくなったマスク

 最近、イタリアの研究グループが、3歳から5歳のイタリアの子ども31人、6歳から8歳の子ども49人、18歳から30歳の大人39人を対象にし、マスクをつけている人の顔とつけていない人の顔の画像をタブレットやスマートフォンで示し、その顔の表情がどんな感情(喜怒哀楽など)を表しているのか質問するという調査を行い、精神医学雑誌に発表した(※4)。

 調査は2020年5月5日から15日というパンデミックのさなかに行われたが、マスクをしていない顔と比べ、顔の目から下がマスクで隠れている場合、3歳から5歳までの子どもは感情を40%しか認識できなかったのに比べ、6歳から8歳の子どもは55%から65%、大人は70%から80%がマスクで隠れた表情から感情をうかがうことができたという。

各年代(TODDLERS:3歳から5歳、CHILDREN:6歳から8歳、ADULTS:18歳から30歳)で、マスクで顔の下半分が隠れると感情を推測できる割合が減る。特に3歳から5歳の子どもはマスクによる影響が大きいことがわかる。Via:Monica Gori, et al.,
各年代(TODDLERS:3歳から5歳、CHILDREN:6歳から8歳、ADULTS:18歳から30歳)で、マスクで顔の下半分が隠れると感情を推測できる割合が減る。特に3歳から5歳の子どもはマスクによる影響が大きいことがわかる。Via:Monica Gori, et al., "Masking Emotions: Face Masks Impair How We Read Emotions" frontiers in Psychology, 2021

 先行研究では、口や口の周辺の表情が相手の感情を示す指標になっているとし、多くの人が多くの状況でマスクをし、口や顔の下半分が隠された場合、どんな影響があらわれるのかは興味深い。

 乳幼児や低年齢の子どもは主に相手の顔の表情から感情を推測するので、この調査結果は、単に3歳から5歳の子どもの認知の発達が未熟なだけだったかもしれない。

 子どもは発達するにつれ、顔の表情だけではなく仕草やその時の状況などを手がかりに相手の感情を推し量ることができるようになっていく。

 この研究グループは、マスク以外の顔の表情からその人の感情を40%しか認識できなかった年代の子どもの適応力や脳の柔軟性は高いので、低年齢の子どももパンデミックの間にマスクの下の感情を推測できるようになっているかもしれないといっている。

 新型コロナの影響は多種多様で多岐にわたるが、学校が休校になるなど、子どもも大きな負担を強いられている。周囲の大人がマスクをし、表情をうかがい知ることが難しい状況が長く続けば、子どもの社会的なコミュニケーション能力や心理の発達に何らかの影響が出てくるかもしれない。

※1:Rachel T. Weber, et al., "Environmental and Personal Protective Equipment Contamination during Simulated Healthcare Activities." Annals of Work Exposures and Health, Vol.63, No.7, 784-796, 2019

※2-1:Carmen Ka Man Wong, et al., "Effect of facemasks on empathy and relational continuity: a randomised controlled trial in primary care." BMC Family Practice, Vol.14, doi.org/10.1186/1471-2296-14-200, 2013

※2-2:Urvakhsh Meherwan Mehta, et al., "The "mind" behind the "mask": Assessing mental states and creating therapeutic alliance amidst COVID-19" Schizophrenia Research, doi: 10.1016/j.schres.2020.05.033, May, 16, 2020

※3-1:Nathaniel E. Helwig, et al., "Dynamic properties of successful smiles." PLOS ONE, Vol.12(6), 2017

※3-2:Sandra J E. Langeslag, et al., "The effect of mouth opening in emotional faces on subjective experience and the early posterior negativity amplitude" Brain and Cognition, Vol.127, 51-59, 2018

※3-3:Shuang Cui, et al., "The influence of mouth opening and closing degrees on processing in NimStim facial expressions: An ERP study from Chinese college students" International Journal of Psychophysiology, Vol.162, 157-165, 2021

※4:Monica Gori, et al., "Masking Emotions: Face Masks Impair How We Read Emotions" frontiers in Psychology, Vol.12, Article 669432, 2021

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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