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カナダ首相へのオキテ破りの“説教”の全容――自ら「戦狼ぶり」を体現した習近平主席

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
Annie Bergeron-Oliver氏のTwitterより

 インドネシア・バリ島で開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で、にわかに注目を集めたのが、中国の習近平(Xi Jinping)国家主席がカナダのトルドー首相に“説教”をする映像だ。中国のリーダーの立ち居振る舞いは高度に演出されている場合が大半で、他国のカメラの前でこうした態度を取るのは珍しい。習近平氏の他国指導者とどう交流しているか垣間見る貴重な資料といえ、習近平氏自身の「戦狼」スタイルを可視化したものといえる。

◇上から目線で“訓示”

 問題の場面は、G20の締めくくりとなる16日のレセプションでの出来事。カナダの代表取材チームが16日撮影したもので、1分にも満たない長さだ。

 その中で、習近平氏とトルドー氏は通訳を介して会話している。

 習近平氏は中国語で「われわれが話した中身を新聞に伝えるのは不適切だ。そして、われわれはそんなやり方はしない」と、身振り手振りで伝えていた。

 通訳が最後まで伝えないうちに、トルドー氏が口を挟もうとすると、習近平氏はさらにそれを遮る。両手を小さく広げ、それを上下に振りながら「もし誠意があれば、お互いを尊重し合う態度で、うまくコミュニケーションをとることができるはずだ」と訴えかけた。トルドー氏は素っ気なく、うなずいている。

 通訳が訳そうとするが、それを待たずに、習近平氏は右手を差し出して「そうでなければ、その結果がどうなるか。何とも言えない」と述べ、口を堅く閉じて、やや険しい表情を浮かべた。

 通訳の言葉が終わらないうちに、トルドー氏は英語で「カナダでは、自由で開放的で、かつ率直な対話を信条としている。今後も建設的に協力していきます。ただ、意見が一致しない事柄もあるでしょう」と伝えた。

 その間、習近平氏は目をそらし、右に左に体を揺らしながら、落ち着かない素振りを見せている。

 トルドー氏の話が途切れた瞬間、習近平氏は両手を上下に振って、トルドー氏を諭すように「(対話の)条件を整えるべきだ、条件を整えるべきだ」と畳みかけた。

 習近平氏は最後に「わかった」と言って、硬い笑みを浮かべながら右手を差し出し、握手して別れた。トルドー氏は終始、硬い表情だった。

 音声を切って、映像だけをみれば、習近平氏が上から目線で、トルドー氏に何か訓示を与えている――という印象を受ける。

帰還を歓迎する関係者に手を振って応える孟晩舟氏=中国中央テレビのウェブサイトをキャプチャー
帰還を歓迎する関係者に手を振って応える孟晩舟氏=中国中央テレビのウェブサイトをキャプチャー

◇報道へのリーク、気に入らず

 習近平氏は、トルドー氏の何に腹を立てているのか。

 そもそも両国は、中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟(Meng Wanzhou)副会長が2018年12月にカナダで身柄を拘束されて以来、関係がギクシャクしている。最近でも、G20を前にした今月7日、カナダ・グローバルニュースが情報当局の話として、中国当局によるカナダの総選挙への介入疑惑について報じたり、その前日にはカナダ最大の電力会社社員が中国向けの企業秘密を盗んだ容疑で逮捕されたりして、両国関係は険悪化。習近平氏はG20を含む一連の外遊で、日本や米国、韓国など多数の国との首脳会談に応じたのに、トルドー氏との会談はセットされなかった。

 米国やカナダの報道を総合すると、こうした状況のなかでも、習近平氏とトルドー氏は15日のレセプションの際、10分間ほど、非公式に会談をすることになったという。両国政府ともこの会談について公表していないのに、カナダのメディアがカナダ政府関係者の情報としてこの会談について報じ、トルドー氏が習近平氏と▽ロシアのウクライナ侵攻についての中国の立場▽その他の国際問題▽カナダ総選挙への介入疑惑に関する報道――について協議したと伝えた。

 カナダ総選挙への介入疑惑とは、2019年のカナダ総選挙の際、対中国強硬派の候補を落選させる目的で、トロントの中国総領事館の指示で、対立候補らに資金約25万カナダドル(約2700万円)が送金されたり、中国関連の人物が選挙スタッフとして送り込まれたりしたという。

 この報道について、トルドー氏は「残念ながら、中国であろうとなかろうと、世界の国がわが国の機関や民主主義に攻撃的な争いを仕掛けている。外国による選挙干渉を防ぐための戦いに投資していく」という声明を発表していた――という経緯がある。

 結局、非公式会談について、カナダ側から発信された情報だけが表に出ることになった。習近平氏としては「トルドー氏との私的な会話が、ニュースという形でカナダのメディアに漏れた」と不満を抱き、対抗手段として相手国のカメラの前で「新聞にリークした」との認識を表明したうえで「適切ではない」と不満をぶちまけるというパフォーマンスに打って出たのではないか。

 カナダの元政府当局者は香港の有力英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)に対し、2国間の話し合いについて説明するのは双方にとって正常な行為という。カナダのシンクタンク「マンク・グローバル(Mank Global)」のディレクターを務めるマンク氏はSCMPの取材に、中国との難題について提起したトルドー氏を「カナダ人は誇りに思うべきだ」と指摘したうえ「習主席は、国内において異議というものに慣れておらず、居心地が悪いと感じたのかもしれない。だからこそ、国際的な首脳の集まりは重要だ」との見方を示した。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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