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ナマズは「地震予知」できるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 人類は昔から予知できない未来の出来事をどうにかして知ろうとしてきた。地震予知もその一つだが、動物の持つ人類にはない能力が地震の予兆を感知するという伝承も広く流布している。そうした研究も多く、それら研究から動物の地震予知能力について改めて検証する論文が出た。

地震とナマズの関係とは

 地震の多い日本では、地震に関する研究に多額の予算を投入してきた。その額はざっと年間数百億円ともいわれているが、地震の予知にはあまり多くの研究予算が割かれていないようだ。

 この地震予知に関しては、1990年代の終わり頃から科学雑誌上で研究者らにより盛んに議論がなされてきた(※1)。地震については、それが起きるメカニズムなどの研究は多く歴史も長い。だが、こと地震予知では、過度な期待を市民国民に抱かせるべきではないと主張する研究者も少なくない。

 日本の地震予知研究と政治行政の関係については別の問題もあるが、この記事では動物が地震を予知するという伝承について考える。すでにこの伝承に対しては科学的に懐疑的な意見もあるが、地震の前兆に関する錯覚や思い込みの代表的な例とする研究者も多い。

 日本では巨大なナマズが地中深くにいて、そのナマズが暴れると地震が起きると長く信仰されてきた。こうした伝承は、地震の前にナマズが暴れたり不自然な挙動をしたという考え方によるものだ。そのため、江戸時代には地震を起こすナマズ退治の様子を描いた鯰絵というものが広まったりした(※2)。

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1855年に起きた安政江戸地震の際に民間に広まった鯰絵。「地震よけの歌」とある。Via:早稲田大学博物館所蔵

 地震の予知に関し、ナマズが本当に異常な行動をするかどうかの研究がある。戦前に東北帝国大学教授として多くの研究成果を挙げた生物学の大家、畑井新喜司は、自身が青森県に1924(大正13)年に創設した東北帝国大学理学部付属浅虫臨海実験所において、ナマズ(Parasilurus asotus)を使った実験を1932(昭和7)年に行った(※3)。その結果、ナマズは地震発生の6〜8時間前に普段とは違う敏感な行動を見せることがわかったという。

 戦前に限らず同様の報告や研究結果は意外にも多い。例えば、1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災の前日、大阪大学の実験用マウスが異常行動を示していたという報告(※4)があったり、2009年4月6日にイタリアで起きたラクイラ地震の数日前からヒキガエル(Bufo bufo)が異常行動を示したという研究(※5)があったりする。

地震体験と心理状態

 これらの行動については、生物が微弱な地震波動や電磁波を感知するのではないかという仮説はあるが、はっきり理由はわかっていない。一方、我々の間に流布しているこの種の伝承についていえば、地震という異常事態の体験が生物の行動と結びつき、より強調した記憶になるという認知バイアス的な心理状態(錯誤相関)による影響が考えられている。

 つまり、生物は時として我々が知らない行動をとることがあり、たまたま地震の前にそうした行動があったことを地震と関連づけて強く記憶してしまうというわけだ。確率的にはありふれたものと強く印象づけられた体験との間の因果関係に、ついついヒューリスティックなヒモ付けをしてしまう。

 大きな地震の前に、中小群発地震が増えたり地下水の水位に変化が起きたり電磁波に異常な事象が観察されるのは確かだ。これを宏観(こうかん)異常現象(Electromagnetic anomalies、Microscopic and macroscopic physics of earthquakes)というが、地球内部物理学などの実証的な観察研究と前述した心理的因果関係による錯誤相関が混在し、地震の予兆を探る上での障害になることもある。

 最近、米国の地震学会誌に過去に発表された生物の異常行動と地震予知に関する160の研究論文を比較し、生物が地震予知できるかどうかを分析したシステマティックレビューが出された。ドイツにあるヘルムホルツ協会GFZドイツ地質科学研究センターの研究者によるもので(※6)、生物が地震を予感するという宏観異常現象の研究報告には多くの不備や欠点があり、仮にこうした研究をするなら基準を設けるべきとしている。

 このシステマティックレビューでは2014年までに発表された160論文に729件の事例が報告されているが、これらと国際地震センターの地震カタログ(※7)の地震データを比較したところ、時系列を含めた生物行動の観察方法、異常行動の基準や定量性などデータの評価、天候や気温といった地震以外の環境要因、比較対象の有無、データの処理や解釈の方法などの点で科学的な検証に耐えうるものが少ないことがわかったという。

 例えば前述した畑井新喜司の実験については、実験期間の7ヶ月間に178件の地震が起き、そのうち149件(約80%)でナマズの異常行動が観測されたという内容だが、観察スパンは1日に2回だけであり観測期間の85%に地震が発生した可能性があるため、単なる偶然と区別できないとする。また、閉ざされた水槽内での観察であり、空間時間的な異常行動について比較できる情報が示されていないのも問題と指摘する。

 特に重要な問題点は、ほとんどの研究で事後的に異常行動の観察が報告されていることと、それら生物の個体や集団の健康状態について記録がないことだ。このシステマティックレビューを出した研究者は、生物が地震予知できることを否定しているわけではない。だが、少なくとも2つ以上の事例で同じ観察があったかどうかという再現性や異常行動の基準(閾値)、時系列で地震前からの観察かどうかなどの評価項目をそろえてから研究報告すべきとしている。

 地震研究の研究者でさえ地震予知に関しては懐疑的だ。現実的には、起きた後の被害をどれだけ軽減できるかという方向で議論すべきだろう。困ったときの神頼みならぬナマズ頼りでは、せっかくの人類の叡智が宝の持ち腐れだ。

※1-1:Robert J.Geller, et al., "Earthquakes Cannot Be Predicted." Science, Vol.275, Issue5306, 1616, 1997

※1-2:Richard L. Aceves, et al., "Cannot Earthquakes Be Predicted?" Science, Vol.278, Issue5337, 487-490, 1997

※1-3:Ian Main Robert Geller et al., "Is the reliable prediction of individual earthquakes a realistic scientific goal?" nature debates, 1999

※1-4:L R. Sykes, et al., "Rethinking Earthquake Prediction." pure and applied geophysics, Vol.155, Issue2-4, 207-232, 1999

※2:「西郷隆盛も被災した『安政江戸地震』とは」Yahoo!ニュース:2018/03/26

※3-1:Shinkishi Hatai, et al., "The responses of the catfish, Parasilurus asotus, to earthquakes." Proceedings of the Imperial Academy, 1932

※3-2:東北帝国大学理学部付属浅虫臨海実験所は現在の東北大学大学院生命科学研究科附属浅虫海洋生物学教育研究センター

※4:Sayoko Yokoi, et al., "Mouse circadian rhythm before the Kobe earthquake in 1995." Bio Electro Magnetics, Vol.24, Issue4, 289-291, 2003

※5:Rachel A. Grant, et al., "Predicting the unpredictable; evidence of pre‐seismic anticipatory behaviour in the common toad." Journal of Zoology, Vol.281, Issue4, 263-271, 2010

※6-1:Heiko Woith, et al., "Review: Can Animals Predict Earthquakes?" Bulletin of the Seismological Society of America, doi.org/10.1785/0120170313, 2018

※6-2:Helmholtz Association of German Research Centres、GFZ German Research Centre for Geosciences

※7:International Seismological Centre:Catalogue(2018/05/19アクセス)

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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