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今年は巳年「ヘビ」のユニークで驚くべき「進化とサバイバル能力」

石田雅彦科学ジャーナリスト
(提供:イメージマート)

 ヘビ、あまり好きではない人も多い生物だ。日常的にヘビを目にすることは少ないが、今年は巳年なのであちこちでヘビを見かけることもあるだろう。ヘビは全脊椎動物の1/3を占めるほど多種多様で、生態系の中でこれほど成功を収めた生物種はない。その驚くべき進化とサバイバル能力について考える。

ヘビの進化は多様的

 ヘビという生物は、地球上の多様な環境に適応して進化してきた。極寒地帯や高山など以外、水中を含むほとんどのエリアや気候帯に生息しているタフな連中がヘビで、3800種以上が確認され、陸上の脊椎動物の1/3を占めるほど成功した生物種だ。

 細長いヘビの身体は機能的で、四肢がないのにも関わらず樹木や段差を上り下りし、巧みに泳いで昆虫から両生類、鳥類、哺乳類など多様な種類の獲物を狩る。また、頭部よりも大きな獲物も、フレキシブルに可動する顎を使って飲み込んでしまう。

 四肢がないと書いたが、ヘビの祖先「Dolichosauridae」類などには手足があった。それは白亜紀初期(約1億4600万年〜1億年前)の地層から発見された化石によってわかり、ヘビはトカゲから進化したことになる。ちなみに、ヘビの骨格は細く細かいため、化石化して残りにくい。

 ヘビはゲノムの繰り返し(マイクロサテライト)が多いことから反復的で多様的な進化を経てきたことが知られ(※1)、その過程で種全体でみれば生態も食性も広いわりに個々の種では狭いニッチで棲み分けるようになった。ヘビはその進化の過程で、むしろ四肢を失うことで移動性や逃避性を高め、毒を持ったり獲物を嗅ぎ分ける嗅覚を獲得するなどして成功を収めるようになったと考えられている(※2)。

 一方、ヘビの進化についての謎は、彼らが陸棲から進化したのか水棲から進化したのかという点だ。南アメリカで発見された白亜紀後期(約1億年前から6500万年前)に生息していた「Dinilysia」というヘビの祖先の頭部をX線で調べ、内耳の構造を分析してみた研究(※3)によれば、現在の水棲や水陸両方に棲むヘビには存在せず、完全に陸棲のヘビにのみ存在する内耳の構造を発見した。そのためこの発見をした研究者は、現在のヘビの祖先は陸棲の可能性が高いことがわかったという。

 トカゲからヘビへの進化の過程は化石からわかるが、1960年代半ばに米国ネブラスカ州の白亜紀の地層から発掘されたトカゲやヘビ、カエルなどのヘビの祖先Coniophisの頭骨の化石を調べた研究(※4)によれば、ヘビは広大な氾濫原で穴を掘るトカゲから進化したことが示唆された。

 その化石は今のヘビのように歯がカギ状に曲がり、上顎は固定されていたが下顎は可動できるようにジョイントされ、大きな獲物も柔らかければ飲み込むことができる構造になっている。この意味でConiophisは、ヘビのような身体を持っているものの、頭骨や顎は一部にトカゲの構造を残し、現在のヘビとトカゲとの中間的な存在といえるだろう。

 トカゲとヘビが分化するためには形態的な変化をともなう。四肢の喪失のほか、頭部の形状が特徴的だが、穴を掘ることに特化した頭蓋骨の化石を分析した研究によれば、頭蓋骨の進化を加速させたことで生態系や形態的な放散につながったのだという(※5)。

 では、ヘビの祖先はいつ頃、地球上に現れたのだろうか。英国や米国、ポルトガルなどで発見されたジュラ紀中期(約1億6700万年〜1億4300万年前)の爬虫類の頭骨の化石を分析した研究(※6)によれば、ヘビの祖先系はすでにその頃に出現していた可能性がある。

 また、白亜紀末の恐竜絶滅後、哺乳類の進化と適応放散と同じようにヘビの仲間も食性を複雑に多様化させ、その進化と分化が加速されたのだという。それは、生態系でのライバルだった恐竜の消失、そしてヘビのエサである哺乳類や鳥類が多様化して増えのと無関係ではない(※7)。

なぜ我々はヘビを特別視するのか

 今年は巳年だが、ヒトとヘビとの関わりも強く、世界各地で神話に登場し、神の使いなどとする民族は多い。日本にもヤマタノオロチや大蛇伝説、「蛇の道は蛇」「ヘビに睨まれたカエル」など、ヘビにまつわる信仰や慣用句が多数ある。

 我々ヒトのヘビに対する意識は、好奇心や愛好心、興味、恐怖、嫌悪といろいろだが、ヘビのオモチャや単なる長いヒモ状の物体に驚かされるのはいったいなぜだろう。

 ヒトと同じ霊長類(アカゲザル)を使った実験によれば、ヘビへの反応は先天的でも後天的でもあるようだが(※8)、ヒトの子どもを使った実験ではヘビに対する反応がほかの生物よりも早いなど特別だという研究がある(※9)。

 サルの脳には、攻撃姿勢を示したヘビに敏感に反応する部位がある(※10)。また、野生のヒヒの観察では、単独行動と群で瞬きの数や瞳孔の大きさなどで天敵への警戒センサーが違ってくるという(※11)。

 つまり、我々ヒトを含むサルの仲間は、天敵の一種であるヘビに対し、形状や色、模様などに素早く反応するようなセンサーを持っているようだ。これは、祖先のサルから伝えられてきた、原始的だが重要な恐怖の情動反応なのかもしれない。

 最後になりますが、本年も科学系の記事を書いてきますので、どうかよろしくお引き立てのほど、お願い申し上げます。

※1:Tiago R. Simoes, et al., "Megaevolutionary dynamics and the timing of evolutionary innovation in reptiles" nature communications, Vol.11, Article number3322, 3, July, 2020

※2:Pascal O. Title, et al., "The macroevolutionary singularity of snakes" Science, Vol.383, Issue6685, 918-923, 22, February, 2024

※3:Nicholas R. Longrich, et al., "A transitional snake from the Late Cretaceous period of North America" nature, Vol.488, 205-208, 25, July, 2012

※4:Hongyu Yi, Mark A. Norell., "The burrowing origin of modern snakes" Science Advances, Vol.1, No.10, 27, November, 2015

※5:Filipe O. Da Silva, et al., "The ecological origins of snakes as revealed by skull evolution" nature communications, Vol.9, article number376, 25, January, 2018

※6:Michael W. Caldwell, et al., "The oldest known snakes from the Middle Jurassic-Lower Cretaceous provide insights on snake evolution" nature communications, Vol.6, article number5996, 27, January, 2015

※7:Michael C. Grundler, Daniel L. Rabosky, "Rapid incearse in snake dietary diversity and complexity following the end-Cretaceous mass extinction" PLOS Biology, doi.org/10.1371/journal.pbio.3001414, 14, October, 2021

※8-1:Susan Mineka, et al., "Observational conditioning of fear to fear-relevant versus fear-irrelevant stimuli in rhesus monkeys" Journal of Abnormal Psychology, Vol.98(4), 448-459, 1989

※8-2:Stephanie F. Etting, et al., "Factors increasing snake detection and perceived threat in captive rhesus macaques (Macaca mulatta)" American Journal of Primatology, Vol.76, Issue2, 135-145, 2014

※9-1:Nobuo Masataka, et al., "Human Young Children as well as Adults Demonstrate ‘Superior’ Rapid Snake Detection When Typical Striking Posture Is Displayed by the Snake" PLOS ONE, Vol.5, Issue11, 2010

※9-2:S Hayakawa, et al., "The influence of color on snake detection in visual search in human children" Scientific Reports, DoiI: 10.1038/srep00080, 2011

※9-3:Vanessa LoBue, :Deconstructing the snake: The relative roles of perception, cognition, and emotion on threat detection" Emotion, Vol.14(4), 701-711, 2014

※10:Quan Van Le, et al., "Monkey Pulvinar Neurons Fire Differentially to Snake Postures" PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0114258, 2014

※11:Akiko Matsumoto-Oda, et al., "Group size effects on inter-blink interval as an indicator of antipredator vigilance in wild baboons" Scientific Reports, Doi:10.1038/s41598-018-28174-7, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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