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「インフルエンザ」とは何か。その「凶悪性と厄介さ」を改めて考える

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 インフルエンザが猛威を振るい始めた。学級閉鎖、休校なども増えているが、インフルエンザは特に高齢者で重症化や死亡のリスクが高くなる。インフルエンザとは何か、改めて考えた。

インフルエンザウイルスの分離は1933年

 国立感染症研究所によると2024年第50週(12月9日から12月15日)のインフルエンザの定点当たり報告数は19.06で、前週の9.03より倍以上となっている。患者数の推計では全国で約71.8万人となり、これも前週の約34.7万人より増えている。

 また、都道府県のインフルエンザ注意喚起も増え、入院患者も全国で増え続けている。特に幼児や小児、60代以降の高齢者の入院が多い(10代から50代までは二桁だが60代以上は三桁)。

 では、インフルエンザとは何か。改めて考えてみる。

 インフルエンザは、インフルエンザウイルス(RNAウイルス)による感染症で、摂氏38度以上の高熱、頭痛、関節や筋肉の痛み、喉の痛み、鼻汁、咳などの症状が特徴だ。重症化すると気管支炎や肺炎などを併発し、死に至ることもある。

 一般的な風邪とは別に重症化しやすい感染症とされ、北半球では冬季に南半球では夏季に流行する季節性を持つ。もっとも、気温が上がった時期でもインフルエンザにかかることもあり、流行する時期はその年ごとに異なる。また、日本でインフルエンザ(鳥インフルエンザを除く)は、定点把握が必要な5類感染症となっている。

 病原性のある細菌やウイルスなどを、その病気の原因病原体として確定させる作業を分離・同定というが、インフルエンザウイルスが初めて分離されたのは1933年のことだ(※1)。分離を報告した研究グループは、ヒトのインフルエンザ患者からインフルエンザウイルスを培養し、実験動物のフィレットに感染させることに成功した。

 このインフルエンザウイルスは1種類だけだったが、1940年に2つ目のインフルエンザウイルスが分離され、1933年のウイルスをA型、2つ目のウイルスをB型とした(※2)。現在、A型、B型、C型、D型のインフルエンザウイルスが確認されているが、ヒトで流行性の感染を示すのはA型とB型のインフルエンザウイルスとなる。

 インフルエンザの世界的パンデミックで有名なのは1918年から1920年にかけて流行したスペイン風邪だ。前述したとおり、スペイン風邪の当時はインフルエンザウイルスは確認されていなかったので細菌性の風邪と思われていた。

 ヒトに感染して発症するインフルエンザウイルスはA型、B型ともにその表面にHA(ヘマグルチニン)とNA(ノイラミニダーゼ)というタンパク質がある。だが、B型のインフルエンザウイルスはHA、NAともに一種類ずつ(亜種は2種類)しかないのに比べ、A型のインフルエンザウイルスではHAが16種類、NAが9種類あり、その組み合わせ(16×9)は144種類となる

インフルエンザウイルスのシフトとドリフト

 なぜ、A型の表面タンパク質がこれほど多いのかといえば、B型のインフルエンザウイルスがヒトのみに感染してきたのに比べ、A型のインフルエンザウイルスが鳥やブタなどで感染を繰り返すうちにヒトへの感染力を持ったからと考えられている。

 病原体に限らず、花粉にせよ食べ物にせよ、我々が身体に取り入れる物質は、基本的に異物だ。そうした異物を見分け、食べ物は栄養として摂取し、病原体などはそのタンパク質を抗原として特異的に認識して排除するシステムが我々の身体にある。

 ウイルスはそれ自体の中で突然変異を繰り返し、抗原を変化させ、感染する宿主の排除システムをかいくぐろうとする。これを抗原ドリフトといい、インフルエンザウイルスではA型、B型でも起きている現象だ(※3)。

 一方、体内へ侵入したウイルスが2つ以上あった場合、細胞内で遺伝子が組み換えられて複数のウイルスが混ざり合うことで新たな抗原を獲得することがある。これを抗原シフトといい、インフルエンザウイルスの場合、ヒト以外でも感染するA型でしか起きない。

 つまり、抗原シフトが起きるA型のインフルエンザウイルスは、鳥やブタなどで感染を繰り返し、異なったHAやNAの種類を持つ複数のウイルスが混ざり合うことが起きれば、これまでヒトの免疫系で排除したことのない抗原を持つウイルスが出現する危険性があるということだ(※4)。

 主に、変異しやすい抗原を持つことがインフルエンザが毎年、流行する背景にある。一方、最近の技術的な進歩により、野生型のインフルエンザウイルスの抗原特性やウイルス培養による複数の抗原特性などの複合的な研究が進められ、抗原の変化に先んじたワクチンの開発も可能になりつつある(※5)。

 インフルエンザについては、ワクチンなど書き切れないほど重要な項目がある。これまでにない新型インフルエンザとそれによるパンデミックに対しては、常に注意が必要なのは間違いない。

 年末年始は人の移動が増え、感染症にかかるリスクも上がる。インフルエンザの発症や重症化を予防するためにはワクチンの接種が効果的で、高齢者や基礎疾患のある人、乳幼児、妊婦は接種したほうがいい。また、手洗いやうがい、マスクの着用、換気など、基本的な感染予防対策をすることも重要だ。

※1:W Smith, et al., "A Virus Obtained from Influenza Patients" THE LANCET, Vol.8, 66-68, July, 1933

※2:Thomas Francis JR, "A New Type of Virus from Epidemic Influenza" Science, Vol.92, Issue2392, 405-408, 1, November, 1940

※3:Gordon Meiklejohn, et al., "Antigenic Drift and Efficacy of Influenza Virus Vaccines, 1976-1977" The Journal of Infectious Diseases, Vol.138, Issue5, 618-624, 1, November, 1978

※4:John Treanor, "Influenza Vaccine - Outmaneuvering Antigenic Shift and Drift" The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, Vol.350, No.3, 218-220, 15, January, 2004

※5-1:Claude Hannoun, "The evolving history of influenza viruses and influenza vaccines" Expert Review of Vaccines, Vol.12, Issue9, 1085-1094, 9, January, 2014

※5-2:Yun-Hee Kim, et al., "Influenza Vaccines: Past, present, and future" Reviews in Medical Virology, Vol.32, Issue, e2243, January, 2022

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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