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年金所得代替率の議論、もういらない 個人は「自分の年金」が多いか少ないかを気にするべきだ

山崎俊輔フィナンシャル・ウィズダム代表/お金と幸せについて考えるFP
年金「制度論」は終わりにして、「自分の年金」を確認したい(写真:イメージマート)

(目次)

  • 年金財政検証結果が公表されるもあまりにも「いい数字」にメディアはスルー?
  • 所得代替率の議論、制度論として有意義でも、個人にとってはあまり意味がない?
  • 所得代替率が高いはずの高齢者世代でも老後破産する人がいる理由
  • 若い人も個人ベースでは「所得代替率の高い人たち」がたくさん誕生する?
  • 個人にとって重要なのは「自分の年金を多くもらう方法」を知ること

年金財政検証結果が公表されるもあまりにも「いい数字」にメディアはスルー?

7月3日に、年金財政検証結果が公表されています。5年に一度は、国の年金制度の未来予測を行い、健全性の維持を確認したり、法律改正に役立つ試算を追加で行う取り組みですが、今回はメディアの予想以上の好転となったためか、あまり報道がなされていないようです(本来ならグッドニュースなのですが!)。

というのは、年金運用は好調に推移、女性と高齢者の働く人たちは想定以上の大幅増となり、年金財政にポジティブに働いています(保険料を払う人が増えるので収入が安定、同時に将来の年金額が多くなる国民が増える)。少子化の進展が気になるものの、寿命の伸びも落ち着いていて、これらが年金財政的を大きくマイナスにすることはありませんでした。

結果としては、5年前の試算と比べて、所得代替率の低下が抑えられた結果となっています。前回の財政検証結果では所得代替率は61.7%から51.9~50.8%に低下するとしていたところ(ケースⅠ~Ⅲ)、今回は61.2%が56.9%まで低下するとしたのです。つまり低下幅が縮小したことになります。

相当悪い経済見通しを織り込んだ場合であっても、前回が46.5%~44.5%まで下がるとしたところを今回は50.4%までの低下に抑えており、低下がかなり食い止められています。

ちなみに「50.4%まで低下」という悪い数字を使った報道もありましたが、その前提では過去30年と同等の経済変化しか未来にも起きないとしているので、これはもう年金制度の問題ではなく、日本全体の経済政策の問題です。つまり「日本がこれからも弱いままなら、年金の力も弱くなる」という試算に過ぎません。ここで「年金不安」と批判するのは筋違いで、批判するべきは政府の経済政策の方でしょう。

いずれにせよ、「年金水準低下の度合いが低そうだ」「あまり刺激的な見出しにはなりそうにないな」ということでマスコミの報道はちょっとトーンダウンしている印象があります。主要経済誌の特集をみるところ、9月第1週までで年金財政の特集はないようです。

所得代替率の議論、制度論として有意義でも、個人にとってはあまり意味がない?

さて、こうした議論、ニュースでは「所得代替率」という数字が用いられますが、説明がなかなか難しい概念です。シンプルにいえば「現役世代と年金世代の、給与と年金の比率がどれくらい変わるか」ということになりますが、現役世代については男性の平均手取り賃金額と、年金世代については男性が会社員で女性が専業主婦であったモデル年金額とを比較しています。

この場合「女性は一度も仕事せずに40年専業主婦(ということは20歳で結婚!)」のようなモデルになっており、さすがに現状にはマッチしていません。女性も働いている分の年金が増える分を加味したらどうなるか、また未婚者の場合、ひとりぶんの年金でどうなるかも気になります。

所得代替率だけで年金の話をしているのは「制度論」です。「個人の安心や理解」とはズレたところにあるわけです。

ややこしいのは「所得代替率はまったく無意味ではない」ことです。これは前回の年金財政検証結果と比較していくために同じ設定にするしかないからです。ここを変えていくと「これからは共働きが増えているので、年金はたくさんもらえるので、年金水準大幅アップ!」のように数字をいじることが可能になってしまいます。制度全体の状況把握としては所得代替率は今後も必要です(よって、所得代替率は無意味という批判もそれだけではミスリードです)。

しかしながら、個々人にとっては少しずつ違和感が増える数字になっています。

所得代替率が高いはずの高齢者世代でも老後破産する人がいる理由

よく「年金破産」と言われます。年金生活者が破産したり貧困状態にあることをテレビの報道で紹介されたりすると「高齢者はみんなこうなるのか?」と怖くなります。

一方で、今の高齢者のほうは、年金では「世代的に得をしている世代」のはずです。これは矛盾するとは思いませんか?

すでに65歳以上人口が3600万人を超えていますが、生活保護の対象者数が3600万あるという話は聞きません。大多数の年金生活者は年金をもらって普通に暮らしているからです。

あなたの親や祖父母も親戚も、みんな生活保護ということはないはずです(確かに「もうちょっと年金多ければいいのに……」と思う人がほとんどでしょうが)。

調べてみると生活保護の対象となっている高齢者世帯は91万世帯でした(高齢者のいる世帯数は約2580万)。実態としてはほとんどが「年金破産していない世帯」なわけです。

老後に困窮する人の多くが、なんらかの理由を抱えています。たとえば、(1)現役時代に年金未納をしていたため年金額が少なすぎる、(2)現役時代に国民年金しかない働き方だったので満額の年金でも少ない、(3)リタイア後もお金を使い過ぎてしまい貯金ゼロとなってしまった(家事がまったくできず、すべて外食とか)、など、特殊な事情が多いようにみえます。

ニュースが制度論をしたり、レアケースをもって制度の不安を煽るのは結構ですが、もうそろそろ漠然とした年金不安論よりも、「自分の年金はどうか」を考えるステージに移行するべきです。

若い人も個人ベースでは「所得代替率の高い人たち」がたくさん誕生する?

今回の年金財政検証結果で、専門家がみな注目しているデータがあります。それは、将来の男女および世代ごとの年金水準の予想(分布推計という資料)です。

今の時代、ほとんどの人が会社員として働きます。男女どちらもそうですし、特に女性は離職せず働き続ける人が増えています。特に、女性が働き続けることは「専業主婦→国民年金のみ」から「会社員→国民年金と厚生年金をもらう」に女性の年金が変化していくことです。そうなると、老後の収入がぐっと増えます。

資料によれば、現在65歳(1959年生まれ)の女性は、4割強が厚生年金の期間が10年未満です。つまり結婚退職や子育て退職後、専業主婦などで過ごしていることになります。ところが、現在20歳(2004年生まれ)の予想では、全体の3分の2が厚生年金に30年以上加入するグループになります(労働参加進展モデル)。

加入する制度としては、前者は「国民年金のみ、あるいは厚生年金が少し上乗せ」で、後者は「国民年金と厚生年金がしっかり上乗せ」という違いになるはずです。

この影響を年金額で見ると、そのインパクトが明らかになります。1959年生まれの女性の年金額のボリュームゾーンが月7~10万円のところ(全体の平均で月12.1万円)、2004年生まれの予想では、月20万円以上年金をもらう人たちがほぼ3分の2になります(全体の平均月22.5万円)。※未来の年金額は現在価値に置き換えてある

平均年金額が80%以上増えるなんてウソのような違いですが、女性も働き、厚生年金保険料を払うことはたくさんの年金をもらう女性を増やすことがその違いをもたらすのです(現役時代に保険料を引かれるときはしんどいですが)。

これなら、おひとりさまでもなんとかやりくりできそうですし(大卒初任給の手取りくらいはもらえるイメージ)、夫婦でそれぞれが厚生年金をもらる家庭なら、老後の生活はぐっと楽になるでしょう。

これは所得代替率ではまったく見えてこない「若い世代の年金が増える」世界線なのです。

個人にとって重要なのは「自分の年金を多くもらう方法」を知ること

このデータ、これからいろんなところで紹介されることになりますが、「世代間不公平で若い人は年金が減らされる」というイメージを覆すほどのインパクトを秘めています(それだけに煽り系の媒体では紹介されないか、見せかけの数字のように懐疑的に紹介されることでしょう)。

ただし、年金額には個人差が出ることには注意が必要です。会社員であった期間(長く保険料を払う→年金額が増える)、会社員であった時期の年収(年収が多い→保険料が多く引かれる→年金増える)が人それぞれだからです。

自分の年金額の見込みを知りたい場合は、「ねんきん定期便」+「公的年金シミュレーター」が有効です。

「ねんきん定期便」は今現在までに払った保険料や納付期間に応じた年金額を示します。30歳の人の年金見込み額は65歳のときにもらえる額ではなく「20~30歳のあいだに払った分の年金見込額」です。つまり「30~65歳までの保険料に見合う年金額」はノーカウントです。見込額が少ないのは当然なのです。

「ねんきん定期便」に示された過去の実績データを活用し、このまま働き続けたらどうなるか、あるいはこのあと会社を辞めたらどうなるか、年金額の未来図を知りたいなら、「公的年金シミュレーター」を使います。

ねんきん定期便にはQRコードがついていますので、これを使うと初期入力が終わった段階で公的年金シミュレーターに移動できます。そのあと、自分の65歳までの加入状況をいくつか選択するだけで、自分の年金額見込みが概算できる仕組みとなっています。

「世代間不公平の象徴が年金」「少子化でどうせ年金制度は破たんする」のような10年遅れのイメージで年金を考えているのはいかにももったいないことです。所得代替率で考えている限り、いつまでも古い思考に引きずられます。

それよりも「若い世代ほど、実は年金を多くもらえる可能性がある!」という点、「自分の年金額のイメージは個人的にチェックすることができる」に目を向けてみてはどうでしょうか。

フィナンシャル・ウィズダム代表/お金と幸せについて考えるFP

フィナンシャル・ウィズダム代表。お金と幸せについてまじめに考えるファイナンシャル・プランナー。「お金の知恵」を持つことが個人を守る力になると考え、投資教育家/年金教育家として執筆・講演を行っている。日経新聞電子版にて「人生を変えるマネーハック」を好評連載中のほかPRESIDENTオンライン、東洋経済オンラインなどWEB連載は14本。近著に「『もっと早く教えてくれよ』と叫ぶお金の増やし方」「共働き夫婦お金の教科書」がある。Youtube「シャープなこんにゃくチャンネル」 https://www.youtube.com/@FPyam

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