Yahoo!ニュース

通算勝率.130。今季も「最下位脱出」ならず、それでも、なぜ東大野球部はニュースになるのか?

上原伸一ノンフィクションライター
日本シリーズ開幕日に東大は97年秋以来の最下位脱出をかけて法大と対戦(筆者撮影)

今年は井澤と松岡の強力バッテリーがいた

通算成績は256勝1708敗62分 勝率.130-。(今秋のリーグ戦まで)

勝てば社会的なニュースになる。それが東京大学の野球部である。

「そもそもなぜ、戦力的に差がある東大が東京六大学リーグに所属しているのか?」

そんな声も聞こえる。

しかし、今年は躍進を予感させる陣容が整っていた。中でも期待されていたのが、2年生の時からエースとして投げてきた井澤駿介と、昨春から台頭してきた強肩捕手の松岡泰希(主将)の4年生バッテリーである。2人はプロからも注目されていた。また、野手にもリーグ戦経験が豊富な選手が多く残っていた。

いい流れも来ていた。昨年は春のリーグ戦で連敗を「64」で阻止すると、秋も1勝し、年間2勝を記録。秋に勝った時は、春ほどには大きなニュースにならなかった。

昨年まで学生スタッフ兼アナリストとして東大野球部を支えてきた齋藤周(現・福岡ソフトバンクデータ分析官)は、こう言っていた。

「勝っても(1勝したぐらいで)ニュースにならないチームにしたい」

その思いが現実味を帯びてきた。

それにはまず、「最下位脱出」をトピックスにする必要がある。東大は98年春から6位が「指定席」になっていた。「東大が勝利」と「東大が最下位脱出」でどこが違うのか?と思われる向きもあるかもしれないが、意味合いは大きく異なる。最低でもどこかのカードで2勝して、「勝ち点」を取る必要があるなど、後者は越えなければならないハードルが高いのだ。

迎えた春のシーズン、事は上手く運ばない。早稲田大学から2つの引き分けをもぎ取ったものの、勝ち星はなし。5点差以上の「完敗」が6試合あり、うち3試合は10点差をつけられた。昨年の主将・大音周平は「東大はどこかで歯車が狂うと、一気に大差をつけられてしまう」と言っていたが、チームとしてかみ合っていない試合も目についた。

しかし、秋は違った。春の優勝校・明治大学との開幕戦を引き分けに持ち込むと、いずれも敗れはしたものの、2回戦では7得点、3回戦では13安打。打線も「春とは違う」と印象づけた。

とはいえ、東大が打ち勝つのはなかなか難しい。東大の勝ちパターンはあくまで、投手を中心に少ない失点で抑えて競り勝つ。これを体現したのが、次のカードの慶應義塾大学1回戦だった。先発・井澤が6回2失点の好投で勝ちパターンに持ち込み、待望の白星を挙げた。

弱者が強者に立ち向かう姿が共感を呼ぶ

連敗を「64」でストップした昨春ほど、勝つまでに間隔が空いていたわけではないが、昨秋以来となる勝利は注目を集めた。やはり東大が勝つとニュースになるのだ。

それにしてもなぜ、東大の勝利はトピックスになるのか?もちろん、なかなか勝てないチームが勝つから、というのは間違いない。ただ、そこには“東大の野球部に対する認識”もあるのではないか。

野球や東京六大学リーグのことはまるで知らない人でも、東大はレベルに差がある中で戦っている、という認識がなされているのだ。考えてみると不思議である。東大は野球においても日本一有名な大学なのかもしれない。

感情的な側面も考えられる。東大は勉強で勝ってきた選手の集まりだが(中には甲子園出場を果たした選手もいる)、野球においては弱者である。その弱者が強者である他大学に可能性を見出しながら挑む姿は、ある意味社会の縮図であり、共感を呼ぶのだろう。小さな町工場の技術で巨大企業に立ち向かう物語とリンクするところもある。

力で劣るものがどうすれば勝てるか。東大は「弱者の兵法」もわきまえている。

例えば走塁がそうだ。足なら他校と差がないと、徹底的に走力を磨き、チームのアナリストが投手のモーションのクセを分析。送りバントをするケースでも、積極果敢に盗塁を敢行することが多かった。さすがにマークが厳しくなり失敗する場面もあったが、それでも春はリーグ2位の17盗塁とよく走った(秋は18盗塁)

「華の東京六大学野球」は各校とも甲子園のスター選手が多くレベルも高い
「華の東京六大学野球」は各校とも甲子園のスター選手が多くレベルも高い写真:青木紘二/アフロスポーツ

あと少しまでも厳しい東大の現実

秋の最終カード、法政大学戦では「最下位脱出」のチャンスが訪れた。勝ち点0同士の直接対決となったこの対戦、2勝したチームが5位となる。1回戦は「東大の勝ちパターン」だった。先発したエース・井澤が7回まで5安打1失点と好投。ところが、あとアウト2つで引き分けという場面でサヨナラ負けを喫す。2回戦にも敗れた東大は最下位に終わった。

「あと少しというところまではいくんだけど…いや、あと少しまでも難しい。勝つのは本当に難しい」

2回戦の後、元プロの東大・井手峻監督は、沈痛な面持ちで言葉を絞り出した。秋は1点差負けが2試合で、2点差負けが1試合。井手監督の言う通り、あと少しという試合は、引き分けも含めて4試合はあった。

今年は秋の1勝のみ。東大が目標としていた最下位脱出はならず、「勝ってもニュースにならないチーム」になることはできなかった。

1勝するのが難しい東大だから、勝てばニュースになる。されどいつか、そうならない日が来るのを信じて、東大は来年もリーグ戦に挑む。

ノンフィクションライター

Shinichi Uehara/1962年東京生まれ。外資系スポーツメーカーに8年間在籍後、PR代理店を経て、2001年からフリーランスのライターになる。これまで活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」、「大学野球」、「高校野球マガジン」などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞「4years.」、「NumberWeb」、「スポーツナビ」、「現代ビジネス」などに寄稿している。

上原伸一の最近の記事