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アベノミクスの異次元緩和開始から2年、日本経済は死んでしまった

山田順作家、ジャーナリスト

■誰もがまったく「実感」のない景気回復

日本銀行が4月1日に発表した「全国企業短期経済観測調査」(通称「日銀短観」)は、市場関係者の予測と違って「横ばい」だったため、株価は一時的に下落した。

日銀短観の代表的な指標となる「大企業・製造業の業況判断指数(DI)」は、前回12月の調査から改善するとみられていた。ところが、自動車15(0)、電気機械15(0)、非鉄金属14(−13)、小売り5(+7)、化学16(+9)などで、数値は全体的によくなかった。とくに、自動車、電気機械は円安効果で業績を大幅に改善しているのに、経営者はこれを一時的と捉え、自信を持てずにいることが浮き彫りになった。

つまり、日本企業はアベノミクスの効果を信じてはいなかったのである。

これは一般国民も同じだ。

内閣府が3月21日に公表した「社会意識に関する世論調査」では、景気の悪化を感じる人の割合が1年前より大幅に増えていた。複数回答の「悪い方向に向かっている分野」で「景気」を挙げた人の割合も30.3%に達し、1年前より11.3ポイントも増えていた。

景気実感に関する調査は各種ある。しかし、いままで行われたどの調査でも「アベノミクスで景気がよくなった」という回答が5割を上回ったことはない。

これは、どういうことなのだろうか?

■日銀のバランスシートはどうなったか?

黒田バズーカ砲(異次元緩和)は、おカネを大量に刷って、それを市中に流すことと理解されてきた。実際、メディアもそう報道してきた。

世の中にあるおカネの量が増える、つまり金融が緩和されていずれインフレになるとわかれば、企業も個人もおカネを使うようになる。そうすると、経済は回り出す。そう説明されてきた。

しかし、実際はそうなっていない。おカネは市中に出回っていないのである。これは、日銀のHPで、バランスシートを見ればすぐにわかる。

次の[グラフ1]日銀のバランスシートの推移を見てほしい。

バランスシートは資産と負債を示すものだが、日銀の場合、異次元緩和で資産とされる「国債・財融債」をどんどん増やしてきた。その一方で、負債にあたる「現金」と「日銀預け金」(日銀当座預金)はどうなっただろうか? 見ればわかるように、「現金」はほぼ横ばいであり、「日銀預け金」は「国債・財融債」と同じように増えている。

2013年から国際・財融資債、日銀当座預金が急上場
2013年から国際・財融資債、日銀当座預金が急上場

日銀の国債保有残高は、異次元緩和が始まる前の2013年3月は94兆円だった。それが、2014年12月には207兆円になった。なんと、113兆円も増加している。これは、日銀の総資産317兆円の65.3%にもなる。

つまり、この間、日銀は猛烈な勢いで民間金融機関が持っている国債を吸い上げてきた。

■おカネは日銀当座預金に「ブタ積み」されただけ

民間の銀行は、保有国債を日銀に売る。そうすると、日銀はその代金を銀行が日銀に持っている当座預金に振り込む。これが、日銀当座預金である。

この日銀当座預金からおカネを引き出して、銀行はそれを企業などに貸し付ける。それによって企業は設備投資を増やして業績を上げる。企業が業績を上げれば給料が上がって、おカネは最終的に個人に回る。そうなれば消費も増えて、景気がよくなる。これが、アベノミクスとそれを推進させたリフレ派と呼ばれる人々が提示した「ストーリー」だった。

しかし実際は、グラフでわかるように、おカネは日銀当座預金に眠ったままである。前記したように国債・財融債は113兆円増え、日銀当座預金は120兆円増えている。つまり、国債・財融債の代金は、ほぼそっくり日銀当座預金になっただけだ。

これを金融関係者は、「ブタ積み」と言っている。積まれただけで、まったく使われていないからである。では、現金はどうなっただろうか? これは10兆円増えただけである。異次元緩和前とほとんど変わっていない。

■誰もおカネを借りていないし、使っていない

大きな視点から見れば、これが異次元緩和で起こったことのすべてである。市中におカネが回らなったのだから、実際は金融が緩和されたとは言えない。

それなのに、メディアもエコノミストも、異次元緩和で市中におカネが回ったと思い込んでいる。実際、そう報道されてきた。

まさに、ミステリーと言うほかない。日本のメディアもエコノミストも、頭の中は「お花畑」なのだろうか?

よくマネタリーベースと言うことが言われる。金融緩和が行われるとマネタリーベースが増えるので、それに伴いマネーストックが増える。ネーストックが増えると、その結果、利子率が低下し、人々はおカネを借りるようになる。 

これを経済学では「信用創造」と呼んでいる。

ちなみに、マネタリーベースとは、日銀当座預金と日銀券の合計。マネーストックとは預金と日銀券の合計だ。異次元緩和ではたしかにマネタリーベースは増えたが、マネーストックは増えていない。誰もおカネを借りていないし、使っていないのである。異次元緩和で信用創造は起こらなかった。

■金融機関の経営悪化、助かったのは政府だけ

では、日銀に国債を売ったほうの金融機関はどうなっただろうか? 当然ながら、ポートフォリオに占める資産である国債・財融債の比率は下がり、日銀当座預金の比率が上がった。ただ、おカネを日銀に「ブタ積み」しただけだから、収益構造は悪化してしまった。

次が、日銀資料による「預金取扱機関のバランスシート」の推移」([グラフ2])だ。

2013年から日銀当座預金は増え、国債・財融債は減った
2013年から日銀当座預金は増え、国債・財融債は減った

異次元緩和が始まる前、2013年3月時点で、預金取扱機関の保有国債残高は315兆円だった。それが2014年12月には272兆円になった。43兆円も減少している。この減少分は、37兆円増加した流動性預金とほぼ釣り合っている。

これまで、日本の金融機関は、国債の運用を収益を上げるための一つ柱としてきた。しかし、国債が日銀に吸い上げられたため、この収益構造が崩れてしまった。

異次元緩和により、国債の利回りは急激に低下した。長期金利は下がり、2014年暮れには0.2%を割り込んだ。1、2年債の利回りは一時マイナスを記録した。こうなると、金融業務の核心である利ざやを稼ぐことができなくなる銀行も出て、慌てた金融庁は地銀の再編を始めた。

横浜銀行が東日本銀行と合併する、肥後銀行と鹿児島銀行が合併するといったことは、その現れである。

こうして見ると、異次元緩和によって助かるのは財政赤字が天文学的に膨らんだ政府だけである。政府は、国債の利払い費を抑制できるからだ。

しかし、将来、国債金利が上昇してしまうと、日銀には巨額の損出が発生し、政府は利払い費の負担増から予算が組めなくなる可能性がある。当然だが、そのツケは私たち国民に回ってくる。

■「5頭のクジラ」に占拠された株式市場

アベノミクスで株価が上がり、景気がよくなったと思っているメディアとエコノミスト、そして国民がいる。

しかし、株価を上げている資金の出所は、GPIFなどの公的資金である。GPIFは、これまで国債で運用してきた資金の一部を日本株にシフトした。実際、GPIFは2014年5月以降、毎月買い越しを続け、2015年1月、2月では約7000億円も買い越した。

このGPIFに続いて、国家公務員、地方公務員、私学教員の年金資金を運用する3つの共済組合も運用資金を日本株にシフトするようになった。  

2015年2月25日国家公務員共済年金は、国内株式の資産配分を現行の8%からGPIFと同様の25%に引き上げたことを発表した。さらに、日本郵政傘下のゆうちょ銀行とかんぽ生命までが株を買い増しするようになった。

この2月から3月の株価の上昇は、こうした公的資金の買いと、それに便乗した外国勢の買いによってもたらされたのは、市場関係者ならみな知っていることだ。

いまでは、こうした公的資金をまとめて「5頭のクジラ」(日銀、GPIF、共済年金、ゆうちょ、かんぽ)と呼んでいる。

アベノミクスによって、日本の株式市場は「官制相場」になってしまったのである。このような市場は、もはや「公開市場」とは言い難い。

■企業業績の改善は「円安」のおかげにすぎない

もう一つ、アベノミクスによって起こったとされることに、「円安」がある。こちらは、昨年10月の異次元緩和第2弾で一気に1ドル120円台まで進んだことから、日本の異常な金利低下が影響したと考えられる。アメリカがQEを手仕舞いしたのに、日本がさらに金融緩和を進めたからだ。

その結果、今年の日本の大企業の業績は改善し、トヨタをはじめとする自動車産業、電気産業は、今回の春闘でベースアップを実現させた。

しかし、これは、ここまで述べてきたように異次元緩和で市中におカネが回った結果ではない。企業活動が活発化したからではない。

ここ2年半、日本企業は生産性を大幅に向上させただろうか? イノベーションを起こしただろうか? アップルがiPhoneの新機種を次々市場に投入したようなことを、日本企業は行ってきただろうか?

そうでないなら、アベノミクスによる異次元緩和は、日本の実体経済の復活になんの寄与もしなかったことになる。

金融緩和そのものは実体経済を復活させる力を持っていない。実体経済は需給の改善と企業活動によって起こるのであって、政府の金融政策では起こらない。つまり、アベノミクスは2年半を経過したこの時点で「大失敗」していると言うほか言いようがない。

アベノミクスの異次元緩和により、国債市場も株式市場も歪められてしまった。政府は、やらなくてもいいことをやってしまった。

■始まったときからわかっていた「副作用」

この3月9日に日銀が公表した「債券市場サーベイ」という調査が、金融関係者に波紋を広げている。これは、日銀が銀行や証券会社などの債券市場参加者に対し、国債の取引が円滑に行われているかどうかを聞いたものだ。

その結果は、市場機能が3カ月前より低下したとの回答が、なんと7割以上に達してしまった。

この調査には、40社が回答を寄せている。この40社のうち、債券市場の取引状況を総合的に評価する「市場機能度」について、26社(65%)が「さほど高くない」、12社(30%)が「低い」と答え、「高い」と回答したのはたった2社(5%)だけだった。市場参加者の注文量が3カ月前から「減少した」という回答も77.5%に達した。

異次元緩和は、それが始まったときから「副作用が大きい」と言われてきた。日銀の「債券市場サーベイ」は、まさにそれを端的に表している。

はたして、このままアベノミクスが進んでいくと、日本経済になにが起こるのだろうか? その答は誰にもわからない。なにしろ、これは「異次元」のことだ。エコノミストやメディア、まして私のような人間にわかるわけがない。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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