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「息ができない、マジで」 恋人をスーツケースに閉じ込め放置死させた米「スーツケース殺人事件」の顛末

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
第2級殺人罪が言い渡されたブーン。写真:orlandosentinel.com

 アメリカでテレビをつけるとよく目にするのが、殺人事件のドキュメンタリー番組や過去に注目された殺人事件を再現した犯罪番組。夫婦間殺人事件、保険金殺人事件、連続殺人事件など実に様々な殺人事件が起きている。農薬を混入した飲み物を毎日長期間にわたり少しずつ与えることで病死に見せかけて殺すといった巧妙な計画殺人事件もある。

 2020年2月23日、米フロリダ州で起きた「スーツケース殺人事件」は、スーツケースに焦点が当てられた注目されている殺人事件の一つだ。恋人にスーツケースに閉じ込められたまま、一晩放置された男性が死亡した事件である。この事件の裁判が10月半ばから行われ、10月25日、被告のサラ・ブーン(47歳)に第2級殺人の有罪判決が下されたことを多くの米メディアが報じている。

恋人が入ったスーツケースのファスナーを閉めた

 事件当日、何が起きていたのか?

 ブーンの証言によると、その日、ブーンは恋人のホルヘ・トーレスと掃除や洗濯をした後、2人でワインを飲んだり、パズルをしたり、絵を描いたり、音楽を聞いたりとリラックスしていた。2人は「かくれんぼ」を始め、ブーン氏は2階のシャワー室に隠れたが、トーレスがなかなか見つけに来ないので、階下に降りて行くと、トーレスがスーツケースに入るところを目撃したので、冗談で、スーツケースのファスナーを閉めたという。

「私たちは笑っていました。彼の身体がスーツケースに収まるほど小さかったのが不思議でした」

 ブーンはスーツケースを転がした。

「その時は面白かった。私たちは冗談を言って、笑いました」

裁判では、ブーンがスーツケースのファスナーを閉めて恋人を閉じ込める行動も再現された。画像:nypost.com
裁判では、ブーンがスーツケースのファスナーを閉めて恋人を閉じ込める行動も再現された。画像:nypost.com

「息ができない、出してくれ」という懇願を拒否

 しかし、ブーンは、チャンスとばかりに、トーレスに教訓を与えようと思い立つ。トーレスはステーキナイフでブーンの足を切りつけたり、ブーンの頭をドアにぶつけたり、ブーンを殴ったりするなどの暴力を振るっていたからだという。ブーンは、トーレスをスーツケースに閉じ込めている状況なら、トーレスの暴力問題について話し合えるのではないかと思ったようだ。そして、その様子を翌日トーレスに見せようと携帯電話で録画した。

 裁判では、その動画が提出されたが、動画にはトーレスが「息ができない、マジで。(スーツケースから)出してくれ」と懇願する声が含まれていた。しかし、ブーンはトーレスの懇願を受け入れず、自分が殴られた時のことをトーレスに思い出させ、「自業自得だ」「これが、私が騙された時に感じたことだ」などといって嘲っていたという。

一晩放置したまま就寝

 トーレスはスーツケースから出ようと隙間から手を出したが、ブーンは、その手が引っ込むまで、近くにあった野球バットで叩いた。スーツケースの中から出てきたトーレスが、自分に襲いかかってくるのが怖かったからだという。そして、トーレスは自力でスーツケースから出られるだろうと思い、放置したまま、2階の寝室に上がって眠った。 

 翌日、目覚めて、トーレスを探したブーンは、スーツケースの中にいたままのトーレスを見つけ、「愕然とした」という。名前を呼んでも反応しなかったトーレスは、搬送先の病院で死亡が確認された。検死の結果、トーレスの遺体には背中、頭、顔に傷があったことが判明した。

 ブーンは「私は今でも彼を愛している。トーレスを殺すつもりはなかった」と証言し、ブーンの弁護人もブーンは虐待を受けていたため「被虐待症候群」に襲われていたと説明している。「被虐待症候群」とはパートナーに繰り返し虐待を受けた女性が示す心理的症状のことで、虐待したパートナーの男性を殺害した女性を弁護する際に有用なものとなっている。

 ブーンの量刑は12月に言い渡される予定だが、終身刑が科される可能性がある。

事件を防ぐことはできなかったのか

 注目されていた事件だけに、SNSでは様々な声があがっている。

「男はなぜスーツケースの中に、自ら進んで入ったのか?」

「デイトライン(犯罪事件を掘り下げたドキュメンタリー番組)で取り上げられるような事件だな」

「第1級殺人罪が科されるべきだ」

「ひどい事件だ」

 スーツケースに閉じ込めて放置するという非道な行為は決して許されることではない。事件は未然に防ぐことはできなかったのか?

 2015年に、1万人以上のアメリカの成人を対象に行われたCDCの調査によると、女性の36%、男性の34%が、少なくとも1人のパートナーから性的暴力、身体的暴力、ストーカー行為などを受けたことがあると回答しており、これらの暴力を受けた女性の4人に1人が、男性では10人に1人が、その後も恐怖感に襲われたり、医療的措置を必要としたりするなどの影響を受けている。

 ステーキナイフで脚を切られたこともあるほどの暴力を受けて「被虐待症候群」に襲われていたというブーンは、シェルターに駆け込んだり、警察に通報したりすることはできなかったのか。また、カウンセリングを受けたり、生じた怒りをコントロールする“アンガー・マネジメント”のプログラムをトーレスに受講してもらったりすることはできなかったのか。パートナーの暴力が事件の背景にあるとするなら、泣き寝入りせず、自ら何らかの行動を取って入れば、防ぐこともできたのではないか。その意味で、この事件は、暴力の被害を受けた者が声をあげる勇気をあらためて教えているようにも思う。

(参考記事)

Woman Who Left Boyfriend Zipped in a Suitcase Is Convicted of Murder

Accused suitcase killer admits ignoring boyfriend’s pleas to let him out of zipped-up luggage, watching him suffocate before going to bed

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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