本音トーク:地球規模の気候変動リスクと向き合う(第2回)企業とNPO・NGO(2/2)
(前の記事(1/2)からつづく)
温暖化対策によるリスクとチャンス
江守(進行役):次に温暖化対策に伴うリスクとチャンスについて伺います。今世紀末までのCO2排出ゼロをめざして対策をとった場合、それによって逆に心配なことはあるのか。あるいは何かチャンスがあるのか。
長谷川(トヨタ自動車):実際に 2℃を超えないためにどうしたらいいのか、IEA(国際エネルギー機関)が、それぞれの業界にシナリオを示してくれています。自動車会社については、ハイブリッドや燃料電池のような次世代ベースの車を普及させることが求められています。トヨタでも技術開発を進めていて、燃料電池車も市場に出しました。でも、シナリオには目標達成のためには次世代車が何%という数字が示してあり、その達成は並大抵ではありません。
技術があっても普及しないと削減目標は達成できません。実際問題として普及するのに時間がかかると経済的な負担が増え、それがリスクといえます。逆に、優遇策が講じられ普及が進めば、ビジネスチャンスに繋がるわけですが。
竹内(国際環境経済研究所):対策のリスクを考えると、温暖化というひとつの問題だけを見て、社会の枠組みをつくるような議論をすると、全体から見たら非常にアンバランスな解決になりかねません。
たとえば、世界には電気が満足に使えない人が13 億人いて、その人たちがエネルギーアクセスを求めているのに、エネルギー使用の削減だけを求めるような仕組みでいいのか。エネルギーというライフラインのアクセスが保証されないような状況が続くのは、それもまた途上国にとっては非常に大きな負担だと思います。いろいろなリスクがあるので、ひとつのリスクだけを見る怖さを考える必要があると思います。
江守:CO2 排出量ゼロをめざす対策が行なわれた場合、制度的なものや資金の、温暖化問題への過剰集中が心配されると?
竹内:その可能性があります。IPCC の報告書でも、中国が自国の石炭を使わずに天然ガスを輸入するといったことを前提としないと成り立たない話があります。それはあまりに非現実的です。
山岸(WWFジャパン):温暖化対策には、緩和と適応があって、多くの緩和策に共通しているリスクは、短期的なコスト増と長期的な利益とのトレードオフがあることです。それにうまく対処しないと、対策の実施によるコスト増大で長期の利益が出る前に頓挫したりする。もうひとつは、今のお話にもあったように、温暖化対策が波及的に他の問題を引き起こすリスクです。
典型的なのが BECCS(CO2 隔離貯留を伴うバイオマスエネルギー)で、CO2 を埋める場所や、それを誰が長い期間管理するのかという貯留にかかわる問題や、バイオエネルギーとして食料との競合問題が発生する可能性がある。原子力も核廃棄物や安全性の問題といった、気候変動とはまた別の問題が発生して、それをどう解決するのかが問われます。
一方ベネフィットは、太陽光発電など再生可能エネルギーや水素を使った技術などが育ってきていることです。再生可能エネルギーが発展すれば、エネルギー需給全体の議論も変わります。世界における問題の多くが、化石燃料がある特定の地点に頼っていることに起因するので、化石燃料に対する依存が減れば、外貨や安全保障など他の問題の解決に寄与する可能性もあります。
関(損保ジャパン日本興亜):温暖化対策のリスクとベネフィットをどのぐらいのスパンで考えるか、という問題でしょう。短期的に見ればコストもかかるしリスクがあっても、数十年のタームで見たときに、人類全体にとってどれくらいの利益があるのかということを考えるべきです。温暖化対策コストや当面のリスクを無視していいとは言いませんが、短期的視点のみで語るべきではなく、中期的・長期的に考えていくべきですね。
江守:ところで山岸さんはチャンスとして再生可能エネルギーの成長を挙げられましたが、竹内さんはむしろ温暖化対策を過剰に優先したゆがみの例として、太陽光バブルのようなことを普段から指摘されています。そのあたりを伺えたらと思うのですが。
山岸:竹内さんのお話は、緩和対策がインセンティブビジネスとして成り立たないと続かないのではないかということで、それも大事ですが、一方の適応策も難しい面があって、たとえば新薬開発などで利益が出ればいいのですが、最初は社会的に重要だからという形で公的資金なり企業の CSR なりの金が入っていかないと、できない部分もあるのではないかと。適応策は絶対的に必要ですが、どうやってそれに金をつけるかは、いろいろな人たちに共通の悩みなのではないかと思います。
竹内:そうですね。どこまで公的なものが牽引するべきで、どこまで企業や市民の自主性に任せるべきなのかということですね。これは非常に悩ましい問題で、個々の案件ごとに違うかもしれませんが、公的な規制で温暖化のためにこれをやりなさいと引っ張っていくよりは、自主性に任せた方が長期的にはうまく行くように思います。
先ほど話しに出たように、温暖化対策のために規制をやたらと導入すれば、産業界にとっては諸外国の企業との公平性やコスト負担の問題を主張せざるを得なくなる。企業が自分たちのビジネスをサステイナブルにするためにという観点を持ち、それを政府がうまくサポートするということでしょうか。
山岸:リスクとチャンスは裏表という話がありましたが、僕ら NGO が言っているのは極端な話、化石燃料業界を衰退産業にしようということです。でも、それは化石燃料業界にはネガティブな話です。そこで、ジャストトランジションという言葉を使い始めています。つまり、いかにして新しい産業に構造転換が図られ、かつ雇用も移行できるか。容易ではありませんが、成功しつつある例もあるので、どううまく加速していけるかですね。
あと、長谷川さんのお話のように、世の中に必要でも普及しにくい技術は、誰かが引っ張らないと広がらない。その過程をどうするか。水素や燃料電池をどこまで引っ張るのが社会にとって公正なレベルなのかは、議論して決めるしかありませんが、その決め方を、我々はまだ社会全体として編み出せていない。でも、それがないと、長期の利益と短期の利益が必ずしも一致しない問題では進展がのぞめません。
江守:社会的判断が必要ということですね。
山岸:短期と長期の利益を踏まえた判断を、自主性をある程度尊重しつつ、うまく誘導する必要があると思います。
長谷川:ハイブリッド車が市場に出た頃、本当は赤字なのでは?と質問されたことがあります。でも政府の補助金が出たりして普及すれば、コスト低減に繋がります。何かきっかけや後押しがあれば、環境に良いものが普及していくのです。環境のことを考えれば燃料電池車は究極のエコカーですが、水素と聞いただけで、危険と思ってしまう人もいる。理解を得た上でアクセプタンスが必要です。官・民・市民社会・学術界、いろいろなパートナーシップがないと進まないこともあります。
江守:先ほど山岸さんが、適応策の方がファイナンスが難しいのではと言われましたが、むしろ緩和の方が難しいという印象を持っていました。適応は既に生じつつある影響に対して、企業も自治体もインフラ整備などの対策をやると思うんですが、緩和策は、たとえば自動車業界は次世代自動車でイニシアティブを取れれば利益になるから頑張るといったインセンティブがありますけれども、CCS などは、CO2 に価格がつかないと儲からない。やるインセンティブが生じないので、技術開発のファイナンスをどうするかという問題があると思ったのですが、いかがですか。
山岸:省エネ技術なら、それを採用してコストが浮けばベネフィットになりますし、技術そのものが大きな産業になりうるので、ビジネスになりやすいのではというイメージがありましたが、たしかにケースバイケースかもしれません。適応策として堤防をつくればインフラ産業は儲かるでしょうが、異常気象に備える早期警戒システムをつくっても、その技術が利益を生み出すわけではないので、そこが問題ですね。しかし、なぜそう言ったかというと、一般的に国際的な気候変動の議論では、公的資金は適応の方に優先して使われるべきだという暗黙の了解があるからです。
江守:途上国支援の文脈としてですか。
山岸:そうです。
長谷川:CCSが本当にビジネスベースで進むのか?ということですが、CCS は炭素に価格をつけないと成り立たない程お金がかかるようです。そうなると環境の問題ではなく、実態のない炭素価格により、全く別の利益誘導に結びついてしまうリスクがあります。ヨーロッパでは温暖化対策に必須のものとして話されていますが、産業界としては、もっと技術革新・技術協力を通じて貢献したいと思っています。
江守:炭素に価格をつける必要があるという議論と、それで儲けている人がいるという議論があるということですね。
2℃という目標を、どう捉えるか
江守:それでは、2℃という目標をどう評価するかということですが。
関:共通の価値観や目標をもつことは、長期スパンで社会全体の大きなシステムチェンジを起こすためには欠かせません。達成困難な目標だからこそ、技術的・社会的なイノベーションを誘発すると思います。目標は必要です。
竹内:率直なところ 2℃は非常に困難であり現実性に欠けると思います。これが一種のビジョンであれば良いですが、そうではないなら、実現可能性があまりに低い目標にこだわることはかえって真実を見えなくしてしまう。これが2℃目標にこだわる最大の弊害です。
そして、たとえば2℃を越えたときの具体的な影響はよくわかっていません。必須とされるCCS についても、EOR(石油増進回収)に利用する場合を除き生産性のある技術ではありませんし、CO2 を地中に埋めるためだけにエネルギーを大量に消費することや安全性に理解を得られるかも疑問です。
山岸:WWF は 1.5℃を目標にしているので2℃を許容していいのかというところですが、集約できる目標としてコンセンサスができた意味は大きいと思います。
長谷川:たしかに 2℃達成は難しいと思いますが、産業界も目標は高くかかげ削減努力をしています。結果として、ビジネスソリューションとは乖離が生じるかもしれませんが、切磋琢磨していくためにも、シンボリックな意味で目標は大事です。
人類は気候変動問題に、どう取り組むか
江守:技術の開発や普及、それによる国際関係の変化など望ましい方向と、それを実現させるためにすべきことはなんでしょう。
山岸:気候変動問題は、途上国の立場からは、衡平性や正義の問題として考えられています。環境問題は、その問題の一部分でしかないという立場です。途上国の主張に賛同するかどうかは別としても、それを理解しないと議論がかみあいません。それが浸透していないのでコミュニケーションがとれないのです。
この問題が難しいのは、ステークホルダー間に、深刻なコミュニケーション齟齬が発生しているということです。それは科学者と一般の人の間、途上国と先進国の間、企業とNGO の間であったりします。今、NGO に期待される役割はポジティブな雰囲気をつくることで、この課題に解決策は存在し、誰でもその一部を担うことができるというストーリーをつくりあげていくこと、英語ではよくナラティブといいます、が求められていると感じています。
長谷川:温暖化国際交渉は代理戦争の様相を呈しています。IPCC の政策決定者向け要約(SPM)もそうです。科学が政治に利用されているという印象です。国家間の利害を越えた国際連携が必要です。産業界はグローバルに活動するためには国境を越えますし、NGOも科学者も越せますから。そして科学者が実社会と結びつくような研究をして、それがもっと社会に活用される必要があります。
竹内:2℃の目標を達成するには、社会全体が大きな転換をしなければなりません。ちょっと省エネぐらいではすまない話です。それをどのようにファシリテートすればいいのか考える必要があります。今後何をすべきかというと、政府も企業も NGO も立場が違う相手のことがわからない。深刻なコミュニケーション齟齬があります。もうひとつは、市民がエネルギーや環境について知らなさすぎた。通訳をする人、コミュニケートをサポートする人が必要です。
関:対立的な議論では、ものごとを変えていけないですね。これまで企業は、あまりリーダーシップをとってきませんでしたが、最近では率先して活動し、提言もしています。今後は、そうした企業が生み出す新たな価値を、市民や市場経済が評価するようにしなければと思います。今や、企業とNGO は、そんなに対立していません。国が引っ張るというより、企業や NGO や都市など、非国家アクター連合が引っ張る時代が来ていると思います。
竹内:山岸さんが言われたように、企業をどうやってモチベートするかという課題はありますね。日本社会はどうしても相手を批判することばかりが先行しがちですが、「褒めて育てる」はあってしかるべきと思っています。
関:先日北欧に行き、日本と一番違うと思った点は、国全体での「バックキャスティング」の実践です。政治は「将来どういう社会にするか」を示し、国民は自分に何ができるのかを考える。それが日本には欠けていると。それはつまり、国民的な議論と合意ができていないということでもありますが。
長谷川:やはり、「環境に良いから」という理由だけでは人はなかなか動かない。環境だけをつきつめるより、経済的で安全にも良いなど、コ・ベネフィットがあると良いですね。
山岸:日本ではアドボカシーという手法はまだポピュラーではありませんが、自由な立場でものを言う NGO は、もっと注視されていいと思います。国内で議論がおきていないと、すでに国内で理論武装をしてくる欧米との議論で負けてしまう。いかにして言説をつくるかということです。
江守:立場が違う人はなにを考えているのか、通訳や議論がとても必要になってくるということですね。今日はありがとうございました。
*環境省環境研究総合推進費課題S-10の研究活動として実施した。
執筆:小池晶子 撮影:福士謙介
編集:青木えり、江守正多、高橋潔