部活動ガイドライン、だれが、どう生かすか?活動時間規制が意味をもつために必要なこと
先日(3月13日)スポーツ庁で運動部活動のガイドラインがまとまった。
★ガイドライン本文についてはこちら(スポーツ庁の会議資料)
前回は、ガイドラインのポイントやなぜ規制をするのか(もっと練習したいという生徒もいるのに、なぜガマンせよというのか?)について書いた。今日は、このガイドラインを生かすにはどうするか、という視点でいくつか提案したい。
★前回の記事:国の部活動ガイドライン、練習規制はスポ根への挑戦状 ~関係者が今から準備するべきこと~
■そもそもなぜ、ガイドラインなのか
法令や学習指導要領とちがって、ガイドラインということでは、法的な拘束力、強制力はない。いわば、”紳士協定”、”みんなで守りましょうねというお約束ごと”である。
「そんなの生ぬるい」というご意見、批判もあろうが、そこが学校教育における部活動の難しさでもある。
そもそも学習指導要領では、部活動の記述はとても簡素なものだ。新しい中学校指導要領(平成29年3月告示)では、次のとおり。なお、高校も同じ表現である(近々確定版が出る予定の新指導要領案)。
まず、学習指導要領(中学は155ページある)で1か所しか出てこない、という事実を、保護者はもちろんのこと、多くの教師もご存じだろうか?これだけ、多くの時間を、生徒も教師もかけているにもかかわらず!
そして、指導要領には「生徒の自主的,自発的な参加により行われる」とある。実はこの文言はとても重要だ。つまり、部活は、生徒にとっても、教師にとっても、強制ではないということを示している。意訳すると、「生徒がなんらかのスポーツなり文化活動なりをやりたいねと言ってきた。学校側の体制(指導者や施設、設備など)も整ったから実施可能になった。じゃあ、やりましょうか」というのが本来の部活の姿なのであり、生徒や保護者の一般的な認識とは異なり、全生徒入ることが当たり前、教師がやってくれて当たり前「ではない」。
中教審(中央教育審議会)でも、「各学校が部活動を設置・運営することは法令上の義務とはされていない」と述べている(学校の働き方改革に関する中間まとめ)。つまり、もともとMUSTのものではないのだし、生徒の自主性が大事な領域なので、法令等で国があれこれ縛るということもなじみにくい領域なのだ。
■自由と規制のあいだで揺れるシーソー
しかしながら、その自由さのために、部活が過熱化してきたのを、国や教育委員会、学校はこれまでほとんど野放しだった、というのも事実だ。
いまから約20年前、1997年(平成9年)に、当時の文部省は部活に休養日を設けることを提案していた(中学校は週2日以上、高校は週1日以上)。また、活動時間についても、「長くても平日は2~3時間程度以内,休業土曜日や日曜日に実施する場合でも3~4時間程度以内で練習を終えることを目処とする」としていた(「運動部の在り方に関する調査研究報告書」)。
ただし、このときは例示、参考というものであった。その後、文部科学省とスポーツ庁は休養日を適切に設けるよう全国の教育委員会などに通知を出したが、これも2017年1月になってのことだ。
スポーツ庁の委員のひとりの望月浩一郎弁護士が2月にこう述べていたのも、うなづける。
■なぜ、休養日の設定等は現場で無視され続けてきたのか
今回もガイドラインであり、目安よりは強い感じだが、指針に過ぎない。
このため、有識者会議において、わたしも他の委員も懸念を述べたが、ガイドラインが単なる「紙切れ」となる危険性は大いにある。紳士協定は紳士じゃない人には意味がない。このあたりの現実を踏まえつつ、今回のガイドラインが意味、効果をもつためには何が必要か、述べてみたい。
なぜ、部活はここまで過熱化してきたのか。その理由のひとつは、生徒も教師も保護者もやりたい人が多いからである(なお、そう熱血ではない人も一定程度いることは忘れてはいけない)。
「試合に勝ちたい、もっと練習したいと生徒も言っている。保護者もやってくれと応援している。じゃあ、もっと頑張ろうぜ。」ということで、どんどんエスカレートしてきた(運動部にかぎらず、文化部でも)。
しかも、高校や私立学校等では、生徒獲得の手段として部活は大活躍だ。校舎にもデカデカと垂れ幕で「○○部、全国大会○位!」、「祝、インターハイ出場!」などと掲示してある学校は多い。部活が弱くなると、その学校の人気も落ちかねない、場合によっては学校の存続にかかわる、だからもっと練習して強くなろうなろうとする。
このことについては、次の3点を考えたい。
第1に、試合には勝ちたいし、よそは猛練習しているという事情で過熱化するのであれば、なおさら、今回のような一定の歯止めをみんなで約束して守ることが重要だ。「自分さえよければよい」という発想は、教育者なら慎むべきだ。
ゲーム理論などで「共通地の悲劇」と呼ばれるものがある。
たとえば、ある共有の牧草地で5人が羊を飼っている。5人で協力して草を分け合っていれば、持続可能で問題ないのだが、だれか1人が自分の羊だけ太らせたいとたくさん食べさせた。すると、ほかの4人も食べさせたいと乱獲競争になって、結局その共有地は荒れ地になり果ててしまったという話だ。
周りと協力すれば誰にとってもいい結果であったものが、自分の利益追求を図ろうとしたため、最終的には誰にとっても悪い結果になってしまうことを指している。部活で言うと、共有地とは、子どもの安全であり、健全な育成であり、子どもや教師にとってのワークライフバランスであろう。
精神論で甘いと批判されるかもしれないが、今回のガイドラインを守ることが真の意味での「フェアプレイ」、「スポーツマンシップ」と捉えたい。だれかが、どこかの学校が抜け駆けするのではなく、一定の時間でやった成果を競いましょう、ということ、これが1点目でもっとも重要だ。
第2に、強くなりたいなら、一定の休養はむしろプラスであることを知ってほしい。このことは、ガイドラインの会議でも多くの専門家が科学的な知見やプロアスリート養成の経験をもとに、強調していた。
第3に、部活のように目につきやすいものだけで競うのはやめませんか、ということも考えたい。本来、あなたの中学校、高校はなんのためのものか?教師はなんのために雇われたのか?
やはり、教師は授業のよさで勝負するものだと思う(よほどアスリートの育成を担っている一部の高校等なら別かもしれないが)。生徒にとっても、教育行政にとっても、保護者にとっても、議員にとっても、部活の成果は分かりやすい。これに対して、授業のすばらしさや工夫、成果は、素人には分かりづらいし、本当の効果が出てくるまでに時間もかかる。しかし、だからといって、分かりやすいことばかりに走るのはいかがなものか。
※同じことが全国学力・学習状況調査の都道府県別順位に気をとられていることにも言える。
■部活動指導員の国の支援を受けるには、ガイドライン遵守は必須
とはいえ、現実には、フェアプレイ精神だけに頼るのも危険かもしれない。
そこは文科省もかなり予想しているようで、来年度予算として部活動指導員に5億円を確保した。中学校に限られるなど、まだまだ課題はあるが、厳しい財政事情のなかでの新規事業である。
部活動指導員の国の支援を受けるには、スポーツ庁のガイドラインを守っていることが必須条件となる予定である。このため、いまかなりの都道府県や市区町村は、ガイドラインを踏まえて各自治体の部活動の活動方針を策定するべく動いているようだ。
このことからも、今回のガイドラインは単なる目安などではなく、国としては、アメとムチとまでは言わないまでも、本腰をいれて浸透させたいということだろう。
ただし、地方自治体の策定している活動方針のなかには、国のガイドラインよりも後退していると思われる内容のところもある。たとえば、高校は週1日休養日にしようというあたりなどだ(国は週2日以上)。これは、その自治体のほうで、よほどきちんと理由を説明できなければ、いかがなものかと思う。
※静岡市のように、国のガイドラインよりも踏み込んで取り組む事例はもちろん歓迎だ。
ただし、部活動指導員の制度を通じた”誘導”は中学校に対してだけだし、高校や私立学校は当面対象外である。また、活動方針や計画などの類いは、いくらでも、やったふりをすることはできる。チェックやフォローアップがなければ、ガイドラインは画餅となるかもしれない。
そこで、わたしは、スポーツ庁の会議のなかで、次のことを提案した。残念ながら、ここまで具体的なことはガイドラインには盛り込まれなかったが、ぜひ関係者は検討してほしい。
●各大会の主催者は、大会規定として今回のガイドラインの遵守を盛り込む。そして、ガイドライン違反があまりにもひどい学校(部活)は出場停止などの処分もありうるとする。
●同じく、あまりにもガイドライン違反がひどい学校等を、スポーツ庁は公表する。学力・学習状況調査や体力調査の一環で、国が部活動について生徒の声を拾える機会はある。
■ガイドライン、生かすか、殺すかは誰か?
ガイドラインを生かすか、殺すかは誰か?と問われれば、第一には、各学校次第である。ガイドラインにも、「市区町村教育委員会や学校法人等の学校の設置者及び学校は、本ガイドラインに則り、持続可能な運動部活動の在り方について検討し、速やかに改革に取り組む。都道府県においては、学校の設置者が行う改革に必要な支援等に取り組む」とある。
しかし、学校に守ってねと放任するのではなく、国や教育委員会、大会主催者(中体連、高体連、各種競技団体等)もできることは多い。また、保護者や地域もガイドラインの趣旨を理解していただき、過熱化してきた部活動を見直す、スタートラインにしてほしい。今回ガイドラインができたことは、決してゴールではない。