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薪ストーブの“不都合な真実”を考える

田中淳夫森林ジャーナリスト
薪が燃える炎には萌えるが、万能ではない。(ペイレスイメージズ/アフロ)

 毎年、この季節になると薪ストーブの話題が登場する。

 だいたい、その温かさ自慢や炎で癒され自慢が多い。薪ストーブは遠赤外線を出すので身体の芯まで温めるとか、家中を温める、翌朝まで温かい、またなかには薪で沸かしたお湯で入れたコーヒーは美味い?

 自慢話ばかり聞かされるのはちと悔しいので、これらの「薪ストーブ神話」について考えてみた。

 というのも、知り合いが念願の薪ストーブを導入して喜んでいたのだが、ほどなく体調を崩した話を聞いたからだ。喉が痛くなり、気管支炎のような症状が出たとのこと。

 最初は何か特殊な病気にかかったのではないかと焦り病院通いまでしたそうだが、ほどなく薪ストーブのせいだとわかったそう。薪を焚いたことで部屋の中が乾燥し過ぎてしまっていたのだ。湿度を計ると20%台だったという。通常40%以下だったら過乾燥だろう。

 もともと冬は気温が低いので、空気中の飽和水蒸気量が少ない。その空気をストーブで温めると、水分が少ないまま空気が膨張するので湿度が低くなってしまう。

 ただ石油ストーブやファンヒーター、ガスストーブなどは燃焼時に水分を発生するので比較的乾燥は防がれる。ところが薪ストーブは、煙突から室内の空気を常に外に排出する仕組みになっている。おかげで湿気を帯びた空気もドンドン出て行くわけだ。

 本当は、この排気とともに外の空気が入ってくると、自然に部屋の換気が進むという効果を見込めるのだが、最近は高気密の家が多く、また外の空気も冬だと含まれる水分量が少ないから効果も限定的なのだろう。

 対策としてはストーブに鍋などを置いて湯を沸かすのもよいが、湿った空気と乾いた空気は混ざりにくく、ストーブ周辺の空気は排出されやすい。

 部屋に濡れた洗濯物を干すのがもっとも効果的だと聞いた。たしかに洗濯物も乾くのだから一石二鳥……だが、洗濯物がそこかしこに吊るされた部屋の光景は、あんまり美しくない。薪ストーブ愛好家はムード重視の人が多いが、洗濯物は空気だけでなく気分にも水をささないか?

 薪の燃焼は遠赤外線を出すから温かいという「神話」もある。たしかに遠赤外線は出るだろうが……遠赤外線は、皮膚の表面で熱に変わるから身体の奥深くに達するとは思えない。「身体の芯」まで届くのならヤバイ放射線なみだ。だいたい恒温動物である人間の体内は、もともと一定温度に保たれるようにできており、温度を感じる感覚も皮膚の表面に集まっている。だから皮膚や指先など末端部分が温まることで体中が温まったと感じる。無理に「身体の芯」を持ち出さなくてもよいだろう。

 また遠赤外線が、家中を温めるというのも無理だと思う。遠くになれはなるほど放射熱は急速に小さくなるからである。科学的には「距離の2乗に反比例して減退する」わけで、距離が2倍になれば熱は4分の1になる。

 一方で対流熱は、たいていストーブの上に向かうので、なかなか遠くまで届かない。それでも家中が温まった! と思うのは、ストーブからかなり大量の熱を発生させたからではないか。その燃料が薪か灯油かは関係ない。ただ多くの薪を一気に燃やすと炉内の温度が上がり過ぎてストーブを壊しかねないからオススメしない。それに薪は高いからね……。

「就寝前に薪を放り込んで空気を絞っておけば、朝までおき火が残っていて温かい」

 こんな「神話」も聞く。しかし薪ストーブの空気をしぼると、炉内は酸欠状態になりやすく、タールがたくさん出てしまうだろう。不完全燃焼は一酸化炭素も発生させやすいから要注意。

 ほかに薪で沸かしたお湯は美味しいとか、薪で沸かした風呂は柔らかくて温まるというのもあるが……これ以上「神話」の真偽を追求するのは止めておこう。“不都合な真実”を聞きたくない人もいるだろうから。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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