世界一のシェフが日本にレストランをオープンした理由とは? インタビューと料理を紹介
注目のレストランが東京にオープン
内閣府の資料によると、飲食店は日本全国で3年間に75,154店オープンしているので、1年で約25,000店がオープンしていることになります。東京都に限れば、3年間で7,942店が開業しており、1年あたりに換算すれば約2,600店です。
今年2022年もたくさんの飲食店が誕生していますが、日本の国内からはもちろんのこと、世界からも注目されているレストランがあります。
それは、2022年7月1日、東京ガーデンテラス紀尾井町にオープンした「MAZ(マス)」。
なぜならば、ペルーのリマにある「Central(セントラル)」のシェフ兼ディレクターであるヴィルヒリオ・マルティネス(Virgilio Martinez)氏がオープンしたファインダイニングだからです。ヴィルヒリオ氏による日本の出店は初めてなので、どのようなレストランなのかと耳目を集めています。
「Central」とは
改めて「Central」について紹介しておきましょう。
同店はペルーの食文化や伝統をガストロノミーに昇華し、ペルー料理の素晴らしさを世界に伝えたレストランです。ペルーで採れた新鮮な食材しか使用せず、ペルーの生態系をテーマにした独創的な料理を紡ぎ出しています。
実績も華々しいです。ラテンアメリカのベストレストラン50で2014年、2015年、2016年、2018年、2021年に1位を獲得しました。世界のベストレストラン50では、2015年に4位、2017年に世界のベストシェフに輝き、2021年に4位。「Central」は世界トップクラスのレストランであり、ヴィルヒリオ氏はトップシェフであるといえるでしょう。
「MAZ」について
「MAZ」でヘッドシェフを務めるのは、サンティアゴ・フェルナンデス氏。スペイン・バスクの料理専門大学を卒業後、「Central」にジョインし、クリエイティブプログラムを担当しました。ヴィルヒリオ氏と共に世界各地の美食イベントに参加するなど、ヴィルヒリオ氏に信頼されている料理人です。
「MAZ」で体験できるのが「VERTICAL EXPERIENCE(9つの異なる高度の旅)」(24,200円、サ別)と「VEGETARIAN VERTICAL EXPERIENCE(9つの異なる高度を持つ野菜のメニュー)」(24,200円、サ別)。どちらともペルーの異なる高度が織りなす9つの風景と生態系を表現したコースです。
料理に合わせて、世界のワインからセレクトした「WORLD PAIRING(ワールドペアリング)」(15,950円、サ別)も用意。他にも、南米のワインとMater Iniciativaで開発したリキュールなどを使ったカクテルなどで構成される「SOUTH AMERICAN TERROIR(サウスアメリカンテロワール)」(15,950円、サ別)やノンアルコールペアリング(10,450円、サ別)もあります。
オーシャンヘイズ
代表的なメニューを紹介しましょう。オーシャンヘイズは太平洋の霧をイメージした温菜。タコ、イカ、カメノテ、イカスミのチュイールに、スピルリナという海藻のソースを合わせています。豊かな滋味が感じられ、テクスチャも非常に豊か。タコのプレゼンテーションも秀逸です。
アマゾニア
カカオの名産地であるペルーらしく、カカオの属するテオブロマ科の3つの果実を異なる調理法で提供したデザート。カカオパルプ、カカオハスク、カカオニブ、カカオのジュースなど様々な部分を使用し、ジュレ、アイス、ガナッシュ、ドリンクなどに仕上げました。最初は別々に食べて、途中から合わせて食べるとより楽しめるでしょう。
ヴィルヒリオ氏のインタビュー
「MAZ」はどのような経緯があってオープンするに至ったのでしょうか。ヴィルヒリオ氏のインタビューを紹介します。
Q:どのような経緯でオープンすることになったのですか?
ヴィルヒリオ氏:日本には12年前に初めて来ました。伝統、多様性、食材などに感銘を受け、食文化に大変興味をもちましたね。2020年1月に「COOK JAPAN PROJECT」のために日本へ訪れ、その際にイベントを企画したグラナダと一緒にレストランをオープンしようと意気投合しました。
※「COOK JAPAN PROJECT」は2019年4月5日から10ヶ月間だけオープンしたレストラン。ミシュランガイド三つ星であったり、予約がとれなかったりする海外のシェフを期間限定で招聘した。ヴィルヒリオ氏は2019年6月と2020年1月に参画。2回招聘されたのはヴィルヒリオ氏だけであり、予約開始日にどちらとも即日満席となった。
Q:話があった時にはどのように感じましたか?
ヴィルヒリオ氏:グラナダ代表取締役の下山雄司さんはとてもチャレンジングな方で、発想力が豊かな提案だと思いました。ペルーと日本は、農園、畑など田舎の雰囲気が非常によく似ています。「COOK JAPAN PROJECT」でも、多くの方にご満足いただけたので、日本でも受け入れられると思いました。物件は既に決まっていたのですぐにでもオープンしたかったのですが、コロナの影響もあり、万全の準備をしてから開業するに至りました。
Q:シェフのサンティアゴ氏はどのような料理人ですか?
ヴィルヒリオ氏:クリエイティビティがあり、私が全幅の信頼を寄せる料理人です。これまでずっと「Central」で一緒にやってきたので、話し合わなくても、何を考えているのか、互いに理解し合っています。私にとっては兄弟と子供の間のような存在です。
Q:チームはどのような感じですか?
ヴィルヒリオ氏:「Central」と同じように、「MAZ」でも上司や部下といった垣根はなく、非常にフラットな組織です。みんなが信頼し合っているので、何でも意見をいえて、学び合っています。私も日々色々なことを教えてもらっていますね。
Q:日本で気になっている食材はありますか?
ヴィルヒリオ氏:ホタテやウニが素晴らしいですね。海藻も非常に興味があります。特に、海藻の加工方法に関心があって、海苔や昆布など様々な手法が用いられているのには驚かされました。日本の食材も取り入れて、料理をつくりたいです。
Q:日本のゲストに向けてメッセージはありますか?
ヴィルヒリオ氏:是非とも五感を通して楽しんでいただきたいですね。レストランはただ食事するだけの場所ではなく、伝統や文化を伝えるプラットフォームであると考えています。「MAZ」で食事することによって、何かしらのインスピレーションを得て、来た時とは何か違う自分になって帰っていただけたら嬉しいですね。
日本の評議委員長である中村孝則氏のコメント
世界のベストレストラン50と日本のベストレストラン50で日本評議委員長(チェアマン)を務めるのは、美食評論家の中村孝則氏。中村氏は「MAZ」について、次のようなコメントを寄せます。
「『MAZ』のオープンは、私にとって、二つの意味で大きな出来事です。一つ目は、『Central』のシェフであり、ディレクターであるヴィルヒリオさんが手がける、日本初のレストランであるということです。実質的に、南米ベスト1のレストランが、どのような表現をするのか? 世界の美食家たちが、彼の表現をどのように評価しているのか? 日本にいながらにして、自らが体験し、評価が出来ることは、私に限らず、多くの人にとって、またとないチャンスだと思います」
世界中のガストロノミーを知悉している中村氏も、ヴィルヒリオ氏の日本進出に大きな関心を寄せているようです。
「二つ目は、おそらくほとんどの人が『MAZ』で人生初めての料理に出会えることです。『Central』のコンセプトは、ペルーの食材や食文化を表現すること。ヴィルヒリオさんは、ペルーの人ですら忘れかけていた、固有の食材、あるいはインディオたちの食文化を丹念に探り出しました。それを現代的な新たな美食の料理として完成させ、ペルー国内はもとより世界から高く評価されています。今まで食べたことのない味覚に出会えることは、貴重な体験になるはずです」
美食評論家の中村氏らしく、“今まで食べたことのない味覚”について詳説します。
「たとえば、アンデス山脈の標高4,000メートルでしか育たないカタバミの根っこの料理の不思議な甘み。フレッシュなカカオから取り出した果肉や皮の部分を使った料理の爽やかな酸味からは、カカオがフルーツであることを五感で知ることができるでしょう」
最後に中村氏は注目どころを教えてくれます。
「20%の食材をペルーから直送する予定だというので、まさにここでしか味わえない食体験になるはずです。残りの80%の食材は日本のものをつかうということですが、むしろ私は、彼が日本の食材で、私たちが想像もつかない料理を作ってくれることを大いに期待します。それも含めて、ワクワクが尽きないレストランの登場です」
日本の食文化発展のヒントにも
「Central」はペルーの食文化の素晴らしさを世界に知らしめたレストラン。ヴィルヒリオ氏がオープンした「MAZ」には、日本の食文化がより発展するためのヒントもたくさん内包されているのではないでしょうか。