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大阪万博危機が象徴する「見限られた日本」。誰がパビリオンをつくるのか?

山田順作家、ジャーナリスト
万博の目玉の一つとされる「空飛ぶクルマ」。はたして飛べるのか?(写真:つのだよしお/アフロ)

万博は「オワコン」で開催は時代錯誤

 2018年11月、大阪万博の開催が決まったとき、私はこの「Yahoo!ニュース 個人」に、『経済衰退にトドメか?「大阪万博2025」は悪夢でしかない』というコラム記事を寄稿した。当時は、開催決定の「祝福ムード」があったので、私の記事は「水を差すのか」と、多方面から非難された。

 私は、万博(EXPO)はオワコン(過去の遺物)で、開催する意義などない。まして経済効果などない。最終的に税金の無駄使いになり、日本経済をさらに衰退させる。未来を知りたければ、SLUSH、CESなど大規模な国際見本市が、世界にはいくらでもある。

 すでに、万博などやろうという先進国などなく、やろうとするのは強権国家だけ。実際、立候補したのはロシアのエカテリンブルグとアゼルバイジャンのバクーの2都市だけ。それに勝って開催を勝ち取ってなにが嬉しい。時代錯誤ではないかと、指摘・警鐘した。

パビリオン建設申請ゼロに焦る万博協会

 この私の指摘・警鐘は、的中したと言えるのではないだろうか。伝えられるのは、開催まで2年を切っているのに、海外パビリオンの建設申請がいまだにゼロということ。多くの国が参加表明をしたが、実際には、参加する気がないようだ。

 そのため、「これでは開催できないのではないか」という声が強まり、岡田直樹万博相や万博協会の石毛博行事務総長などが、慌てた様子で会見する事態になった。そんななかで、7月21日の日本建設業連合会の宮本洋一会長が会見で述べたことが各方面に大きな衝撃を与えた。

 宮本洋一会長は、万博協会の石毛博行事務総長が「年末までに着工すれば間に合う」と言ったことに対し「なにを根拠にしているのか、私どもにはわからない」と突き放したのである。

現場で働く外国人労働者が足りない

 万博は、パビリオンがなければ万博ではない。そのため、日本は今後、メンツにかけて、海外パビリオンの建設の代行を申し出るだろう。しかし、それでもパビリオンができない可能性がある。なぜなら、建設するゼネコンが工事を請負えない状況にあるからだ。

 まず、物価高による資材などの高騰で、これまで提示された建設費では見合わない。次に、決定的な人手不足がある。ゼネコンの構造は一次下請け、二次下請けというように階層構造になっていて、いちばん下で働く労働者がいないのだ。これまでは、ここに外国人労働者がいた。

 しかし、彼らの多くはコロナ禍で帰国し、今後、戻ってくる見込みはほとんどない。また、コロナ禍とは関係なく、日本の労働環境の劣悪さ、安価な賃金の影響で、もはや日本に来たいという出稼ぎ労働者はいなくなっている。

なぜか危機感がない万博推進派の人々

 私はここのところ2回、ABEMAテレビの報道番組「ABEMA Prime」が大阪万博危機を特集したときに呼ばれ、反対派としてコメントした。

 1回目は松井一郎元大阪市長、2回目が万博誘致を積極的に推進した竹本直一元IT担当大臣(万博議員連盟事務局長)がゲストだったが、驚いたのが、このお二人が本当に楽観的だったことだ。

 松井一郎元大阪市長は、大阪が万博に出展する「大阪ヘルスケアパビリオン」において、日本がリードする再生治療の展示がいかに意義あるかを語った。iPS細胞でつくった心筋シートを用いた「生きる心臓モデル」が展示され、それが目玉になるのではと述べた。

 また、竹本直一氏は、目玉がないこと、参加国からの申請が遅れていることなど意に介せず、「日本はできますよ。日本ですよ。これからムードが高まっていけば、いろいろな知恵が出る。実際、過去の万博でもそうでしたからね」と、楽観的だった。

 さらに驚いたのは、ほかのコメンテーターの方々もみな楽観的で、なんとか盛り上げて成功させようという話のほうが多く、結局、「やめたほうがいい」とは、私以外誰も言わなかった。

ディズニーランドより多くの人が来るだろうか?

 しかし、このまま開催に突き進み、パビリオン建設が間に合って開催にこぎ着けたとしても、赤字は確実だ。その赤字は、どう見ても増税などによる国民負担になる。万博は大阪だけの話と誤解している人も多いが、国家事業である。経費は、国、行政、財界で3等分することになっている。

 来場者数の予測は、約 2820 万人。その内訳は、国内来場者が約 2470 万人(88%)で、海外来場者が約 350 万人(12%)。開催日数は、2025年4月3日開幕で、計184日間である。

 そこで、単純計算すると、1日約15万人の入場者が必要となる。東京ディズニーランドとディズニーシーを合わせた1日の平均入場者数は約8万9000人。はたして、見るべきものがない万博が、そんなに来場者を集められるだろうか。しかも、チケット代は7500円で、「高い」という声が続出している。

技能実習生という単純労働者の受け入れ

 話を戻して、パビリオンの建設が難航しそうな最大の原因「人手不足」問題を突き詰めていくと、日本が置かれている厳しい現実が見えてくる。

 これまで日本は、「外国人技能実習制度」という、外国人労働者の受け入れ制度で、足りない労働力を補ってきた。この制度は、1年間の研修の後、技能テストを受け、それに合格すると2年間技能実習生として勤務することができるというもの。そうして、日本で得た技術を出身国に持ち帰ってもらうという主旨だった。

 しかし、それは名目だけの話。実態は、工場や中小企業、建設現場、農家で働く単純労働者の受け入れだった。これまで、この制度により、中国をはじめとして、ベトナム、インドネシア、フィリピン、スリランカ、ミャンマー、モンゴルなどのアジア諸国から、多くの出稼ぎ労働者がやって来た。

 しかし、日本経済の衰退によって、アジアの労働市場における日本の優位性は低下。まず、中国人労働者が減少した。技能実習生の受け入れのピーク時だった2008年には、実習生の約8割が中国人だったが、その後、どんどん減って、近年はベトナム人が主流になった。しかし、そのベトナム人労働者も減少している。

日本は「人身取引国」「奴隷労働国」

 日本経済の衰退が実習生減少の大きな原因だが、もう一つ、看過できない原因がある。それは、日本の外国人労働者に対する扱い方が、人権問題を引き起こしてきたことだ。

 これは、年々、実習生の失踪者が増えていることが、端的に物語っている。失踪者は、毎年5000人以上にも上り、2021年は7167人に達した。

 アメリカ国務省は、毎年、世界各国の「人身売買に関するレポート」(Trafficking in Persons Report)を公表している。その2022年版では、日本の外国人技能実習制度は外国人労働者に「強制労働」をさせているという報告があると指摘し、日本政府がこの問題を放置していると批判した。

 この指摘はなにも最近始まったことではなく、ここのところずっと問題視されている。しかし、日本政府はほとんどなにもしていない。悪質雇用主に対する罰則を強化するなど、やり方はいくらでもあるが、政治家は無関心である。

 その結果、日本は「人身取引国」「奴隷労働国」として評価され、4段階評価で上から2番目の「第2階層」(Tier2)に位置付けられている。

アジアの労働者から見限られた日本

 沿岸部が日本以上に豊かになった中国は別として、まだアジア諸国から労働者はやって来ると考えている人々がいるが、それは大きな見当違いだ。

 7月21日放送のテレビ東京『ガイアの夜明け』では、「島国ニッポン令和の“開国”へ」と題し、日本企業の外国人労働者集めの実態を取り上げていたが、モンゴルに出向いた外国人労働者のサポートなどをする企業「GNT」(グローバルトラストネットワーク)の社長は、モンゴル政府の官僚から次のように言われていた。

「モンゴル国民のなかでは、韓国に行くのが一般的です。韓国のほうが日本より給料が高い」

 韓国には、すでに日本の3倍以上のモンゴル人が暮らしているという。

 韓国もそうだが、台湾もまた多くの外国人労働者を受け入れている。どちらも、日本と同じような制度をつくったが、制度を改革して、外国人労働者の待遇の改善に取り組んできた。

 その結果、アジア諸国の出稼ぎ労働者は、日本を選ばなくなった。日本の「外国人技能実習制度」の最大の利用国ベトナムでは、昨年来、希望者が激減している。ベトナムの人材紹介業者はこう言う。

「日本の安月給と待遇の悪さに、円安が輪をかけています。日本には行きたくないという人間ばかりです」

 いまベトナムの出稼ぎ労働者は、アジアなら、韓国、台湾、シンガポールを目指す。アジア以外なら、オーストラリア、ニュージーランド、ドバイ、カナダ、ドイツなどが彼らの選択肢だ。

「日本ではもう稼げない。仕送りができない」というのが、日本が見限られた決定的な理由だ。

単純労働者受け入れ大転換も効果なし

 コロナ禍前の2019年、当時の安倍政権は、単純労働の外国人労働者の受け入れを認める「改正出入国管理法」を成立させた。

 それまでは、技能実習生という“虚構”の下に外国人労働者を受け入れ、それ以外は、医師、弁護士、教授などの「高度専門人材」に限って就労資格を認めてきた。この出入国管理政策を大転換して、新たな在留資格「特定技能」をつくった。

 この資格は、2段階で設定され、「特定技能1号」は、最長5年の技能実習を修了するか、技能と日本語能力の試験に合格すれば、長期滞在が認められた。事実上、これで、単純労働者の受け入れがさらに可能になった。

 「特定技能2号」は、難易度の高い試験に合格した熟練労働者に与えるものとし、1~3年ごとの期間更新が可能で、更新回数に制限がなく、配偶者や子どもなどの家族の帯同も認められた。これで、日本永住への門戸が開かれた。

 しかし、この新制度導入でも、外国人労働者は増えなかった。日本政府は当初、この新制度で34万人の外国人単純労働者が来ると想定したが、2023年2月時点で、1号は約14万6000人しか来なかった。2号にいたっては、たった10人である。

東京の高度人材の報酬は上海よりも低い

 この5月から、日本は高度人材獲得のために、ポイント制による「優遇制度」を導入した。「高度学術研究活動」「高度専門・技術活動」「高度経営・管理活動」の3つの活動領域を設定し、学歴や職歴、年収などの項目ごとにポイントを与えるというもの。合計ポイントが70点以上になると、「高度外国人材」として認定し、5年の在留期間が認められる。そうして3年経過して条件が満たされていれば、在留期間が無期限になるという制度だ。

 つまり、事実上の永住権制度であり、これまでの制度と比べたら破格の措置だが、海外の高度人材からは見向きもされていない。高度人材にとって日本で働くというインセンティブはないし、まして、日本の永住権が欲しいなどという人間はほぼいない。

 アメリカの転職情報サイト「levels fyi」の報酬レポート「Pay Report 2022」では、ソフトウエアエンジニアの年間報酬の中央値が、世界の主要都市別に示されている。

 それによると、サンフランシスコは23.4万ドル。1ドル=140円換算で約3200万円。これが東京だと6.9万ドルに過ぎない。シンガポールでも9.0万ドル、香港でも8.5万ドル、上海でも8.6万ドルと東京より高い。

 日本の報酬は、中国・上海より低いのだ。

今後、外国人人口が増えるという大甘予測

 こんな状況なのに、驚くべき“石器アタマ”なのが、官庁だ。厚労省傘下の国立社会保障・人口問題研究所は、今年の4月に、将来の人口予測を公表した。

 それによると、いまから半世紀後、2070年の日本の人口は約8700万人で現在の3割減だが、人口減少のペースは穏やかになるとしている。その理由としては、出生率の上昇と、移住外国人の増加が挙げられている。

 予測では、出生率は1.36に上がり、総人口に占める外国人の割合は2020年の2.22%から10.8%に増えるというのだ。

 いったい、なにをもってそんなことが言えるのだろうか? 恐ろしいことに、一部メディアは「いまや日本は移民大国である」と言っている。たしかに、外国人の人口は過去に比べたら増えている。しかし、今後、同じように増えていくとは考えられない。

 日本が懸念すべきは、外国人が来るかどうかではなく、日本人(とくに若者)が、この国を出ていくかどうかだ。この「希望がない国」からは、最近、有為な若者がどんどん出国している。とくに、女性が多い。彼女たちが、「出国女子」と呼ばれていることを、私は最近知った。

 ともかく、大阪万博は、一刻も早く中止すべきだ。違約金がいくらかかろうと、今後、積み重なる莫大な国民負担のほうがはるかに重い。このまま開催に突き進めば、日本経済はさらに衰退する。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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