「小腸がん」あまり耳にしないのはなぜ? その理由の一端を解明。理化学研究所などの研究
がんは多種多様な臓器に発生するが小腸がんは少ない。その理由の一端について、理化学研究所などの研究グループが明らかにした。
小腸がんはなぜできにくいのか
消化器系のがんには食道がん、胃がん、大腸がん(結腸がん、直腸がん)などがあり、がんの部位別死亡数で大腸がんは2位、胃がんは3位となっている。だが、小腸(十二指腸、空腸、回腸)にできるがんは、消化器系のがん全体の5%以下とされ、まれながんであると同時に特に早期発見が困難で、症例が少ないため治療法も確立されておらず、予後も悪いがんとされる(※1)。
がんができやすい胃や大腸に挟まれているのに、なぜ小腸にがんができにくいのだろうか。
その理由はいくつかある。小腸の長さは約6メートルだが、消化物は5時間から8時間かけて大腸へ送られる。口から入った発がん性物質などの有害物質の滞在時間が、小腸では大腸よりも比較的短いことがあげられる。有害物質への曝ろ時間が短いというわけだ。
また、小腸は胃や大腸に比べ、腸内細菌が少なく、細菌性の発がんが少ないこともある。さらに、小腸は、がん化しにくい強力な免疫システム(IgA免疫グロブリン)、発がん物質の解毒機能、酵素を持っているようだ(※2)。
食物抗原がどう関与しているのか
ただ、その理由について全てが解明されているわけではない。そのため、理化学研究所生命医科学研究センター粘膜システム研究チームなどの国際研究グループ(※3)が、小腸がんを抑制する食べ物について研究し、マウスを使った実験により食物抗原(食物に含まれる抗原)が関与していることを明らかにした(※4)。
生物が食べる食べ物は身体にとって異物であるため、本来なら免疫機能が働いて排除しようとする。この機能が過剰に働くと免疫グロブリン(IgE)という抗体によって食物アレルギーや炎症性腸疾患などを引き起こすが、通常は栄養素として身体に取り込まれる。
先行研究により、消化器官の持つ免疫機能(粘膜にあるIgA免疫グロブリン)を正常に応答させるため、腸内細菌叢と同時に食物抗原が重要な役割を果たしていることがわかっている(※5)。同研究グループは、食物抗原が消化器官、特に小腸でどのように免疫機能を誘導するのか、そしてどのように小腸がんを抑制するのかについて調べた。
同研究グループは、小腸がんを発症するように遺伝子改変したマウスを用い、通常の食物抗原を含んだエサと食物抗原を除いたエサを与え、小腸と大腸に生じた腫瘍の数を数えた。その結果、食物抗原を除いたエサを与えたマウスのほうで小腸の腫瘍の数が増えていたが、大腸ではどちらも腫瘍の数に違いはみられなかったため、食物抗原が小腸がんの発症を抑制する可能性が示唆されたという。
さらに、食物抗原を除いたものに代表的な食物抗原であるタンパク質抗原を添加したエサと食物抗原を完全に除いたエサで比較したところ、タンパク質抗原を添加したエサのマウスのほうが小腸に生じた腫瘍の数が減った。このことからタンパク質抗原などの食物抗原が小腸がんを抑制することが明らかになった。
パイエル板と樹状細胞、そしてT細胞の役割
また、同研究グループは、パイエル板という免疫誘導組織に着目した。パイエル板は免疫細胞が多く集まっている小腸の器官で、直接、小腸の粘膜に触れた食物抗原や病原体などに対して応答する。
同研究グループは、パイエル板が食物抗原を取り込んで免疫系を誘導し、小腸の腫瘍形成を抑制するのではないかと予測し、パイエル板が欠損するように遺伝子改変したマウス(小腸がん発症マウスでもある)を作り、通常のエサで飼育した。その結果、パイエル板欠損マウスのほうが小腸がん発症マウスよりも小腸の腫瘍の数が増え、小腸の免疫細胞(小腸T細胞)が減少していたという。このことから同研究グループは、パイエル板を介した免疫系の誘導があり食物抗原がパイエル板を介して小腸がんを抑制していることが示唆されたとしている。
では、食物抗原はどのようにパイエル板から取り込まれ、小腸の免疫細胞の誘導に働いているのだろうか。同研究グループは、マウスの小腸のパイエル板を含む部位の両端を結紮(けっさつ、糸などで縛って血行を止めること)し、その部位へタンパク質抗原を注入する実験を行った。
免疫組織などに存在する樹状細胞は、食物抗原や病原体などからの抗原をT細胞に対して提示することにより、抗原特異的な獲得免疫応答を誘導する。パイエル板にも樹状細胞が存在するが、この実験の結果、パイエル板から取り込まれた食物抗原がパイエル板の樹状細胞に提示されたことがわかった。
さらに同研究グループは、小腸のパイエル板に微生物を取り込むことが知られていた樹状細胞の表面にあるM細胞という細胞も、同じように食物抗原をパイエル板に取り込むのではないかと予測し、M細胞欠損マウスを用い、タンパク質抗原の取り込みを観察した。その結果、食物抗原も微生物と同様にM細胞を介してパイエル板に取り込まれていることがわかったという。
食物抗原が小腸がんを抑制
これらの実験により食物抗原がパイエル板の免疫細胞(小腸T細胞)の誘導に大きく関与することがわかったことで、同研究グループは改めてパイエル板のT細胞を解析したところ、T細胞のほとんどが食物抗原によって誘導されていることを確認した。また、樹状細胞(小腸の免疫細胞=T細胞に抗原を提示する細胞)について調べたところ、食物抗原によってT細胞の機能変化を誘導するリガンド(生体作用の一種の引き金になる物質)分子候補が65あることがわかったという。
食物抗原によってこれらのリガンド分子のうち、ヘルパーT細胞の誘導や抗腫瘍作用を持つキラーT細胞の誘導などに関与するタンパク質を作り出す遺伝子発現が変化することがわかった。以上のことから同研究グループは、食物抗原が小腸の免疫細胞(小腸T細胞)の誘導に関与するだけでなく、抗原をT細胞に提示する樹状細胞の機能そのものを変化させることにより、小腸がんの発症を抑制している可能性があるとしている。
同研究グループは、これからも食物抗原の役割や機能について研究を続け、小腸がんだけでなく大腸がんなどの消化器がん、さらに糖尿病や高血圧、脂質異常症などの代謝性疾患、アレルギー疾患などの予防や治療法の開発に貢献したいとしている。
小腸がんの男女比は2対1で、50代以上の患者さんで発症することが多い。大腸内視鏡検査や腸閉塞の治療などで偶然、発見されることもあるが、無症状のケースが多いため、やはり早期の正確な診断が重要だ。
※1-1:国立がん研究センター、希少がんセンター「小腸がん(十二指腸がん、空腸がん、回腸がん)」サイト
※1-2:Divya Khosla, et al., "Small bowel adenocarcinoma: An overview" World Journal of Gastrointestinal Oncology, Vol.14(2), 413-422, 15, February, 2022
※1-3:Paola Di Nardo, et al., "Systematic Treatments for Advanced Small Bowel Adenocarcinoma: A Systematic Review" cancers, Vol.14(6), 1502, 15, March, 2022
※2:Albert B. Lowenfels, "Why are Small-Bowel Tumours so rare?" THE LANCET, vol.301, Issue7793, 24-26, 6, January, 1973
※3:理化学研究所生命医科学研究センター粘膜システム研究チーム、理化学研究所生命医科学研究センター細胞エピゲノム研究チーム、横浜市立大学大学院生命医科学研究科、浦項(ポハン)工科大学校生命科学部、ラドバウド大学ラドバウド分子生命科学研究所、千葉大学大学院医学薬学研究院免疫制御学研究室
※4:Takaharu Sasaki, et al., "Food antigens suppress small intestinal tumorigenesis" Frontiers in Immunology, Vol.15, doi.org/10.3389/fimmu.2024.1373766, 18, September, 2024
※5:Satoko Hara, et al., "Dietary Antigens Induce Germinal Center Responses in Peyer's Patches and Antigen-Specific IgA Production" Frontiers in Immunology, Vol.10, doi.org/10.3389/fimmu.2019.02432, 15, October, 2019